Prime Interview 石上真由子

掲載日:2026年10月9日

 多様で意欲的な自主企画をはじめとして、精力的な活動を展開し続けているヴァイオリン奏者、石上真由子。ソリストとして国内外のオーケストラと共演し、自身が主宰するEnsemble Amoibeの室内楽公演は京都・大阪・東京でたびたび開催。また、京都市交響楽団や大阪フィルハーモニー交響楽団などの公演に客演首席奏者としても出演するなど、まさに八面六臂の活躍を見せる俊英だ。ザ・フェニックスホールでは『フィリップ・グラス《浜辺のアインシュタイン》』(2022年)、『「月に憑かれたピエロ」をめぐる冒険』(2025年)など印象的な公演に数多く出演してきた。

 そんな石上が大阪でデビューリサイタルを行なったのが、16年前のザ・フェニックスホールだった。今回は名ピアニスト、北村朋幹との共演である。リサイタルを前に、石上に話を聞いた。

(布施砂丘彦/音楽批評家)

—今回のプログラムは、前半・後半ともに、短いながら凝縮された現代的な作品と、後期ロマン派的な大きなソナタが組み合わされています。これまで自主企画でも多くの印象的なプログラムを組まれてきましたが、今回はどのようにプログラムを決めたのでしょうか。

 

 今回はまず会場と共演者が決まりました。このような場合は、「この人と、この場所で、この曲を弾きたい」という一曲を見つけるところから始めることが多いです。今回はまず、レスピーギを北村君と弾いてみたい、北村君のピアノでレスピーギを聴きたいという思いがありました。
 そうなると、ピアニストの負担が増えて申し訳ないけれど、やはりリヒャルト・シュトラウスを合わせたくなる、と話したら、彼も「いいんじゃない」と、かなりあっさり賛成してくれました。
 そのあと、今年は武満徹の没後30年でもあり、日本人の作品を入れたいという気持ちがありました。《悲歌》か《十一月の霧と菊の彼方から》のどちらかにしようと話していたんです。《十一月の霧と菊の彼方から》は、12月という季節にも合うと思いました。でも作品の内容を考えると、レスピーギやリヒャルト・シュトラウスの詩的な世界観には《悲歌》のほうが合うのではないかと思い、《悲歌》に決まりました。シェーンベルクは、私が最後に渋々「うん」と言ったという感じです。

 

―石上さんといえばシェーンベルクというイメージがありますが、なぜ《幻想曲》には渋々なのでしょうか?

 

 私のなかに、勝手なシェーンベルク像があるからだと思います。《幻想曲》作品47は、本当に最晩年の作品です。紆余曲折を経て十二音技法を採り入れ、最晩年は十二音技法を使いながらも、とてもロマンティックで、むしろ調性的に音楽を構築していく。私は、その頃の作曲スタイルがすごく好きなんです。
 先日Ensemble Amoibeで演奏した《弦楽三重奏曲》は、シェーンベルク作品のなかでも一番好きな作品です。その先にある《幻想曲》が、私にはどこかちぐはぐに感じられていました。
 ただ、大作曲家が人生の最後に行き着く、よく分からない世界というものもありますよね。ベートーヴェンの最晩年にもあるような、混沌とした、ちぐはぐな、大御所だからこそ行き着く最後のひととき。人生の最後の時間に書かれたものには、そういうところがあるのかもしれないと、ここ数か月、改めてシェーンベルクを考えるなかで思うようになりました。
 北村君には他の作品も提案しましたが、「もう一度弾きたい曲より、あえて嫌がっているシェーンベルクをやるほうがいいんじゃないか」と言われました。口説き落とされてしまったんです(笑)

 

―今回の共演相手である北村朋幹さんのことは、石上さんからお誘いされたのですか?

 

 私から「ぜひ北村くんと一緒に」とお願いしました。初共演は、昨年の1月、ザ・フェニックスホールでの『「月に憑かれたピエロ」をめぐる冒険』公演です。そこではヴェーベルンのデュオも一緒に弾きました。そのあとすぐに私からラブコールをして、昨年8月に私のリサイタル(「京都府文化賞」受賞記念リサイタル、京都府立府民ホールアルティ)でご一緒しました。今回が3回目の共演になります。
 端的に言えば、北村君は、私の人生で数えるほどしかいない「推し」の一人なんです。今回は「推しとの共演」で、私が一番幸せ、という感じですね。

 

-北村さんの魅力とはなんでしょうか。

 

 言葉にしてしまうと陳腐ですが、彼は本当に丁寧な生き方をしている人だと思います。それは音楽に対しても、ほかのものに対してもそうです。彼の思考の仕方や、そこから出てくる音楽と言葉が、とても芸術家的です。
 とても詩的な感性を持っていますが、単に主観的なだけではなく、どこか達観しているところ、客観視しているところもある。それをとても美しく描写する人です。
 リハーサルも、時間があればいくらでもかけるタイプです。私も本来、そういうリハーサルが大好きです。北村君は、できるだけ長く作品と向き合い、共演者とのリハーサルでも、「なぜこう思うのか」「なぜこう弾くのか」「どう考えているのか」という背景を擦り合わせることに妥協しません。だから、すごく安心感があります。同時に、とてもぴりっとする相手でもあります。自分もきちんとしていかなければならない、自分の感性をもっと研ぎ澄ませなければならないと、襟を正させてくれる相手です。
 彼は音でもたくさん示してくれますが、言葉で話すときには、きちんと人を納得させる言葉で語らなければ、本当には納得してくれません。自分がどう考え、楽譜をどう見ているからこうしたいのか。どうしても通したいことについては、それを説明できる言葉を自分のなかに持たなければならない。そういう緊張感があります。

 

―リハーサルをぜひ覗きたいと思ってしまいますね。今回は前日からザ・フェニックスホールでリハーサルをされるようで、そのように濃密に作られた音楽を会場で聴けることはとても楽しみです。お客様に何かメッセージはありますか?

 

 ティータイムコンサートなのに、かなり重量級のプログラムになってしまったと思います。昔から、せっかくコンサートができるなら、全力でやりたい放題やろうと思っていました。最近は自分もコンサートに行くようになり、「適度な長さや重量感というものもあるよな」と思うようになりました。今回のプログラムは、それほどパンパンではないはずですが、昼間なので、カレーとカツ丼を食べても、寝るまでにカロリーを消化する時間があるくらいの気持ちで、気楽に来てもらいたいです(笑)