レクチャーコンサート モラヴィアから世界へ
掲載日:2008年10月14日
来年1月24日(土)のレクチャーコンサート(20世紀音楽6)「モラヴィアから世界へ―土俗のひびき、越境のしらべ」に出演するのは、古典四重奏団。バロックのJ・S・バッハから現代のスティーヴ・ライヒに到る幅広いレパートリーを持ち、公演では暗譜(譜面無し)で、極めて集中力の高い演奏を聴かせる評判の弦楽四重奏団だ。結成から既に20年余、緻密なアンサンブルに磨きがかかっている。レクチャーを担当する三谷研爾さん(大阪大学教授 ドイツ・オーストリア文学/中欧文化論)ともども、チェロ担当の田崎瑞博さんにお会いした折、「古典」の持ち味をうかがった。
「生きた音楽」目指して
フェニックスホール(以下P) 古典四重奏団という名は、ハイドンとかベートーヴェンとか「ウィーン古典派」の曲を弾くアンサンブル、という意味じゃないんですね。
田崎さん(以下T) 弦楽四重奏の正統的な作品なら古今問わず網羅する、弦楽四重奏団のスタンダードというような意味です。名付けて結成したのが1986年です。その頃、僕も他のメンバーも別の仕事を結構してましたから、弦楽四重奏団の定期公演は年2回くらい。もっと力を注ごうという思いが強まりました。91年から現メンバーとなって定期も年5、6回に増やした。年15、6曲は弾くわけですから、練習時間も爆発的に延びました。
レクチャーコンサートでお話を担当する三谷研爾さん(右)と語らう田崎さん
=2008年8月、東京・新宿
暗譜演奏の苦労
P 暗譜演奏を始めたのはいつ?
T ちょうどそのころです。最初は冗談だったんですけどね、面白くて。譜面を覚えると音楽が自分の血肉になるというか、自由で生きた音楽づくりがしやすくなるんです。
P 曲によって、覚えやすさの差はあるんですか。
T あります。ハイドン、ベートーヴェンは音楽の流れがある程度、予測出来て覚えやすい。一方バルトークの弦楽四重奏曲第5番は、第1楽章だけで2ヶ月かかりました。でも、彼独特の音組織がいったん見えてくると、あとは早く記憶できるようになりました。
P 演奏中、忘れちゃいそうで怖くないですか。
T どんなにさらっても最初は怖かったですね。でも、飛行機は落ちるかもしれない、乗らない訳にいかないから乗る。同じですよ。メンバーに迷惑をかけないようキチンと準備するのはもちろんですけど、4人揃って弾いて、初めて感覚的に覚えられる。お客さんの前で弾くことも大事です。譜面を見て演奏するのに比べ、精神的には3倍くらい集中しなきゃいけません。今は、もう慣れましたけど。
P これまでで最大のピンチは。
T 以前、清里(山梨)の音楽祭に出た時なんですけど、会場が山の中のロッジというか展望レストランみたいな場所だったんです。夏の夕方、演奏してたら、大粒の雹(ひょう)が降ってきた。トタン屋根だったのかバラバラガラガラ、天井からエライ音でね。お客さん、「スワ、爆弾」と思われたんでしょう、席から立ち上がる人もいた。でも僕らは演奏、止めなかったんです。シューベルトの「死と乙女」(弦楽四重奏曲第14番ニ短調)を弾いてたんですけど、冷静に続けた。そのうち皆さん、座って下さいました。今度は逆に集中する。雑音が聞こえなくなるんですね。会場が結束し、素晴らしいコンサートになりました。
P 雹降って地固まる。大変な集中力ですね。常人技とは思えません。ヨガやったり、禅寺で修行したりするんですか。
T そんな、しませんよ(笑)。音楽をする中で、自然に身に付いてきたんです。
P そうなんですか。普通の人は、まず使わない脳細胞までフル動員してるのでは。
親子丼に爪楊枝
T それは、あるかも。アタマが良くなったとまでは思わないですけどね。それどころか最初の頃は、練習でも本番でも演奏が終わると、忘れ物ばかり。注意力散漫になってしまって。練習の帰り、ソバ屋に寄るでしょ。注文した親子丼に七味(トウガラシ)を振り掛けたと思ったら、実は爪楊枝を百本くらいかけてしまったり、日常生活に影響が出てしまいました。
P それでもなお、暗譜演奏を続けてこられた訳は。
T お客さんとの間に譜面台がないと、親密な感じになれるんです。聴く方としては「直接語り掛けて来る」って思ってもらえたんじゃないでしょうか。「音楽に没頭できた」「あっという間だった」なんて言われると、心をつかんだようで嬉しいです。演奏家の方々からは逆に「とても見ていられない」と言われましたけど(笑)。
P ある作曲家の全作品演奏に、しばしば取り組んでおられます。ベートーヴェン、バルトーク、ショスタコーヴィチ。今年からは8年間かけてハイドンのなんと76曲!
深く知り共感を
T すみずみまで弾き込み、全貌をつかみたい。それをお客さんに伝えたい。それと同時に、音楽の「中身」を知ってもらうために、僕ら自身レクチャーコンサートを開いてきました。「難しい」「分からない」「プログラムに名曲が入ってない」なんておっしゃる方も、少し解説が付いてると来て下さる。もともと弦楽四重奏は、オーケストラ音楽と違い、作曲家によっては「分かる人だけに聴いてほしい」みたいな気持ちも強い分野と思うんです。そんな「排他性」を超え、音楽とお客さんの橋渡しをしたい。レクチャーは音楽家の「宿命」です。
P 公演では講師の三谷先生とのやり取りの場面を楽しみにしてます。
T 借り物やニセ物じゃなく本当に個性的な演奏を生み出すには、創作の背景や深層を深く知り、作曲家に共感し音楽に向かい合うことが欠かせない。三谷先生とは気持ちがピッタリ合いますし、教えていただきたいことも多く、本番が楽しみ。ヤナーチェクは、いつか手掛けたいと思っていた曲。暗譜で弾きます。コルンゴルトは複数の作品からの抜粋なので今回は譜面を見ますが、初挑戦。充実の演奏にしたいです。
■プログラム
ヤナーチェク:弦楽四重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」
コルンゴルト:弦楽四重奏曲第2番変ホ長調作品26から
第3楽章ラルゲット
第2楽章「間奏曲」アレグレット・コン・モート
:弦楽四重奏曲第3番ニ長調作品34から
第3楽章ソステヌート「民謡風に」
※コルンゴルト作品は、暗譜演奏は致しません。
田崎瑞博(たさき・みずひろ) 東京芸大卒。桑田晶・山岡耕筰・兎束龍夫・外山滋に師事。「音楽三昧」ではヴィオラと編曲、「タブラトゥーラ」ではフィドルとガンバ、アンサンブル「BWV2001」では企画・制作とバロックチェロを担当。合計で20数枚のCDをリリース。北米・欧州・エジプト・インドなどでも演奏を重ねている。