Prime Interview 山中千尋さん

ジャズの最前線を豊かな響きの中で

掲載日:2021年9月9日

近年はヒップホップやポスト・ロック、クラシックなどに造詣が深いハイブリッドな音楽家が増えて、活性化が進む新世代のジャズ・シーン。ニューヨークを拠点としながらワールドワイドな場で活躍し、昨年にはメジャー・デビュー15周年を迎えた山中千尋は、そんなシーンの最前線の動きにも呼応しながら独自のスタイルを築き上げてきた。ジャズ・スタンダードの名曲はもちろんのこと、セロニアス・モンクやチャーリー・パーカーといったジャズの礎を作った巨人たちの代表曲、あるいはベート―ヴェンらのクラシックの作曲家によるものまで。親しみやすい楽曲選びと斬新なアプローチで、ジャズの最先端と伝統が交錯させるジャズ・ピアノ界屈指の才媛が、18年ぶりとなるザ・フェニックスホールでの公演を実現させます。ベース奏者と打楽器奏者が加わったトリオ編成で行われる、クラシカルな音空間での貴重なステージをお見逃しなく!
(取材・文:吉本秀純/音楽ジャーナリスト)

 

 

クラシックにも造詣が深い才媛

 

 世界的に活躍する日本人ジャズ・ミュージシャンの歴史を振り返ってみれば、偉大な女性ピアニストたちの存在が時代の移り変わりとともに浮かび上がってくる。最も広く知られるところでは、1956年に単身で渡米して日本人として初めてバークリー音楽院で奨学生として学び、米国を拠点にビッグバンドを率いながら活躍した穐吉敏子は、グラミー賞にも合計14回ノミネートされた評価を集め、90年代にデビューした大西順子も、日本人が率いるグループとして初めてニューヨークの名門ヴィレッジ・ヴァンガードに出演したことが大きな話題を集めた。そんな流れを2000年代以降に継承し、ワールドワイドなジャズの現場の第一線で活躍を続けている2トップと呼べるのが、上原ひろみと今回にご紹介する山中千尋であることに異論はないでしょう。
 桐朋学園大学を経て米国のバークリー音楽院を首席で卒業し、2001年に澤野工房から初のアルバムを発表した山中は、その後にメジャー・レーベルへと進出して、米国においても名門レーベルのデッカと契約。ニューヨークを拠点に、世界各国の名門ジャズ・クラブやジャズ・フェスなどに出演し、昨年にはニューヨーク・アポロシアターで行われた公演もソールドアウトとなった。その一方で、NHK交響楽団や新日本フィルハーモニー交響楽団といったオーケストラとの共演も成功させるなど、多彩な活動スタンスとともに、取り上げるレパートリーもジャズ・スタンダードはもちろんのことクラシック、映画音楽からポピュラー音楽に至るまでと幅広い。親しみやすさと現代的かつ斬新な曲解釈やインプロヴィゼーションを両立させ、独自のスタイルで世界中のあらゆるタイプのジャズ・ファンを魅了し続けています。
 ブラッド・メルドーやロバート・グラスパーといった現在進行形のジャズの象徴ともいえるピアニストたちが自身のトリオに起用したリズム隊ともイチ早く共演し、ヒップホップやポスト・ロックなどを通過した最先端のスタイルに精通しながら、近年にはセロニアス・モンク、あるいはチャーリー・パーカーとベートーヴェンといった、古典的な音楽家たちをテーマとしたアルバムも発表。また、米国留学前に専攻していたクラシックにも造詣が深く、多角的なアプローチで深化を続ける彼女が、実に18年ぶりとなるザ・フェニックスホールでの公演を実現させる。ベースとのデュオに打楽器奏者を加えた編成で、クラシカルな音空間でどのようなライブを繰り広げるのか? 今回はメール・インタビューで彼女からコメントを得ることができたので、それを読みながら秋に行われる貴重なコンサートへの期待を高めてください。

 

 

 

 

――今回の秋のホール・ツアーは、トリオとアコースティック・デュオを織り交ぜた全国5公演。このザ・フェニックスホールで行われる大阪公演は、ベースとのデュオに打楽器奏者が加わったやや特別なアコースティック編成での出演となります。現在のところ、どのような内容のツアーにしようと考えていますか?

 

 澤野工房さんから初めてのCDをリリースさせていただいてから、今年で20年になります。さまざまな自己のレパートリーから、演奏したいと思っています。

 

――ザ・フェニックスホールは、山中さんが澤野工房から初のCDをリリースした後に公演を行った場所で(03年に発表されたDVD『Leaning Foward』にその演奏を収録)、今回が実に18年振りの出演ともなります。ホールの印象や当時のことなど、もし覚えていれば聞かせてください。

 

 18年前のことでした。あのDVDの収録日には39度近い熱があり、ほとんど記憶が残っておりません。しかし、お客さまの拍手に励まされて、収録を終えることができました。本当にありがたく思います。

 

――ジャズ・クラブでの公演とコンサート・ホールでの公演では様々な点でアプローチが変わってくると思うのですが、山中さんはいつもどう使い分けていますか?

 

 たしかに、コンサート・ホールとジャズ・クラブでは、音の響きがたいへんに違う面もあるかと思いますが、コンサート・ホールならではの豊かなひびきのなかで、ジャズ・クラブの臨場感を感じていただければとても嬉しく存じます。

 

――もともと米国に留学するまではクラシックを専攻されていた山中さんは、13年に発表した『モルト・カンタービレ』以降に『ユートピア』(18年)『ローザ』(20年)と頻繁にアルバムの中でクラシックの楽曲を取り上げ、ご自身が選曲したクラシックのコンピ盤『クラシック・レミニセンス』(12年)も発表されています。特に、最新作『ローザ』ではベートーベンの有名な交響曲第5番〝運命〟までも取り上げられていて驚きましたが、自身のレパートリーとしてクラシックの楽曲を選ぶ際の基準などはありますか?

 

 

 ジャズでは、誰もが知っているブロードウェイ歌曲などの有名曲を〝スタンダード〟と呼び、そのコード進行に合わせて演奏していきます。誰もが知っているという意味では、クラシックも立派なジャズの〝スタンダード〟だと思っています。できるだけ知られている曲、メロディの強い曲を選び、演奏しています。

 

――今回のピアノとベースのデュオに打楽器を加えた編成は、ドラムスが加わった通常のピアノ・トリオとはまた違ったアプローチのものになるのではないか思います。この編成で演奏する際の面白さやスリリングな点などを、演奏する側の観点から聞かせてください。

 

 何がどう出てくるのか、予測できないところに、ジャズの面白みや楽しさがあるように思います。

 

――大阪または関西での公演やオーディエンスには、どのような印象をお持ちですか? 単に偶然なだけかもしれませんが、過去のライブ録音盤やDVDは、大阪で収録されたものが多い気がします。 

 

 いつも大阪のお客さまにたいへん温かく迎えていただけますことを、心から感謝しております。今回はザ・フェニックスホールで、皆様にお会いできることをとても楽しみにしています。