アンドレア・ルケシーニさんインタビュー

9月23日(水・祝)リサイタル イタリアの実力派ピアニスト

掲載日:2009年9月16日



太陽輝くフィレンツェの青空のような明るい音色。強靭なテクニックと、気高さ薫るピアニズム。ヨーロッパの楽壇で最大級の賛辞を浴びているイタリア人ピアニスト、アンドレア・ルケシーニさん。巨匠ミケランジェリやポリーニの後継と目される実力派が、9月23日(水・祝)午後、ザ・フェニックスホールでリサイタルを開きます。ソリストや室内楽奏者として活躍する一方、音楽学校の芸術監督も務め、後進の指導で多忙のなか、メール・インタビューに応じてくれました。

(構成 ザ・フェニックスホール)

神童から巨匠へ 才人の今

―ピアノとの出会いから話してください。

幼い頃、家にあったピアノでひとりで遊んでいました。私の父はトランペット奏者だったので、父が吹いた曲やラジオで流れていた曲を、思い出しては勝手に弾くのが好きでした。簡単に同じように弾けるので、とても身近な楽器でしたね。

―天才的ですね。

確かに神童だったとは思いますよ。さほどがんばらなくても、かなり良い結果が出ていました。ピアノの練習で苦労した記憶はないですね。外で友達と遊ぶほうが好きでしたし、実はずっとサッカー狂なんです。

―当時はどなたに師事をしていたのですか?

マリア・ティーポ先生。私にとっては、最初で最後のたったひとりの師匠です。先生は、ピアニストとしても並外れた才能の持ち主でしたが、なにより経験豊かな指導者でした。たとえ子どものための簡単な小品であっても、音楽を生き生きと輝かせる響きや音色を求め、一切妥協しません。先生は、私がピアノから内なる声を伝えられるようになるまで、はじめの一歩から忍耐強くずっとそばにいてくださいました。先生にはとても感謝しています。

―17歳でディノ・チアーニ国際ピアノコンクールで優勝してから生活はどう変わりましたか。

契約や打ち合わせ、各地でのコンサートでにわかに忙しくなり、穏やかだった生活は一変しました。当時、私は家族と一緒にトスカナ州(※1)に住んでいて、ティーポ先生が教えておられた州都フィレンツェにも近く、恵まれた環境にいました。周りの学生は、音楽学校で学ぶために、遠方から時間をかけて通学したり、親もとから離れて暮らしたりしていましたから。家から離れることに慣れていなかったのに、突然、飛行機に乗って演奏旅行を重ねることになりました。ヨーロッパやアメリカ、日本を行き来し、一カ所の滞在時間はほんのわずか。一緒に過ごすのは自分より年上の人です。さまざまな場所でたくさんの聴衆を前に演奏できてとても嬉しかったですし、本当にありがたいことなのですが、内心いつも家が恋しくて。毎日のように家族やガールフレンドに電話して、その日の出来事を聞いてもらっては、家のぬくもりを感じ取ろうとしていました。

―ピアニストとして、高名な音楽家と共演することで何か得たことはありますか。

著名な演奏家やオーケストラと共演させていただくようになり、若いながら、経験豊かな先達からいただくアドバイスに耳を傾けることの大切さを学びました。同時に、聴衆からの反応、さらには音楽家仲間の反応も直接受けるようになって、演奏家としての責任を感じるようになりました。そのせいで同い年の友達よりも早く年齢を重ねたような気がしますよ!

―ソリストとしてのレパートリーは。

キャリアを重ねるにつれ、バッハから現代音楽まで、レパートリーも膨大なものになってきました。レパートリーの核になっているのはベートーヴェン。これまで長年にわたって、ソナタと協奏曲の全曲演奏に取り組んできました。ソナタのほうは、ライヴ録音を集めた全曲CDもリリースしています。演奏の際は、さまざまな楽想を表現するために、音色や響きにコントラストをつけ、色彩感を豊かにするよう心を砕いています。協奏曲では、特に第3番と第4番に惹かれます。ブラームスの協奏曲第1番にも共通することですが、オーケストラのパートが緻密に書かれている一方で、ソリスト・パートは自由に書かれていて、この完璧なバランスが魅力です。キャリアの初期からロマン派の作品、特にショパン、シューマンを手掛けてきましたが、最近はとりわけシューベルトに魅力を感じています。彼の音楽は自然で無理なところがなく、演奏家として欠かせません。

―一方で、現代作品の演奏も。ルチアーノ・ベリオ※2)の作品を数多く収録されています。

ベリオは、2003年に亡くなるまで15年来の友人でした。彼と過ごした時間は、ひとりの人間としても、音楽家としても、鮮烈な思い出として残っています。私がかなり年下だったこともあって、知性溢れるアドバイスをたくさんしてくれました。ベリオ最後のピアノ作品である「ソナタ」が生み出される瞬間に立ち会えたことは、なにごとにも代え難いことです。ベリオのピアノ音楽がおもしろいのは、ピアノという楽器に対する深い知識を踏まえ、表現の可能性をとことん突き詰めているところです。私は他のレパートリーとおなじように、強い信念で取り組んでいますよ。そして彼もそれを認めてくれたのです。

―古楽の取り組みもされていて、ピリオド楽器(※3)の演奏も手がけておられます。

ちょうど、この9月にドイツのボンで開催されるベートーヴェン・フェスティヴァルで、グラーフ・ピアノ(※4)でハンマークラヴィーア・ソナタを演奏しますよ。とても楽しみです!

