Prime Interview パトス四重奏団 上敷領藍子さん、木下雄介さん

溢れんばかりの情念を音楽に込めて

掲載日:2022年7月13日

ヴァイオリニストの上敷領藍子、ヴィオリストの木下雄介、チェリストの増田喜嘉、ピアニストの𠮷武優。関西出身を中心とした若手実力派メンバーが集う「パトス四重奏団」は、2019年に結成された。「パトス」とは、ギリシャ語で「情念」。穏やかでな人柄のメンバーが揃うが、その内側にある音楽への思いと音色には、「パトス」を秘めている。
そんな4人が、あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホールのティータイムコンサートに登場。演奏するのは、スタンダードな一方難易度の高いモーツァルトのピアノ四重奏曲 第1番、刺激的なスパイスが耳を引くマルティヌーのピアノ四重奏曲 第1番、彼ならではの重層感と熟した音色が味わい深いブラームスのピアノ四重奏曲 第3番。これらのプログラムは、「3年の歳月を重ねた今だからこそ取り組める」と語る。信頼で結ばれた4人の関係性や、彼・彼女らがこの公演で目指す音楽の世界観とは。4人のうち、上敷領と木下に聞いた。

(取材・文:桒田萌/音楽ライター)

 

 

作品の本質を、最大のエネルギーで追い求める
それがパトスらしさ

 

 

 

――まず、結成経緯を教えてください。 

 

 

木下 上敷領さんと𠮷武さん、増田さんと私、それぞれが知り合いでした。みんなが「ピアノカルテットがしたい」と思っていて、紹介で出会いました。ピアノ四重奏って、常設のグループが少ないんですよね。でも、ピアノ四重奏作品は深くて素晴らしいものばかりで、これを長い年月をかけて常設グループとして取り組めたらどんなに良いのだろう、と思っていました。

 

上敷領 試しに一度4人集まって弾いてみたのですが、すぐに「これは音楽的な面で方向性や相性が合っているな」と感じることができました。音で自然とキャッチボールができるんです。この日は言葉で話す時間よりも、音を鳴らしている時間が長かったくらい。すぐに「何かコンサートをやろう」と話が進み、結成に至りました。

 

木下 相性の良い関係って、音楽に限らずそう簡単に出会えるものではありませんよね。日々たくさんの演奏家と共演しても、バチっと合う方はそう多くありません。貴重な出会いでした。

同じ歳であること、全員留学経験があり垣根なく接する姿勢だったのも、関係性を深められた理由として大きかったです。海外を経験すると自ずと柔軟性が培われる気がするのですが、そういったところも4人のベースにありますね。

 

上敷領 やはり、音楽に対する考え方や音楽的なアプローチの方向性が似ているように思いますし、𠮷武さんと私は同じ先生にレッスンを受けたことがあったり、木下さんと増田さんはイギリスで一緒に室内楽を組んでいたり。各々が経験したものが、良い塩梅で組み合わさったのかと思います。

 

 

――それぞれお忙しいかと思うのですが、時には合宿を開催されるなど、リハーサルは密に取り組まれているとか。

 

 

木下 本番のたびに、1日8時間のリハーサルを数日間行っています。皆、基本的にマイルドですが、長時間一緒に練習していると意見が異なることもあります。どれだけ優れた音楽家が揃っていても、音楽への見方はまったく違ったりするのと同じ。そこで「私もそう思う」と同意ばかりでは何も生まれません。互いに本音で語り合うことで、音楽をブラッシュアップしていきます。

 

上敷領 例えば曲の中の一つの箇所に対して4人それぞれが違う意見を持っていて、それが一回のリハーサルの中で解決できない課題があれば、一旦家に持ち帰ります。そうすると、案外翌日には新しいアイデアが生まれて、まとまったりします。パトスは、自分や相手の音楽に対して共感、リスペクトを持って音楽を作れる場所。安心して自分の音楽ができるんです。

