Prime Interview 古海行子さん

可愛らしい雰囲気とのギャップに驚かされる凝縮したエネルギー

掲載日:2020年5月13日

 2019年1月のCDデビューから1年あまり。ジャケット写真は、80年代のDCブランド的なモノトーンに身を包みつつも、どこか、あどけなさがまだ残る表情とのギャップが印象的だった。しかし実際に会ってみると、普段の姿は(プロフィール写真通りの)背伸びをしない自然体。かつ浮世離れしたお嬢様というわけでもなく、可愛らしい普通の現役女子大学生といった風情だ。
 だが、ひとたびピアノに向かい合えば、ほとばしり始めるエネルギーはあまりに圧巻で、ここでもギャップに唖然としてしまう。曲と同化していく恐るべき集中力、22歳という若さを感じさせない凝縮力の高いパフォーマンスによって、場の空気を一瞬にして変えてしまうこの逸材の真価を味わうには、実演に立ち会うのが一番。今回、彼女にとって初披露となるシューベルトの実質的な最終作ピアノソナタ 第21番をメインプログラムに据えた、古海行子(ふるみ・やすこ)の大阪デビューを絶対に観逃がすな!
(取材・文:小室敬幸/音楽ライター)

 

 

素晴らしい作品を残してくれた作曲家と
聴衆をつなぐ存在でありたい。

 

――古海さんの人生の転機となったのは、恩師である名ピアノ教師である江口文子先生との出会いだったそうですね。

 

 もともと音楽は大好きでしたけど、私はピアノを習い事としてやっていただけで、ピアニストになるなんて思ってなかったんです。中学校3年生の時に江口先生に出会ってから、音楽の世界ってこんなに奥深いんだ。こんなにやれることがまだまだあるんだってことを知りました。

 

――同年代の江口門下から、綺羅星の如きスターが次々誕生していますが、プレッシャーにはなりませんでしたか?

 

 みんな、何かしらに向かっているという環境だったので、時間の流れ方がそれまでと違うというか、自分も頑張らないといけないなと必死でしたね。ただ、そこに付いて行きたいという思いだけでした。頑張ることは苦痛じゃなかったです。
 練習だけでなく勉強することも必要だということも痛感しましたし、生半可に好き勝手に弾いていいものではないのだなと思うようになりました。とはいえ、いざ演奏となったら、お客様にその時間、何かを感じてもらうということが何よりも大事。今も価値観の軸にあるのは先生の教えだなって、最近よく感じます

 

 

――古海さんが以前からおっしゃっているような、作曲家の素晴らしい音楽を後世に伝えたいというような考えも先生からの影響なのでしょうか?

 私はそもそも人前にでるタイプではなくて、称賛されたいとか認められたいというのは音楽をする動機ではないんです。あくまで曲がメイン。とてもこんな凄い作品を作れないですから、作曲家と聴衆を繋ぐ「媒介者」として携わらせていただいているという感覚ですね。
 小さい頃、自分で書いた曲を演奏するということをしていたのですが、それが凄く苦手でした。どう頑張っても有名な作曲家が書いた作品に敵わないじゃないですか。そういう経験があったからこそ、「作曲家様」「(演奏よりも)曲が一番」という感覚があるんです。江口先生もそういう考えをお持ちなので、そこはずっとブレていませんね。

――なるほど。実際、古海さんのデビューCDに収録されているシューマンのピアノ・ソナタ第3番の演奏を聴かせていただくと、シューマンの感情がそのままストレートに伝わってくるかのようで一気に引き込まれてしまいます。しかも同時に、全体としては鳥瞰した視点も保たれ、どこかで冷静さも感じられることに驚かされました。

 

 ありがとうございます。私としてはMAXで感情を出しているつもりなんですけど(笑)。多分、自分の性格上、理性のタガが外れるまで(の感情が)出ることはないんだと思います。

 

――普段から抑制的な性格なのだということでしょうか?

 

 自分ではそう思ってるんです。でも最近、「結構怒るよね?」「自分で思ってるより感情的だと思うよ?」って人から言われることがありました。自覚はないんですけど……。誰かと話しているなかで「自分ってこうだったんだ」って気付かされることが増えました。

 

――面白いです(笑)。その二面性というか両面性が演奏に表れているのかもしれませんね。今回のリサイタルでも、濃厚な感情表現が詰まった作品が並んでいます。最初のモーツァルト《ロンド イ短調》は古典派ですが、ロマン派のような深い悲しみが伝わってくる作品ですね。

 

 なんだかロマン派あたりが自分にとっては一番共感できるみたいで、自分がもともと持っているものに合うんです。だから弾きたい曲を選ぼうとすると、自然とそのあたりのものが多くなりますね。そういうものを、お客様に聴いてもらいたいと思っています。

 

――続くシベリウス《悲しきワルツ》は、原曲の管弦楽こそ非常に有名ですが、ピアノ版はかなり珍しいですよね。胸が締め付けられるような名曲です。

 

 そうですね。ティータイムなのにあまり弾かれる機会の少ない曲が続いて申し訳ないなと思いつつも、とても素敵で凄く好きな作品たちなので、是非聴いていただきたいです。

 

――一方、次のショパンはピアノ音楽ファンにとってはお馴染みの定番名曲ですが、普段から弾かれているレパートリーなのでしょうか?

 

 いや、そうでもないんです(笑)。これまでは、いわゆるメジャーな曲というのにあまり惹かれてこなかったんですよ。作品って弾かれることで残っていくじゃないですか。だから既に有名な曲を敢えて自分が弾く必要があるのかなと思ってしまって、どちらかというとマイナーな曲に惹かれてしまうところがあります。今回のような曲を弾くのは結構、レア(貴重)ですね(笑)。絶対どこかで耳にしている曲ですから、既にイメージが出来上がってしまっているんですけど、それを取っ払って、一から楽譜を読み直そうと思っています。

 

――そしてプログラムのラストには、シューベルトの最高傑作のひとつであるピアノソナタ 第21番が控えています。

 

 これもずっと「いつか弾きたい!」って思っていた曲のひとつです。いま、シューベルトが描きたかった世界に強く興味を惹かれていて、昨年末のリサイタルでは第19番を弾きました。だからその流れでこの第21番にチャレンジしてみたい。本当に心から大好きな曲だからこそ是非、皆様に聴いてもらいたいんです。

 

――思いの詰まった本格的なリサイタルが、今からとても楽しみです! ピアニストとして今後、どのような活動をしていきたいか、展望はありますか?

 

 音楽に対する姿勢は変わらないと思いますが、何をしたいかと考えてみると、クラシック音楽を正しく……というか、良い形で後世に残していきたいという軸だけが強くあります。でも、それを実現するために「ピアノを弾く」のか「教える」のか、何が最善であるのか分からないので、直感を信じていつでもベストを尽くしていきたいです。だから、何年後に何をして……といったような具体的な予定は何もありません。そういう考え方が、あんまり向いてないんだと思います(笑)。
あとは、ピアノっていつもひとりなので、何人かのグループで演奏とともに年を重ねていくことに凄く憧れがあります。この先どんな出会いがあるか分からないですけれど、仲良い形で集まれる室内楽が組めたら嬉しいですね。