Prime Interview ひばり弦楽四重奏団

気鋭の名手たちが紡ぐ、極上のアンサンブル

掲載日:2021年2月24日

日本を代表する名手として知られる漆原啓子・朝子(ヴァイオリン)の姉妹に、大島亮(ヴィオラ)、辻本玲(チェロ)という気鋭の若手奏者が加わり、2018年に結成された「ひばり弦楽四重奏団」。翌年11月にはベートーヴェン全曲を軸とした、5年にわたる演奏会プロジェクトを東京でスタートさせる一方、ドビュッシー&ラヴェルを収めた第1弾アルバムも発表し、気迫と真剣さがひしひしと伝わる快演で大きな話題に。そんな注目の精鋭集団が、ザ・フェニックスホールのティータイムコンサート・シリーズに初登場し、ベートーヴェンの第5、15番と、バルトークの第3番を披露する。それぞれが第一線で活躍する名ソリストでありながら、「この4人で演奏すること自体が、今はとても楽しい」「カルテットのスコアに対峙すると、1人では得られない発見がある」と口を揃えるメンバーたち。彼らが“真剣に楽しむ”からこそ得られる、独特の音楽の愉悦を、私たちもぜひ、客席で共に分かち合いたい。

(取材・文:寺西 肇/音楽ジャーナリスト)

 

 

音楽の愉悦を客席と分かち合う

 

――結成のきっかけは、2018年の都民芸術フェスティバルでした。まずは、この4人で活動することとなった経緯を。

 

啓子 主催者側から「ヴァイオリンは私たち姉妹、あとは若い方で」と要望されました。でも、たとえ1回だけだとしても、カルテットを音楽的に未知の人と演るのは怖かった。そこで、私が木曽音楽祭(註1)で一緒に弾くたび、素晴らしいと思っていた、このお2人しかいないと思ってお願いしたら、ご快諾いただいて…。特に妹は「初めまして」な感じだったんですけど、初めて合わせてみて、もう「これは予想以上にいいな」と…。
朝子 私は、カルテットにきちんと取り組むこと自体が初めてな上に、第2ヴァイオリンと言う立場もかなり特殊で…迷惑をかけながらも、皆さんに温かく、我慢強く対応して貰って、色々と教わっている感じです。
大島 声を掛けていただいた時は、凄く幸せでした。カルテットの経験はあったものの、じっくりと取り組むのは、初めてでしたし。
辻本 私も経験はしたんですけど、続けてゆくことが課題に。かなり気合いを入れて始めても、同じメンバーで続ける、というのがすごく難しいんです。

 

――「ずっとやろう」となったきっかけは?

 

啓子 本番が終わって、皆でご飯食べに行って、「楽しかったから、またやろうね」って感じで(笑)
大島 そう。単純に「楽しかった」んです。

 

――皆さん、個々の活動もあって、集まって練習するのも大変なのでは?

 

大島 リハを直前にまとめてできないので、多くて1ヵ月に1、2回。寝かせて、寝かせてという感じになります。

 

――なぜ「ひばり」なんでしょう?

 

啓子 皆で一生懸命考えたんですよ(笑) 「これは?」「もう他の団体が使ってます」「じゃ、これは?」…みたいなノリで。
朝子 「四つ葉」とか、「クローバー」とか…色々と案は出ましたけど。
大島 今は(ネットで)調べられるので、他のグループが使っているのが、すぐ判ってしまって(笑)、案外と難しいんです。
辻本 で、全員の名前の頭文字を並べてみたら…
啓子 KとAに、Rがふたつ。ひとつをLに変えたら、ひばり(LARK)になるな、と。覚えやすいし。
大島 LINEのグループ名は、仮に付けていた「漆原カルテット」、略して「うるQ」のままですけど(笑)
啓子 訂正のやり方が判んなくて…(一同爆笑)

 

――そして、東京のHakujuホールで、2019年11月からベートーヴェン全曲シリーズをスタート。今回のザ・フェニックスホールでは、その第4回と同じプログラムが披露されますが、毎回、取り上げる曲はどう決めていますか?

