福田進一さんインタビュー

8月始動 「Osaka Guitar Summer」を リードする世界的ギタリスト

掲載日:2010年7月7日

osaka guitar summer rogo
 
福田進一さん
 
 
ギター。クラシックはもちろん、ジャズ、フォーク、ロック、民族音楽から現代音楽まで、幅広いジャンルで親しまれている花形楽器だ。そのギターを軸に据えた音楽プロジェクトが8月末、ザ・フェニックスホールで始動する。名付けて「Osaka Guitar Summer(大阪ギターサマー)」。名手のコンサートに公開マスタークラス(講習会)などを組み合わせた、真夏のギターフェスティバル。リーダーは、福田進一さん。大阪生まれ、21歳で単身渡仏し、1981年には、世界の登竜門として知られるパリ国際コンクールで優勝。以来、演奏、録音、教育、コンクールの審査員など、国内外で様々な活動を重ねる日本のトップギタリスト。また、近年は庄内(山形)や東京で音楽祭を構想し、実践するプロデューサーとしても手腕を発揮している。5月下旬、南米での演奏旅行を終えて帰国、すぐに公演、録音、そして転居と、公私共に多忙を極める福田さんに東京で会い、故郷でのプロジェクトに寄せる思いを聴いた。
(ザ・フェニックスホール 谷本 裕)
 
 
往年の熱気を故郷に再び
コロンビアでお仕事だったそうですね。

 首都ボゴタでの国際フェスティバルに招かれたんです。コンクールの審査員をしました。同じ南米ウルグアイ出身の名手で、人気のエドゥアルド・フェルナンデスが音楽監督です。キューバなど中米諸国からの参加も含め、70人も出演する大がかりな試みで、若い演奏家のレッスンもしてきました。
 
参加者の水準はどうでした?
 
 リズム感や表現は、なかなか良いんです。音楽が体から湧き出てくるような音楽性もある。歴史的に南米諸国はスペインやポルトガルとの交流が盛んで、ヨーロッパの音楽が「血」にも入っているんでしょう。ただ、生徒が題材に選んできたのは、ほとんどがバッハの作品。ギター音楽のレパートリーでは古典中の古典。まだ「基礎段階」。楽譜も間違いの多い版を使っていたり、音に粗野な所があったり。課題の質量からいっても、パリや東京のような「グローバル・スタンダード」には達していない。
 
お客様は、どんな様子でしたか。
 
 聴衆の熱狂ぶりに圧倒されました。連日、ギターリサイタルがあり、全て満員。僕の舞台でも1曲目から「ブラボー」が飛ぶわ、最後は総立ちで拍手をいただくわ、でギタリスト冥利に尽きました。普段以上に奮起してしまいました。青春時代の、大阪のコンサートを思い出しましたよ。
 
福田さんが留学されたのが1970年代半ば。その頃、大阪のギター界はどんな状況でしたか。
 
 今より盛んで、演奏水準も高かったです。東京のギタリストより、地元の方がずっと上手かったですね。愛好家も多かった。今も覚えているんですけど、お正月の朝、心斎橋の楽器屋さんの前に、若者の行列がズラーッと出来るんです。ギターを買いたくて、お年玉握ってね。コンサートに集うお客さんも多く、熱気がありました。
 

—今は、どうです。
 
 「東高西低」になりつつあるんじゃないですか。関西、大阪を拠点に活動されている優秀なギタリストは多いし、普及や教育に携わっておられる知り合いもたくさんいます。でも残念なことに総体的には、東京一極集中が進んでいる。大阪は僕の故郷。これまでギターのお陰で世界を巡り、多くの人と出会って成長することが出来ました。今年55歳になりますし、自分の世代がギターの素晴らしさを訴えていかないとならない。地元と手を携え、若い演奏家を触発するプロジェクトを広げたい。
 
—プロジェクトには、名手ウィリアム・カネンガイザーさんとのデュオ公演が組まれています。
 
 
kanen
 
 ビル(カネンガイザーの愛称)とは、大阪のギタリスト藤井眞吾さんを通し、知り合いました。往年の巨匠ペペ・ロメロの弟子で、僕と同じパリ国際コンクールで優秀な成績を収めています。世界初の本格的なギター四重奏団「ロサンゼルス・ギター・カルテット」で活躍してきました。非常に緻密なアーティストですが、一方で、イェペスとかセゴビアとか、昔のギタリストの物真似をして笑わせる茶目っ気もある。今回のプログラムはジョビンやドビュッシーの曲も入れつつ、ポピュラーでエスニックな薫りのする曲で組みました。ギターならではの新しい音楽に触れてもらい、評価を仰ぎたい。
 
