Prime Interview 朴葵姫さん

デビュー10周年のリサイタルを行う

掲載日:2019年11月21日

初めて朴葵姫を聴いたのは彼女のデビュー間もない頃、大阪の小さなホールでのこと。演奏中、小柄な彼女がギターを少し立ててネックの辺りに耳を寄せると、それはまるでギターに話しかけているように見えたのを覚えている。粒立ちの整った繊細な音色がとても印象的だった。あれから10年。現代を代表するギタリストに成長した朴葵姫が活動の節目を飾るリサイタルを行う。繊細な響きはそのままに演奏は風格を増した。トレモロの美しさが語られるが、音色のコントロール全体の巧みさにおいても一流の弾き手のひとりである。録音の充実も見逃せない。特に2012年の『スペインの旅』に始まる一連のCDにはスペイン、南米というギター音楽のルーツや現代作品と向き合った真摯な足取りが、瑞々しい空気感とともに捉えられている。現在2度目のスペイン留学に臨んだ朴葵姫にメールでのインタビューを試みた。たゆまぬ向上心とギターへの情熱に導かれて、のびのびと呼吸する彼女の言葉が返って来た。
(取材・文:逢坂聖也/音楽ライター)

 

地中海、アリカンテより。

自然の癒しを浴びながら音楽と過ごす日々。

 

 

――今回のスペイン留学の動機について聞かせてください。

スペインがもともと大好きな国だというシンプルな理由と、私は何かを学び吸収するということがとても好きで、今がそれを実現できる良い時期だったので留学を決めました。ギターの歴史のある国ですし、現在もギターのコンサート、ギタリストの活動が盛んな土地でもあります。拠点にするアリカンテは3年前の留学でも住んだ場所。とても幸せな時間でした。ここにもう一度住みたいと思ったことも理由の1つです。

 

――デビューCDのタイトルがスペイン語の『スエニョ(夢)』でした。朴さんには昔からスペインへの憧れが強く感じられるような気がします。

  小さい頃に聴いていたギターのCDがアンドレス・セゴビアやペペ・ロメロの演奏でしたから「ギターといえばスペイン」という印象があります。ウィーンに留学してからは、大小関わらずスペインのコンクールに挑戦しました。2012年、アルハンブラ国際ギターコンクール優勝を機に(開催地の)バレンシアを中心にスペイン各地へ招かれるようになり、スペインでのコンサートが増えました。そこで知り合ったたくさんのギター関係者との出会いにより、多くの情報を得ることにもつながりました。そんな中でアリカンテの学校の情報を知ったことも、前回や今回のスペイン留学に結びついています。

 

――ギターは3歳から始められたとうかがっています。どんなきっかけだったのですか?

ビートルズが好きな母がギターを習いに行った教室が、クラシックギターを教える教室だったのです。私はいつも一緒について行っていたのですがそこに小さなギターがあって、ある時一緒にやってみないか?と誘われて、そこからどんどんのめり込んでいきました。

――子どもの頃や10代の頃はどんな風にギターと向き合っていましたか?

私は幼少期、小学校、中学校の頃まですごく消極的な性格でした。体格も小柄でみんなよりも10センチほど小さかった。外見のせいで自信が持てず、普通の子たちとは違うんだとさらに消極的になっていきました。それを救ってくれたのがギターでした。自分にとってギターを弾くことは小さい頃から続けていたので日常の一部。ギターを背負うだけでちょっと背が高くなった気がしたし、ギターが弾けるんだということが自信のない自分にとって唯一の救いでした。
  

――プロのギタリストになってよかったと思うことは?

いろんな人の前で演奏してきましたが、私の演奏で救われたと言ってくれる人、癒された、勇気をもらったという人がいます。何かを懐かしむ気持ちになったという言葉をいただいたこともありました。そういう時にはすごくやりがいを感じますし、ギタリストだからこそできることだなと感謝の気持ちになります。以前医師の方と話した時「医者は責任感を持って人を救う仕事なので尊敬します」と伝えたら、「あなたのギターの方が多くの人を救っているよ」と言われました。もちろん医師の力とは違うけれど、音楽は心を救えるんだなと思いました。

  

――ディスコグラフィーを見ると、朴さんはスペインの作品と南米の作品に、アルバムごとに集中的に取り組んでいる感じがあります。ご自身は、スペインと南米のギター音楽のどちらに惹かれますか?

どちらかというのは無いですね。どちらも好きです。スペインも南米も楽曲はメロディが美しく、素朴ですごくシンプルだけど心を動かす力があると思います。私はそんなメロディを持った作品がとても好きで、そういう音楽を演奏したいと思っています。ですが1つ違いがあるとすれば、南米の曲のリズムを表すには私はまだ未熟だと思っていること。生まれ持ったリズムの感覚がある南米の人たちに比べたら自分にはまだまだその感覚が足りないな、と感じている点です。

――楽器について教えてください。ステージではどんなギターを使用していますか。また、どんなところがお気に入りですか?

ちょうど10年ほどダニエル・フレドリッシュのギターを使っています。この楽器の一番好きなところは楽器自体がきれいに歌っているところです。すごく音がきれいで、それも単純にきれいなのではなくキラキラしていてメロディとベースのバランスが絶妙。音の伸びが良くて、遠くまで音が飛ぶので伝達力が高いのも気に入っている点です。

 

――朴さんがスペインで見ている景色を教えてください。見るもの、触れるもの、味わうもの、それらが今、朴さんと朴さんの音楽にどんな影響を与えていますか?

アリカンテは地中海に面していて、私の住まいから歩いて30秒くらい先に海があります。涼しくなった頃に砂浜に出て一呼吸したり、早起きした日には日の出を見たりします。特に朝は海辺に人が全然いなくて、海を独り占めしたような一番好きな時間。泳げないので海には入りませんが足だけ入れて歩いたり、散歩したり。日の出を見たあと部屋に戻って二度寝したり。こうした中で練習をすると今まで日本で練習していた時より、本当にリフレッシュした良い練習ができた!と思えるのです。携帯電話も見ず、脳を酷使しない生活という感じ。完全に自然からの癒しを受けて練習をするので穏やかに過ごせます。このような日々の過ごし方が練習によい影響を与えています。音楽に対して今までよりもっと鮮明にイメージを持つことができています。ちなみにスペインは食べ物もおいしくてビールが安いんです。スペインの人は昼間から飲んでいるので、私も小さいビールを一杯だけランチに飲んだりして、今はスペインの生活に溶け込もうとしてみている時期です。こうやって日々を過ごすことで余裕を持つことができたり、スペインの人のように明るく肯定的に考えることが増えるのでは、と期待しています。

 

――リサイタルを楽しみにしています。ザ・フェニックスホールへ聴きに来られるお客さまにメッセージを。

ザ・フェニックスホールは聴きに行ったことしかなくて演奏するのは初めてなので、私もとても楽しみにしています。これまでの経験から関西のお客さまにはいつも温かくてアットホームな印象を受けていたので、今回のコンサートでもそんなお客さまにお会いできることを楽しみにしています。響きの素晴らしいザ・フェニックスホールとフレドリッシュの相性にご期待いただけたらと思います。