Prime Interview 葵トリオ

関西出身者による、世界を舞台に活躍するピアノ三重奏

掲載日:2020年7月8日

2018年9月 世界最高峰のコンクールとも言われるARDミュンヘン国際音楽コンクールのピアノ三重奏部門で、日本から参加していた葵トリオが日本人団体として初優勝を飾った。演奏レベルによっては優勝を出さない厳しさで知られる同コンクールは、過去11回のピアノ三重奏部門で、優勝団体は葵トリオで5団体目という。さらに2018年は2位に該当団体が無く、2団体に3位が送られた結果が、葵トリオの演奏が如何に優れていたかを証明しているだろう。
現在はドイツに拠点を移して活動を続けるトリオだが、実は3人とも関西出身。メンバー共通の思い出や、子供の頃のザ・フェニックスホールでの体験などもあり、関西は3人にとってとても馴染みの深い場所。コンクールの優勝から2年が経ち、ドイツでの研鑽を経て更に磨きのかかったトリオが11月にザ・フェニックスホールに初登場。トリオでの活動や演奏するプログラムについて語ってもらった。
(取材・文:桑田開/音楽ライター)

 

 

常設アンサンブルならではの音楽を

 

――葵トリオは2016年結成と伺いましたが、結成のきっかけや、本格的に活動を始めた経緯を教えて下さい。

 

 小川と伊東は東京藝術大学の同学年でしたが、秋元は1学年下だったのであまり接点はありませんでした。3人がサントリーホール室内楽アカデミーに同時期に参加していて、全員が関西出身ということもあって「いつかトリオを演奏してみたいね」という話をしていました。
 その後、大学の授業でトリオを組んで演奏を始めましたが、今のように頻繁に演奏活動を行うようになったのは2018年のコンクールで優勝してからです。受賞は勿論嬉しかったのですが、優勝団体としてトリオの活動を継続するという責任感も芽生えたのが正直なところですね。

 

――3人とも関西ということは、子供の頃から知り合いだったのですか?

 

 秋元は大学に入ってから知り合いましたが、小川と伊東は中学生くらいの頃には京都フランス音楽アカデミーなどでお互いの演奏を聴いていました。お互いに「なんか凄い上手い子がいるな」と(笑)。
 秋元が他の2人の演奏に接した時には、2人が既に弦楽四重奏を組んで国際コンクールなども目指していたので、「室内楽に熱心に取り組んでいるな」という印象でしたね。

 

 

――子供の頃のザ・フェニックスホールの思い出などはありますか?

 (小川)ザ・フェニックスホールはヴァイオリンコンクールで演奏していたので、とても緊張した思い出があります。
 (伊東)子供の頃に師事していた斎藤建寛先生がコンサートシリーズで演奏していたので、その際は何度も通いました。
 (秋元)高校生の頃にジャパン・ストリング・クヮルテットのマスタークラスを聴講に行きました。実はそこで室内楽の奥深さを体感して、室内楽に本格的に取り組みたいと思い始めたのです。ですので、今回はそのホールに室内楽奏者として出演できて本当に嬉しく思います。

――今回のプログラムはとてもバラエティ豊かですね、邦人作品も組み込まれています。

 

 細川先生はヨーロッパでもとても有名で、こちらで演奏すると聴衆にとても喜んでもらえます。毎シーズンのレパートリーを考える際には、近現代の作品も演奏するようにしています。その中で、日本のアンサンブルなので邦人の作品を紹介するのは有る種の責務かなとも思っています。
 メンデルスゾーンは、トリオでは1番が有名かもしれませんが、2番もとても素敵な作品です。各楽器の役割が室内楽的に作曲されていて、音楽の構造もとても素晴らしい。出てくるメロディーも親しみやすい旋律が多く、最終楽章で出てくるコラールではとても解き放たれたような音楽になります。私達もこの作品は思い入れがあるので、今年の1月にはレコーディングも行いました。

 

――2020年はベートーヴェン記念年ということで、第4番「街の歌」も演奏してくれます。ベートーヴェンは個々の楽器にも重要な作品を残していますが、それらの作品と比べてピアノ三重奏曲は何か違いはありますか?

 

 チェロ・ソナタも初期、中期、後期と作品がありますが、時代ごとの性格は似たようなものを感じますね。今はトリオの2番(作品番号1-2)に取り組んでいますが、チェロ・ソナタの2番(同5-2)と雰囲気が近いと思っています。
 ピアノの場合はベートーヴェンの32曲のソナタは新約聖書のような存在で、とても崇高で簡単には近寄り難い印象もありますが、トリオはそれに比べると親しみやすく感じます。もちろん、偉大な作品ではありますけどね。
 ヴァイオリンは、ソナタではオブリガードや高音域でのメロディーを弾いていることが多いですが、トリオでは役割が多様化して内声部を演奏していることも多いです。弦楽四重奏で例えると第2ヴァイオリンのパートのような役割を演奏することも多いですね。

 

――トリオで練習するときは、何か注意していることはありますか?

 

 それぞれ他の活動もあるので、1年中毎日のようにリハーサルを出来るわけではありませんが、それでも「1回の本番のために2-3日で音楽を仕上げていく」という準備ではありません。葵トリオとして音楽を練っていくために、最低でも10日から2週間位は準備期間を設けています。
 最近は前述のように集中して練習を行う1ヶ月ほど前に、短時間でも一度合わせておくようにしています。一度3人で練習しておくと曲の全体像が捉えやすくなり、個々の準備期間が充実して、結果的にリハーサルがより効果的に進められるようになりますね。

 

――目標としているピアノ三重奏やアンサンブルはありますか?

 

 過去にはボザール・トリオのような素晴らしい先達がいましたので、そのような活動ができれば良いとは思いますが、ボザールの実演に接したことは無いのはとても残念です。
 現在活動されているピアノ三重奏ですと、私達が師事しているヴァンサン・コック先生が演奏されているトリオ・ヴァンダラーがあります。東京で聴いたヴァンダラーの音楽には本当に驚かされました。ピアノ三重奏はソリストが集まって演奏されることも多いですが、それとは全く異なったタイプの音楽なんです。しかし「常にリズムやタイミングなどが完璧に整然と合っている」という演奏とも違っていて、より高次元で音楽が共有されていて聴き手に伝わってくる。室内楽として最終到達地点を「聴いた」、というより「体感した」ような気分です。これはCDなどでは感じられない貴重な体験で、「感動」という言葉だけでは言い表せない、心に深く刻まれ、記憶に残る公演です。この体験で「ピアノ三重奏の音楽とは」とより真剣に考えるようになりました。

 

――葵トリオの今後の目標をお願いします。

 
 具体的な活動でいえば、今年のようなベートーヴェンだけでなく、様々な作曲家のサイクルを行うなど、常設のアンサンブルならではのプロジェクトに携わっていきたいですね。また、ドイツや日本だけでなく、アメリカや他の国々へのツアーも行ってみたいです。
 しかし長期的な目標となると、常設の団体としての「継続」となるでしょう。同じメンバーで室内楽を継続する際には、それぞれの生活の変化が関わってくる。住む場所や家族の変化などで影響を受ける部分もあると思います。今後3人それぞれのライフステージがあると思いますが、常に3人が同じ熱量を持って葵トリオに注力していけること。それが「継続」だと思っています。