ピアニスト金澤攝さん インタビュー

音楽史のジクソーパズル 「ピース」を探る ヒストリカル・コンサート「ショパンと親友たち」 ピアニスト金澤攝さん

掲載日:2013年9月7日

12月に登場するピアニスト金澤攝(をさむ)さんは、日本はもちろん欧米にも比肩する人物の居ない、極めて独創的な活動を続ける芸術家である。19世紀以降の、世に知られていない作曲家や作品を求め、フランス・イタリア・ドイツなど欧州の出版社・図書館・古書店などで楽曲の譜面を手書きで、写真で、コピーで複写・収集してきた。公的演奏に値するか精選し、蘇演を30年も重ねている。元々は作曲家志望。強い志と創作家ならではの眼力で西洋音楽史の空白を探り埋める才人。金沢市のご自宅の棚には膨大な量の楽譜が収められていた。

■「発端」は中学時代■

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楽譜を集め始めたのは15歳で単身、パリ留学した折からです。中学時代、旧西独のB・A・ツィンマーマン(1918-70)の音楽に出会い、それまで親しんでいた音楽が頭から吹き飛ぶような衝撃を受けました。パリで彼の楽譜を集めようと出版社に通い始めました。次いで彼が師事した作曲家4人の作品も調べるようになり、更にその4人に影響を及ぼした作曲家へと関心は時代をさかのぼり、ついにショパンと同時代の19世紀前半に至ります。留学前は、ショパンの音楽など関心が湧かず、ドビュッシー以降の音楽に夢中になっていたのに。幼い頃から百人一首、国鉄の駅名や元号などの暗記が好きで、「全体像」をつかみたいタイプ。それが高じた収集癖でした。

■「巨匠の個性」再考■

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旋律にせよハーモニーにせよ、或る特徴的な音楽表現について、特定の作曲家、特に「巨匠」とされている作曲家の「個性」として理解されている例が多くあります。でもその大半は実は、同時代の他人の創作と共通するもの。時代が共有した「美学的な背景」が感じられる。これに気付いたのは、帰国後20年近く、発掘と紹介を重ねた後です。今、研究した作曲家は570人にも上り、どの時代、どこで誰が何を作っていたか、大まかながらつかめてきた。当初は「点」としてしか見えなかった個々の作曲家の特徴が「線」になり、また「面」としても感じられる。幅広い文脈で「巨匠の個性」を相対的に見直し、彼らと同時代を生きた知られざる作曲家や作品の真価を示したい。

 

「道は通じる」信じて淡々  
 
■「変革の200年」対象■

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私が研究する作曲家たちは、自分の生まれた年(1959年)の200年前、つまり1760年ごろの生誕を起点としています。大バッハが亡くなり、モーツァルトが生まれて間もない頃。ベートーヴェンの生誕はもう少し後。音楽史上、モーツァルトとベートーヴェンの違いは大きい。前者まで音楽家は宮廷お抱えの身分。それが近代的な意味の「芸術家」へと変化し始める。2人の生きたウィーン古典派の時代からロマン派を経て20世紀音楽へ。更に実験・前衛音楽が興(おこ)り、私が生まれた世代で終焉が始まる。この200年間は、芸術音楽の巨大な起承転結の歴史が展開されました。


■「献呈関係」糸口に■
私は、作曲家同士の師弟関係と、作品を献呈する・されるという関係を切り口に研究を広げてきました。献呈には、贈り相手を尊敬し作品の「命」を捧げる意味がある。それを手掛かりに人脈を追うと、従来の音楽史ではほとんど描かれていない作曲家人脈が浮かび上がってくる。楽譜を集めて音楽を調べ、選んで演奏する。今も毎日、確保した楽譜から一冊は弾いて確かめ、発表の準備をします。その過程を通し、伝統的な歴史観を覆す新しい世界が見えてきました。

