ソプラノの幸田浩子さんインタビュー
10月21日(金)ティータイムコンサート 「カリヨン~新しい色の祝祭にて」を開く、 プリマドンナ 幸田浩子さん
掲載日:2011年9月16日
清楚でリリカルな声。抜群のテクニック。光が射すような華やかな容貌-ソプラノの幸田浩子さんは、正に日本オペラ界のプリマドンナである。東京で学んだ後、イタリアとオーストリアに留学。ウィーンの名門歌劇場「フォルクスオパー」の専属歌手を務め、その後も日欧を往還、オペラの舞台を重ねる。一方でミュージカル出演やオーケストラとの共演、ラジオのパーソナリティなど、幅広い活動で親しまれている。そんな歌姫が10月、故郷・大阪のザ・フェニックスホールで披露するのは何と、イタリアのポップス界を代表する作曲家ベッペ・ドンギア氏が書き下ろした作品。オペラ界の「星」が示す新境地。果たしてどんなステージか。このほどイタリアでのリハーサルを終え帰国した幸田さん。初夏の新宿、高層ビルのティールームに涼風のように現れた。
(ザ・フェニックスホール 谷本 裕)
ボローニャ産“協働”の歌
-ドンギア氏は作曲家・ピアニスト、名アレンジャーとして知られ、指揮も手掛ける。映画音楽も書き、世界のミュージシャンが集うイタリアの「サンレモ音楽祭」でも高く評価されるなど、国を代表する音楽家。そんな人物と、ふだんクラシックで活動する幸田さんとの意外な組み合わせ。接点はいったい、どこに。
1998年夏、オーストリアの「チロル音楽祭」に招かれました。ヴァーグナーの楽劇「ラインの黄金」のヴォークリンデと、いくつかのコンサートを歌うために。期間中、ドンギアさんの作品を組んだコンサートがあったのですが、予定の歌手が来られず、急きょ私に代役が回ってきたんです。歌ったのはほんの一節でしたが、とても繊細な、優しいメロディが印象的でした。本番の後、ドンギアさんが誉めて下さったんです。「クラシックの歌手じゃないみたいだ」って(笑)。話すうち、「ボローニャ(※)に自分のスタジオがある。一度セッションをしましょう」と言われました。偶然にも、その頃私はイタリア留学をすることになっていて、ボローニャに住む計画を立てていました。
-ボローニャは北イタリアの中核。ユネスコの音楽都市である。モーツァルトが幼少期の旅行の際に滞在、その折弾いたオルガンが残る。ロッシーニはこの町の音楽院で学び、「ローマの松」で知られるレスピーギの故郷でもある。輝かしい高音で知られたテノールのマッテウッツィが生まれ、近郊の町からもパヴァロッティやフレーニら著名歌手を輩出。来日を重ねる名門ボローニャ歌劇場は、今も市民の誇り。
留学中、私は、この劇場の“主”ともいえる方々に師事しました。一線の歌手たちに稽古をつける、百戦錬磨の劇場のコレペティトゥーア(練習ピアニスト)の先生方です。大学時代から、イタリアには夏や春の休みの度に滞在し、各地で教えを受けていました。「歌でイタリア留学」というと、当時もミラノが主流。都会で生活も便利ですが、私には身の丈に合った、時の流れがゆったりしているボローニャが好ましく思えたんです。それにボローニャは昔から交通の要衝。車や列車、飛行機でヨーロッパ中と結ばれています。中世以来の、緋色の煉瓦の美しい落ち着いた街並み。街中にポルティコと呼ばれる回廊が続いています。旧市街には中世の石畳が残り、ヒールでは歩きづらいし、トローリーバックを運ぶ際はぐらぐら揺れる(笑)。路面電車や地下鉄も無いので、みんなバスや自転車やバイクで移動しています。古い建物が多く、エレベーターやエスカレーターも少ないですが、大家のお婆さまがいつも言ってました。「不便でも、この暮らしが良いのよ」。そんな町の中心、古い氷室(氷置き場)を改造したのが、ドンギアさんのスタジオでした。
-ボローニャは、歴史的建造物を壊さず内部を改装・修理し、現代的な用途に活用、併せて文化芸術の力で地域振興を図る「創造都市」として注目を集めている。目先の経済より生活の「質」を保ち、町の未来をにらみ緩やかな変化を導くことが人々の関心事。ドンギアさんも、この「ボローニャ方式」の街づくりを体現する一人だったのだろう。
修道院を思わせる古めかしい丸天井の下、最新の楽器とアンプ、スピーカーが並ぶ不思議な空間でした。「セッション」の実際はこうです。彼がピアノで短いメロディを弾く。私はそれを歌う。意見を交わしながら彼は音やリズム、ハーモニーをどんどん変える。私も声の色や抑揚を工夫し作り変えていく。やり取りを繰り返し、曲が生まれていくんです。「絶え間ない変化」が、このセッションの要でした。イタリアは美食の文化。音楽も味覚と似ています。彼はたぶん直感で、私の声に自分の求めるポテンシャルや力を感じ、気に入ってくれたんでしょうね。私も彼の音楽のクリアな響き、強さや輝きに魅力を感じました。
-「接点」を共有し、協働でつくる音楽。時にヴァイオリンやドラムも交え、セッションは重ねられた。ただ楽譜は使わず、演奏は耳が頼り。「クラシック畑」でキャリアを積む幸田さんに、違和感はなかったのか。