 

大島 基本的に、「何やりたい?」と言う感じですね。
辻本 ただ、始める時に「ベートーヴェン全曲をぜひ」とは言いました。特に、後期作品は、1回限りのメンバーが集まって弾いても、いい演奏にはなかなかならない。やはり、こういう機会に、ぜひ取り組みたい、と。ここへ「さらに」と組み合わせる曲は、(近現代の)新しいもの、という傾向はあるかも。
啓子 あと、ステージ全体の時間の関係とか…。いずれにせよ、ベートーヴェンは全部やらなきゃならないので、まず難しい曲を先に(笑)
辻本 今回のプログラムは一般受けしないかもしれませんが、ひとつの固定されたグループだからこそ、できるラインナップ。そこをぜひ、聴いてほしいですね。

 

――何回かステージを重ねてみて、いかがしたか?

 

辻本 めちゃ愉しいですね。それぞれ個性が違うのに、混ざると不思議にひとつにまとまる。やり甲斐を感じますね。
啓子 ソリストとしての勉強ばかりしていると、スコアをじっくりと見るということがなかなかない。その点、カルテットは、構成がどうなっているかとか、皆が分かっていなくてはいけないので、凄く勉強になるんです。以前のハレー(註2)の時もそうでした。
朝子 そうですね。特に私の場合、皆さんが一緒に弾いて下さる中で学べるっていうのは、凄く贅沢ですね。
辻本 カルテットではバス声部を弾くので、自分のパートだけを見ていても、音楽は分からない。1度集まっただけのメンバーで、「どう創るか」を理解するのも難しい。定期的にやることで、色々な言葉遣いを試せるのは、貴重な場ですね。
大島 僕は、それぞれの音を混ぜ合わせるために、どうすればうまくゆくか、常に考えています。僕の楽器だけが新しいので、皆さんの楽器の音を吸収してゆく。すると、趣きが変わって、自分の中で新しい音が生まれてゆく感覚に。それが出来たとき、カルテットの中のヴィオラとして、巧く機能できるのかな、と思います。

 

――このカルテットの特色って何でしょう?

 

啓子 ハレーの時も、周囲の人が「凄く面白いね」と言って下さるんですけど、私たちは、ただ真面目にやってただけ(笑) 今回も、極めて真面目にやっているのに、このカルテットの特徴が、自分ではまだ分からない(笑)
大島 ベートーヴェン全曲というコンセプトのお陰で、継続性が出来ますね。ずっと聴き続けて下さると、成熟してゆく僕らの音楽を、聴衆の方々も一緒に体感していただける可能性がある、と期待しています。
朝子 そうですね。私たちならではの音が、回を重ねるごとに円熟していって、4人のエネルギーで人々を勇気づけられて、「また聴きたいな」と思っていただければ…。

 

――コロナ禍の影響で、全曲演奏会の第2回(2020年4月)も延期に。音楽家として、皆さんに意識の変化はありましたか?

 

大島 ヴィオラ弾きとしての生き方には、正直、それほど変化はなくて…。ただ、お客様の“聴きたい欲求”は、凄く感じますね。オンラインで自分のリサイタルを配信した時も、遠い場所から「観てたよ」と言ってもらえて、とても嬉しかった。でも、いざ収束を迎えた時、どうやってホールに戻ってきていただけるか。考えていかなきゃならないでしょうね。
辻本 こちらが同じように懸命に弾いても、かつての満席のホールの熱量と比べて、やっぱり“ひとつになる感覚”が戻ってこない。今となっては、いっぱいのお客さんと拍手があってこそ、“良い演奏会”なんだ、と思っています。
朝子 「自分たちさえよければ」という人間の欲求が、今回の災禍を招いた気がします。苦しい立場の方が大勢いらっしゃる中、音楽でお腹は満たされなくても、心が癒されれば、この状況に立ち向かう一助になるのでは、と考えています。
啓子 何ヵ月も一人で家にいて、やっと皆で合わせた時、「自分が音楽家で、何て幸せなんだろう」と思いました。今まで当たり前だったことが、決してそうじゃないと…。これからは、ひとつひとつのことを、もっと大切にしたいと感じています。

 

註1.  長野県西部の林業の町・木曽町で1975年、ヴィオラの巨匠ウイリアム・プリムローズが公開レッスンとコンサートを開いたのをきっかけに、翌年にスタート。毎夏、国際的に活躍する奏者が来演し、地元の人々の協力で続く“手作りの音楽祭”として知られる。

註2. ハレー・ストリング・クァルテット。漆原啓子を中心に、松原勝也(ヴァイオリン)、豊島泰嗣(ヴィオラ)、山本祐ノ介(チェロ)により、1985年に結成。瑞々しい音楽を紡ぐ個性派集団として、90年代後半にかけて活躍した。