—若手向け、という点で今回のプロジェクトには、コンサートと並び、公開マスタークラス(講習会)が組まれています。
 
 僕の生徒の中に、高校を出たらヨーロッパ留学の準備を進めている者がいます。彼はギターで何が出来るのか長い間、思い描けず、何となく続けていたんですが、ある生演奏に接した途端「体に電気が走った」と言ってました。それを機に、プロを志すようになりました。今の若者は「草食系」と揶揄(やゆ)されることも多い。ネットを通して様々な情報は知っているけど、現実感覚はあまりない。クールに取りすました印象も強いけど、斬新な刺激で感性やエネルギーが一気に放たれることも有る。やはり良い音楽に触れ、演奏家から指導を受けることが大事です。
 
指導の際、どんなことに気を留めていますか。
 
 与えるより引き出す、です。前は、僕の持つ知識や経験を「与えよう」としていたんです。例えばね(と卓上のコーヒーカップを指差し)、生徒が砂糖をスプーン5杯入れようとする。僕は「オマエ、それアカンやろ」と言う。「常識」では、まぁ1杯半くらいでしょう。でも、いったん常識を与えてしまうと、そこから抜け出せず、自由に音楽を伸ばせない生徒が多い。自分で考えさせ、持ち味を発揮するよう導くことが重要です。
 
マスタークラスはソロ演奏の指導だけでなく、デュオやカルテットなど合奏の時間も組みましたね。
 
 ギターは、基本的にソロ楽器。自己完結できる。突き詰めると他人に向け音楽を奏でる、語りかけるという姿勢が薄れてしまいかねない。コミュニケーション能力、音楽的な社会性が必要です。以前は、ソロを十分弾けない者にアンサンブルをさせるという誤解があったけれど、とんでもない。考えてみてください。ギターは通常、6本の弦があり、フレットで区切られたポジションが114個ある。けれど出せる音域は4オクターブもない。一つの楽器に同じ音が出るポジションが複数あり、しかも各々の音色が違う。カルテットだと、450もの音を使いこなすことになる。音色の選択、音の立ち上がりを合わすタイミング、テンポや音量の変化など、周囲に耳を澄まし、合奏できるセンスと技術が求められる。ビルはカルテットの名手。素晴らしい指導をしてくれるでしょう。ギターにはピアノやヴァイオリンとは異なる、とてつもない可能性があり、このプロジェクトを通じ、いろんな発見を楽しみにしています。お客様にも音楽をはぐくむプロセスを楽しんでほしい。ザ・フェニックスホールで、かつての大阪のような、熱い舞台が蘇ることを期待しています。
 
■プロフィル 
ふくだ・しんいち 1955年大阪生まれ。パリ・エコール・ノルマル音楽院を首席で卒業。1981年パリ国際ギターコンクール優勝。N響をはじめ各地の主要オーケストラと数多く共演。ここ数年間で世界20カ国以上に招かれリサイタルを開催し、世界的な評価を獲得。2008年5月には福田進一に献呈されたブローウェルの協奏曲「コンチェルト・ダ・レクイエム」をドイツのコブレンツ国際ギターフェスティバルでライン州立響と世界初演、引き続き7月には作曲家自身の指揮により、コルドバ管弦楽団(スペイン)で再演され、大成功を収めた。平成19年度外務大臣表彰を受ける。発表したCDは既に50枚を越え、「セビリア風幻想曲(マイスター・ミュージック)」は平成15年度第58回文化庁芸術祭賞レコード部門優秀賞を受賞。近作は「タレガ作品集オダリスクの踊り」(マイスター・ミュージック)。
  • 8月30日(月)19:00開演「Osaka Guitar Summer2010」福田進一&ウィリアム・カネンガイザー デュオリサイタル のご案内はこちら♪
  • 8月30日(月)31日(火)福田進一&ウィリアム・カネンガイザーによる公開マスタークラスと修了コンサートのご案内はこちら♪