 

 

――チームワークの良さが伺えますが、楽器以外でそれぞれの役割を教えてください。

 

 

上敷領 増田さんは、ムードメーカー。その場の空気を察知することに長けていて、皆の気持ちを盛り上げたりしてくれます。𠮷武さんは寡黙ですが、いろんなことを冷静に判断してくれますね。木下さんは、いろんな問題が起きたときに、うまく解決に導いてくれます。

 

木下 上敷領さんは、パトスの親のような存在。このグループを我が子のように思ってくれています。

 

 

――今回のプログラムの選曲理由や聴きどころを教えてください。まずはモーツァルトのピアノ四重奏曲第1番から。

 

 

上敷領 モーツァルトは演奏家にとって避けては通れないなと。ザ・フェニックスホールは素晴らしいホールなので、王道の作曲家のプログラムを用意したいと思いました。
やはりモーツァルトほどの作曲家になると、各々がすでにしっかりとイメージを持っているので、リハーサルではそれをすり合わせるのが大変。きちんと時間をかける必要があるため、結成後すぐに取り組むのは難しいだろうと思っていました。ようやく満を持して臨めるのがうれしいです。

 

木下 この作品のト短調は、彼にとって特別な調性でもあります。モーツァルトにしては珍しい短調で、全員一緒のフレーズで力強く演奏が始まる。これだけでも、非常に衝撃的です。さらに作品を詳しくみていくと、変わった旋律構造があったりと、サプライズが多い。モーツァルトの中でも異色な作品ですね。

 

 

――マルティヌーのピアノ四重奏曲 第1番はいかがでしょうか?

 

 

上敷領 これも、一定期間活動してきた常設グループだからこそ、取り組める作品です。比較的メジャーではないため、取り上げられる機会が多くありません。しかし、リズムは楽しいし、刺激性も強い。弾いている方は、拍をカウントするのに必死です(笑)。マルティヌーの音楽のロマンティックな部分や激しさ、すべて凝縮されているようです。

 

木下 この作品の魅力はいくつかあって、まず第1楽章で16分音符がひっきりなしに演奏されるんです。音やフレーズの繰り返しって、聴く人を興奮させる効果がありますよね。そして最後は破裂するかのように盛り上がり、弾いているこちらがハイになります。
第2楽章は、ピアノパートが少ししか登場しません。マルティヌーは、弦楽ならではの美しさを引き出したかったんでしょうね。ほとんど弦楽三重奏のようです。

 

 

――ブラームスのピアノ四重奏曲はいかがでしょうか?

 

 

木下 ピアノ四重奏をする上で、やはりブラームスは重要な作曲家です。以前、第1番を演奏したため、今回は第3番を選びました。演奏頻度が高く人気な第1番に比べて、第3番はブラームスの成熟度合いがよくわかりますし、一体感も優れています。

 

上敷領 奥行きが深いですよね。冒頭からピアノが力強く鳴ったと思いきや、弦楽器が静かに弾き始める。コントラストの作り方が絶妙です。第3楽章では非常に美しいチェロの旋律が登場するので、増田さんの美しい音色は当日のお楽しみです。

 

 

――最後に、「パトスらしさ」を教えてください。

 

 

上敷領 音楽でお客様の心を動かすには、頭で考えるだけでなく、心も乗せて演奏し、大量のエネルギーを放つ必要があります。そこに「情念」があるのが、パトスです。過去の演奏会で、お客様からアンケートで「自分の悩みが小さく思えた」と声をいただいたことがあります。「私たちの心が届いたのだ」とパトスらしさを再認識でき、うれしかったのが忘れられません。

 

木下 音楽や作品を通して、本当は何が伝えたいのかを追求していく。それが「パトスらしさ」です。音がすべてピッタリそろっているからといって、必ずしも素晴らしい演奏になるとは限りません。今回の演奏会でも、作品の本質を届けることにフォーカスしたいと思います。