Prime Interview ヴェローナ・クァルテット

掲載日:2025年2月1日

 

 

クァルテットの楽譜の下に

ひとつになる4つの異文化の個性

 

 

 

 世界最初の「常設プロ弦楽四重奏団」は、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲創作を助け、《ラズモフスキー》セットやシューベルトの《ロザムンデ》を初演したシュパンツィッヒ・クァルテットとされる。現存するあらゆる常設クァルテットのルーツがそこに到るとも言われる元祖常設弦楽四重奏団から230余年、数多の名だたる名団体がヴァイオリン2とヴィオラ、チェロの楽譜に人生を捧げ、その内容を深め、人々に感動を与え続けてきた。

 

 だが、意外かもしれないが、21世紀も四半世紀が過ぎた現在、弦楽四重奏を職業として生きる道筋がまがりなりにも敷かれているのは、北米大陸だけなのである。学生が結成するグループが、演奏技術を学び、ポジションをアップしつつ小規模自主運営団体としてのマネージメント能力を身に付け、最終的には大学レジデンシィやファカルティという安定した地位を獲得する――そんな経験の積み方そのものが、弦楽四重奏団の「伝統」なのだ。

 

 ヴェローナ・クァルテットは、21世紀北米の「伝統」の最先端にいるライジング・スターである。創設以来ヴァイオリンを務めるジョナサン・オンはこう語る、「私たちに独自のサウンドがあるとすれば、それは旧世界の室内楽のあり方と、フレッシュな音楽的な探求精神との融合でしょう。クリーヴランド・クァルテット、ジュリアード・クァルテット、パシフィカ・クァルテットなどの20世紀と21世紀の傑出した弦楽四重奏団と学んできた私たちは、先輩達の音楽作りの遺産と伝統を継承します。その一方で、私たち4人にははっきりした音楽上の個性があり、常に新しい表現を探しています。4人がそれぞれの個性を持ち込み、ヴェローナ・クァルテット独特のあり方へと導く集合体となるのです」

 インディアナ大学ジェイコブス校に集まった4人の若い弦楽器奏者が、憧れの弦楽四重奏を目指し試練の道を歩み始めた。勿論、伝統のルーツは旧大陸だ。結成直後からグループとしての資質を見込まれた若者らは、ベートーヴェンの故郷へと修行に出る。「私たちは学校からボンのベートーヴェン・ハウスに派遣され、そこでベートーヴェン研究者と学びました。この滞在は私たちにとって決定的でした(オン)」

 

 若者達が滞在したのは、20世紀のドイツで偉大な芸術パトロンだったハンス・ヴァスムートの邸宅だった。ドイツでの経験のオマージュから自分らの弦楽四重奏に想い出の館の名を冠し「ヴァスムート・クァルテット」と名告った若者達は、いよいよ本格的に活動を開始。まずは翌年の大阪国際室内楽コンクール&フェスタに挑戦し3位を獲得、自分らの音楽への手応えを得た。その後、些か発音が困難だった名を、ヴェローナ・クァルテットに改める。「ヴェローナという名前は、シェイクスピアが「ロメオとジュリエット」などで吐露したその街への愛に共感したからです。私たちにとって、演奏とは音で語る行為です。それ故に、史上最大の語り手であるシェイクスピアへの讃辞は惜しみません(オン)」

 

 常に美しい響きを保ちつつも基本に忠実なアンサンブルは、メルボルン国際室内楽コンクール3位、ロンドン国際音楽コンクール2位と、メジャー大会での成果を積み上げていく。その結果、ジュリアード音楽院レジデンシィ、ニューイングランド音楽院クァルテット養成コースレジデンシィと、多くの先輩クァルテットが歩んだ北米での王道を進むことになる。

 

 同じ道を辿った先輩らに教えられ、自分らもより若い学生に教えるクァルテット専門家としての徒弟時代、学生時代を終えた常設クァルテットの仕事は、弾いているだけでは済まない。4人が自主的に練習時間やツアー日程の管理をし、営業し、広報まで行わねばならない小型ヴェンチャー・ビジネスなのだ。音楽に専念したいなら、オーケストラや教職など雑務の少ない別の道もあろう。そうして、大阪の初夏を知るメンバーもいつか半分となった。「メンバー探しで最も大事なのは、似た思考や価値観です。ヴェローナ・クァルテットの音楽作りと合致するエトスを持ちつつ、グループとして成長出来る特別な何かや刺激をもたらしてくれる音楽家であること。時間と共に、私たちのサウンドは変化し、成熟してきたでしょう。とてもオーガニックで自然な進展と感じています。私たちは、そんな変化をとても喜んでいます(オン)」

 

 ヴェローナ・クァルテットにとって、最後の大きな試練はコロナ禍だった。アンサンブル練習が禁止され、競い合った同僚たちばかりか経験豊富な先輩らまでもが活動を休止せざるを得ない状況を、オーバーリン大学音楽院ファカルティとして互いを深く知る時間に費やす。「実際のところ、弦楽四重奏団が続かない理由の多くは、音楽的なことではなく人間関係です。同じ文化背景の4人であろうがなかろうが、効果的なコミュニケーションの取り方を学ぶことが、弦楽四重奏を続ける最も大事な要素ですね(オン)」
 そして今、ヴェローナ・クァルテットはいよいよ世界に向かう。正確さと熱さを併せ持ったヴァイオリンのシンガポール人、それをしっかりコントロールする端正なアジア系カナダ人、ユダヤの血を引くカリフォルニアのヴィオラ、全体のムードメーカーたる英国のチェロ。正に国際的チームだ。「4人の背景の違いは私たちにとって大きな楽しみです。巧みにコミュニケーションを取り、お互いの違いを理解することで、人間としても音楽面でも、より深く関われるようになっています。私たちは一緒に大きく成長してきました(オン)」

 

 シュパンツィッヒ大先輩から続く弦楽四重奏の楽譜への信頼が、異なる個性や背景をひとつにしていく。「偏った見方かもしれませんけど」と周囲に気配りをしつつも、ヴェローナ・クァルテットは断言する。「弦楽四重奏こそ存在する最も素晴らしい音楽文献だと信じています(オン)」そんなオンの当面の夢は、故郷シンガポールでの初のベートーヴェン弦楽四重奏全曲演奏という。まずは、久しぶりの日本でベートーヴェン。

渡辺和(音楽ライター)