―さらに室内楽の分野でも活躍されています。

室内楽が素晴らしいのは、他者と接することで、魔法のような力が働くこと。室内楽というのは、単に仕事の上でのお付き合いというよりも、人間的な触れ合いであり、高度な表現能力を持つ者同士がお互いを深く理解し合い、そこから生み出したものを分かち合う特別な場です。もちろん、いつも、だれもがこの魔法を使えるわけではありませんが、何度も合奏を重ねれば、親友になれる。私はチェリストのマリオ・ブルネロ(※5)と20年、いろんな室内楽をやってきて、そんな間柄になりました。 ―音楽学校の芸術監督をお務めですね。 これがまた重労働で(笑)。フィレンツェのフィエゾーレ音楽学校の芸術監督になったのはいまから1年ほど前のことです。創立者のピエロ・ファルッリ(※6)に声をかけられました。彼は伝説的なカルテット、イタリア弦楽四重奏団のヴィオラ奏者でしたが、私は彼の学校運営を手伝うことになったんです。ここには1000人以上の学生が在籍し、コンサートの企画を組み合わせた教育活動を行っています。ひとくちにコンサートと言っても、ソロあり、室内アンサンブルあり、オーケストラは4つありますし、合唱団も3つ。こうした活動を立案し、先生方と学生たちを支え、そして、もちろん指導もします。ピアノのマスタークラスに、子どもや若い学生向けの室内楽のクラスなどです。

―では、最後に今回のプログラムについて。冒頭にスカルラッティのソナタを演奏されますね。

イタリア人作曲家のなかで、特に好きなのがドメーニコ・スカルラッティ(※7)です。J.S.バッハの同時代人で、鍵盤楽器のための膨大な数の作品を書き、この楽器に光を与えました。特筆すべきは彼の音楽の際立った簡潔さで、他のピアノ作品を弾く時とはまったく違う、洗練されたテクニックが求められます。500を超えるソナタのなかから4曲を選ぶのには大変苦労しましたが、ダンスのリズムあり、まばゆいばかりの超絶技巧あり。鍵盤楽器らしいアイデアが満載です。どうぞ楽しみにしていてください!

  ■プログラム

スカルラッティ:ソナタ ニ長調 K.491
                          ト長調 K.454
                          イ長調 K.342
                          ト長調 K.146
 シューベルト:4つの即興曲                                                                     作品90 D.899
ショパン:24の前奏曲 作品28

 

 

※1 トスカナ州 イタリア中部の州。人口約352万人。州都フィレンツェのほか、アレッツォやルッカ、ピサ、シエナなどの古都や国内の主要な都市を擁し、政治上、文化上枢要な地位を占める。
※2 ルチアーノ・ベリオ(1925-2003) イタリアの現代音楽の作曲家、指揮者。セリー音楽(ある順序で並べた12音を法則として用いた音楽)や電子音楽(電子音を取り入れた音楽)の分野で実験的な作品を発表した。
※3 ピリオド楽器 ロマン派以前に使われていた楽器のことで、特定の作品が作曲された当時の楽器、またはその様式を再現して作られた復元楽器を指す。日本では、同義で「古楽器」を用いることもある。
※4 グラーフ・ピアノ 19世紀前半に活躍したオーストリアの楽器製作家コンラート・グラーフ(1782-1851)が製作したピアノ。晩年のベートーヴェンやロベルト、クララのシューマン夫妻が愛用したと言われている。
※5 マリオ・ブルネロ(1960-) イタリアのチェロ奏者、指揮者。1986年、チャイコフスキー国際コンクール優勝。オーケストラ・ダルキ・イタリアーナを主宰。ルケシーニとはブラームスのチェロ・ソナタ集をリリースしている。
※6 ピエロ・ファルッリ(1920−) イタリアのヴィオラ奏者。1974年から30年間、伝説のカルテットと言われる新イタリア四重奏団(1951年にイタリア四重奏団に改称)メンバーとして活躍。1974年、アンサンブル重視の教育方針を掲げたフィエゾーレ音楽学校を設立。
※7 ドメーニコ・スカルラッティ(1685-1757) イタリアのバロック時代の作曲家。スペインで宮廷チェンバロ奏者をつとめ、同地で没した。鍵盤楽器のための「ソナタ」と呼ばれる創意に満ちた555曲の作品群で知られる。


■公演情報

「アンドレア・ルケシーニ ピアノ・リサイタル」は2009年9月23日(水・祝)15:00開演。料金は一般4,000円、学生1,000円(限定数、ザ・フェニックスホールチケットセンターのみのお取り扱い)。指定席。プログラム前半はイタリア、ナポリの光を感じさせるスカルラッティの小曲と、歌曲集「冬の旅」で知られるシューベルトの歌心に溢れた4つの即興曲。後半はピアノの詩人ショパンの前奏曲全曲。太田胃散TVCMでおなじみの第4番、雨が軒からしたたり落ちる情景をほうふつさせる第15番「雨だれ」など、美しいメロディが満載。チケットのお求め、お問い合わせは同センター(電話06-6363-7999 土・日・祝日を除く平日の10:00~17:00へ)。