■「歴史の空白」調査■

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ピアノ曲に限っても、19世紀以前は作曲家が自ら演奏する自作自演が普通。没後は忘れ去られる宿命でした。20世紀に入り、録音技術が現れ、SPレコードが作られる際は「売れるか否か」という観点で作曲家や作品が選別されました。メディアがLPレコードやCDに代わっても、いったん葬られた作品は簡単には出てこない。でも従来の活動で私は、多くの素晴らしい創作が存在することを知りました。音楽史は大作曲家だけが形づくったのではない。その営みは「歴史の空白を探る」「後始末をつける」意味があり、音楽に携わる者には必須のはず。また次代の自由な音楽活動を支えるためにも不可欠です。なのに研究者や演奏家、音楽産業に携わる人々は膨大な遺産を無視してきた。私は、こうした活動に自分の能力を活かすことこそ価値が最も高く、しかも揺るぎないと考えました。音楽家として単に自分がやりたいことだけに手を染めている場合は、気持ちが消えれば営みも終わる。そうでなく私は、社会的に誰かがやらなくてはならないことを見据え、生きる道を設定しました。営みは淡々として終わりはなく、公演は常に「経過報告」です。発掘・蘇演に要する時間や労力、資金は大変。過労で体調を崩すことも度々ありましたが、本当に意味があるなら、必ず道は通じます。

(談。構成:谷本裕=あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホール)
作曲家写真提供:一般社団法人全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)

 


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金澤攝(かなざわ・をさむ/ピアノ) 作曲家、ピアニスト、音楽史研究家。1959年石川県金沢市生まれ。3才からピアノと作曲を始め、70年から74年までピアノを宮沢明子氏に師事。中学卒業後、渡仏。3年間、パリで学ぶ。1978年帰国、同年ヒンデミットピアノ全曲集をレコーディング(オーディオ・ラボ)。以後、作曲と共にピアニストとして、未知の名曲の探求・紹介を指針として活動を始める。1979年第7回ラ・ロシェル(メシアン)国際コンクール第2位(1位なし)、1985年第1回現代音楽コンクール審査委員長(園田高弘)奨励賞、1991年村松賞大賞、金沢市文化活動賞ほかを受賞。1989年よりアルカン選集シリーズ、19世紀ピアノ音楽発掘シリーズ、自作アルバム(エピック・ソニー)などのCDを発表。現在500名を超える作曲家の調査・演奏に関わっている。管弦楽曲に、大オーケストラのための《マイクロシンフォニー》(1976年)、室内楽曲にソプラノ、フルートとピアノのための《稲羽之素莵》(1999年)、ピアノ曲に《果実の味の前奏曲第1集》(1988年)など、100を超す自作曲がある。著書に、『失われた音楽 秘曲の封印を解く』(2005年 石川:龜鳴屋)。金沢市在住。

ピアニスト金澤攝 ヒストリカル・コンサート「ショパンと親友たち」
フレデリック・ショパン。「ピアノの詩人」と呼ばれ、その音楽もジョルジュ・サンドとの恋愛をはじめ、ロマンチックなイメージと共に語られてきた。今公演は、交友の深かった作曲家仲間の音楽と共に、従来の「ショパン像」を見つめ直す。取り上げるのは、パリの社交界に紹介したフェルディナント・ヒラー。秘書やマネジャーとして身の回りの世話もしたユリアン・フォンタナ、ショパン同様に社会に背を向け内的世界を追求したシャルル=ヴァランタン・アルカン。12月7日(土)16:00開演。開場は15:20で、15:40から公演プロデュースの伊東信宏・大阪大学教授(当ホール音楽アドバイザー)を交えたプレトーク。予定プログラムは、ロッシーニ(ヒラー編):「ウィリアム・テル」序曲、ショパン:3つのノクターン作品15、フォンタナ「バラード」、アルカン:ルターのコラールによる即興曲作品69ほか。ピアニストで福岡県立大学人間社会学部講師の鷲野彰子さんが共演する。入場料3,000円(指定席)、学生券1,000円(限定数 当ホールチケットセンターのみ取り扱い)。チケットのお求め、お問い合わせは同センター(電話06-6363-7999 土・日・祝を除く平日10時〜17時)へ。