むしろ新しい発見に満ちていました。ドンギアさんとのセッションは、確かに最初はうまくいかないこともありましたけれど、音のキャッチボールをするうち、どんどん面白くなって。私は子供の頃からずーっとクラシックの勉強をしていましたが、こちらの題材は、いにしえの作曲家の音楽です。生きているドンギアさんと、曲をめぐりやり取りするうち、メロディもハーモニーもリズムも歌詞も、色んな選択肢から生まれてくることを実感しました。バッハもモーツァルトもヴェルディも、こんなセッションをしたのかも知れない、なんて思ったりして。クラシックの楽譜の読み方、音楽の見方の引き出しが一つ増えました。ドンギアさんとセッションを重ねるうちに、「カリヨン」をはじめ多くの曲が生まれました。ただ、予定していた発表の場が流れてしまい、ずっと残念に思っていたんです。
-オペラ歌手として活動が広がる中でも幸田さんは、殊に「カリヨン」を、リサイタルのアンコールで歌ってきた。それは「自分の体の一部のように」、とても大切な歌だったからだ。10年もの歳月を経て、そうした歌の数々が今回、初めてプログラムに顔を並べた。
イタリア人男性というとおしゃべり好きで、底抜けに明るい、というイメージが強いかもしれません。でもドンギアさんは、物静かですべてを音楽に捧げる「芸術家肌」。イタリアには、こんな方も多いんです。興が乗ると、一日中作曲している。一方、私は生身の演奏家。体を管理し、常に良いクオリティの演奏をする責任があります。彼とは逆の「職人肌」。そんな二人ですが音楽を共有していればこそ、そして違うからこそ互いを尊重し、新しいものが生まれるのだと思います。先日、ボローニャで今回のコンサートのリハーサルをしてきました。お互い年齢を重ね、経験も積み、今の自分たちにとって確かな響きを求めていく中で、私たちの歌はこれからもどんどん変わっていくと思います。本番でさえ、それは自然に変化していくのです。私にとってそれは本当にわくわくする出来事。どうか皆さまにも楽しんで聴いていただけますように。
取材協力:二期会21
※ボローニャ Bologna
北イタリアのエミリア・ロマーニャ州に属し、人口約38万人。古代ローマ
帝国の拠点として栄え、中世には絹織物産業で成長、こんにちの世界
の大学の原点といわれるボローニャ大学が創設された。ルネサンス期
にはカトリック教会による宗教都市として整備が進んだ。一方で貴族た
ちが覇を競って芸術文化を守り、様々な文化遺産を蓄積した。近代には
ナポレオンの支配を一時受けたが、やがてイタリア統一運動に参加。
第2次世界大戦中は、ナチスドイツに対するレジスタンスを展開した反骨
の町で、市民は今も政治意識が高い。自治精神にも富み、伝統を重ん
じる気風が強い。現在は機械、自動車、電機製造などが盛んだ。ミート
ソースで有名なスパゲティ・ボロネーゼ、日本では「パルメザンチーズ」
と言われるパルミジャーノ・レッジャーノ、美味しい詰め物の入ったトル
テッリーニなどを生んだ美食の町でもある。
*写真の無断使用、複写、転載を固く禁じます。
■こうだ・ひろこ
東京芸術大学首席卒業。同大学院、文化庁オペラ研修所修了後ボローニャとウィーンで研鑽を積む。数々の国際コンクールで上位入賞後、欧州の主要歌劇場へ次々とデビュー。ベッリーニ大劇場「清教徒」エルヴィーラ、ローマ歌劇場「ホフマン物語」オランピア、シュトゥットガルト州立劇場「皇帝ティトの慈悲」セルヴィーリアなど主要な役を演じて活躍。その後、ウィーン・フォルクスオーパーと専属契約。専属を離れて以後も「魔笛」夜の女王などで客演。国内では新国立劇場、二期会などの舞台で「ばらの騎士」ゾフィー、「ナクソス島のアリアドネ」ツェルビネッタなど主役級を演じている。N響をはじめとするオーケストラとの共演や全国各地でのリサイタルなど多彩な活動を展開。メディアへの登場も多く、NHKでリサイタルの模様が度々放送されている。NHK-FM「気ままにクラシック」では笑福亭笑瓶氏とパーソナリティを務める。最新CDはリスト「愛の夢」などを収めた《天使の糧(パン)》(DENON)。本年11月にはフランツ・リスト室内管弦楽団の全国ツアーに出演予定。第14回五島記念文化賞オペラ新人賞受賞。第20回エクソンモービル音楽賞洋楽部門奨励賞受賞。二期会会員。
HP : http://columbia.jp/koudahiroko/
■公演情報
「カリヨン~新しい色の祝祭にて 幸田浩子 with ベッペ・ドンギア」 は、2011年10月21日(金)午後2時開演。
幸田さん、ドンギアさんの出演で、「カリヨン」「スターバト・マーテル」「グローリア」「今日の糧を私たちに」といった
ドンギア作品を演奏、併せてヘンデル「オンブラ・マイ・フ(優しい木陰よ)」、J・S・バッハ/グノー編「アヴェ・マリア」なども。
前売りチケットは既に完売。
※当日券の有無は公演前日20日(木)の午後1時以降に、
ザ・フェニックスホールチケットセンター(電話06・6363・7999 土・日・祝を除く平日午前10時)へ
お問い合わせ下さい。