Prime Interview パトリツィア・コパチンスカヤさん

掲載日:2023年1月21日

 パトリツィア・コパチンスカヤはよく笑う。それは婉然とした微笑みなどではなくて、甲高い哄笑に近い。あるいは随分意地の悪いことを言って無邪気に笑い声をあげて、でもすぐに声を潜めて次の話題へと逸れていく。そう彼女のヴァイオリン演奏と同じだ。威嚇的に唸りをあげていたかと思うと天上の祈りのような響きに変わり、それがプツッと即物的に途切れたりする。目まぐるしい。目まぐるしくて、同時に切ない。普段の彼女の「生態」がそのまま音になっている。最近はヴァイオリン演奏だけではなくて、『月に憑かれたピエロ』やリゲティの「マカーブルの秘密」のような声のパフォーマンスにも果敢に挑戦して(今回の来日では東京都交響楽団の定期で聴ける)、やはり信じられないような成果をあげているし、さらに作曲も始めたようだ。モルドヴァのツィンバロム奏者だった彼女の父親コパチンスキ氏も独特のアプローチで作曲を行ってきたのでそれも驚くようなことではないのだと思う。ともかく彼女は、今や全身で、あらゆる媒体を用いて、音楽を発散し続けている。

 強力なピアニスト、ヨーナス・アホネンを伴う来日を前にして、今回のプログラムについて話を聞いてみた。彼女の言葉も、やはりずっと小さな爆発が起こり続けているような、不思議な魅力に満ちている。

(取材・訳・構成:伊東信宏/大阪大学教授)

 

 

音楽には交感、コミュニケーション、予期せぬもの、驚きが必要なのです

 

 

 

――今回の来日は2019年の春、あなたがクルレンツィスと一緒に来て以来だと思います。その後世界はコロナ禍や戦争を経験してきました。自宅で隔離されていた頃、どんな風に暮らしていましたか?それはあなたにとって容易な時期ではなかったと思います。

 

 私たちのところでは二度の長いロックダウンがありました。最初の時、私は気分が落ち込み、時間ができればやろうと思っていたプランや夢の全てを諦めてしまいました。それは多分自分の自由意志で家に居ようと決めたわけではなかったからだと思います。そして多くの音楽家の友達と一緒に計画していた全ての素晴らしい演奏会やツアー、興味深いプログラムなどを諦めねばならなかったのです。
 二度目のロックダウンの時、何か訓練をしないと私はこれを乗り越えることができない、と思っていて、それで私は毎日、ヨガをすることにしました。そして長い本を読み、突然様々な音楽を作曲しだしました。今、アンコールで弾いている曲で、私はそれらをGhiribizzi と名付けました。

 

 

――パガニーニにGhiribizziという曲があるけれど、イタリア語?

 

 そう。「気まぐれな小品」っていうことみたい。

 

――コロナ禍を経て、あなたの活動は変化しましたか?音楽は以前とは違うものを意味するようになったでしょうか?それとも目的は変わりませんか?

 

 ステージの上に立てること、そしてリアルな聴衆の前で演奏できることに、以前よりもずっと深く感謝するようになりました。私はコンサートホール、そしてそこにいる人々が好きです。その息遣い、そしてその匂いさえも。人々のエネルギーが感じられるのです。これはオンラインでは味わえません。音楽には交感、コミュニケーション、予期せぬもの、驚きが必要なのです。そしてもちろん私はそれを当たり前に与えられるものだと思わなくなりました。私たちは今も新しいパンデミックの危険にさらされているのですから。

 

――今回のツアーではベートーヴェンの二つのソナタ、そしてシェーンベルクとウェーベルンなどが演奏されます。これはあなたの選択ですか?ベートーヴェンは以前より重要なものと感じますか?

 

 選んだのはヨーナス・アホネンです。彼は全く妥協なく自分のやり方で弾ききってしまうピアニストです。
 私は彼と一緒に弾くことで自分の中のリスクと革新性を拡げることができました。彼は元々現代音楽の文脈の人で、クラングフォールム・ヴィーン[1985年に結成された現代音楽に重心を置くアンサンブル]などの活動で、常に作曲家たちと一緒に音楽を作ってきました。私たちの時代にどんな音楽が書かれているか、彼は全て知っています。そして同時にフォルテピアノの奏者でもあるのです。
 こういう経歴を持つ人こそベートーヴェンに最上のアプローチができると思います。私たちはウィーンから最高のものを届けられると思います。

 

 

――「ウィーンから」っていうのはどういう意味?ヨーナスがウィーンから来る、ということですか?

 

 ウィーンから最高の音楽を届けます、という意味。でも実際、ヨーナスはウィーンで最高のピアニストだと思う。信じられないほど素晴らしいフィンランド出身のピアニストで、そしてウィーン訛りのドイツ語を話す。それがすごく可笑しいの。
 ベートーヴェンのソナタ第9番について、私はいつもラディカルな音楽家を探していたのです。特にこの曲ではベートーヴェンを正確に理解し、そしてできるかぎり挑発的に、できるかぎり赤裸々に描くことができる音楽家が必要なの。これはフランス革命の時期に書かれた音楽で、だから皇帝が名誉と権力を失い、その求心力を失ってゆく中で書かれた。素朴な人たちも、自分たちの権利について考えるようになり、社会構造と世界秩序について考え直すようになった頃の音楽なのです。だから音楽も(革命と)同じように直接的で、クリアで、そして時に粗暴に書かれています。そこには驚きとメッセージが込められている。想像力は爆発し、空虚な美しさの中に収まりかえったりしていないのです。音はお上品な人々の興味を掻き立てるためのものではなく、音楽の内容はストーリーとなりました。
 ヨーナスと一緒にやるのは、だからとても自然なこと。私たちは話し合ったりしない。ただ演奏するだけで十分なの!

 

 

――私もアホネンの敏捷さと繊細さはあなたのヴァイオリンにとてもよくマッチしていると思います。どうやって彼に出会い、二人の共演はどんな風に展開しましたか?

 

 そう、コロナ禍のおかげと言えるかな。突然新しいことができる余裕ができて、そんな時にペッカ・クーシスト[フィンランド出身のヴァイオリニスト]がヨーナスと弾くといいと言ってくれたんです。彼はこのピアニストはあらゆる物理的制約をなくしてしまうんだって言ってました。それで私はヨーナスと『月に憑かれたピエロ』をやりました[2021年にCD化]。あれが最初の出会いです。つまり私たちはあのシュールなテクストと音楽を通じて出会った。私は彼のピアノの正確さと、クリスタルのように透明な音が好きです。
 彼と一緒にやると、とても弾きやすい。私たちは同じ音楽的言語を話しているから。彼はロマンティックなヴィブラートとべったりした音が嫌いで、私もそう。私はいつも旋律的な自由さを求めていて、だから私たち二人でやるとそれが極限まで行くの。パルランド・ルバート[語るようなリズムの伸縮]のスタイルで。