ヴァイオリニスト川井郁子さんインタビュー
掲載日:2003年8月1日
ザ・フェニックスホールで12月22日『クリスマスの夜をヴァイオリンで…』を開くヴァイオリニスト川井郁子さんは、クラシック作品のほかジャズやポップス、民族音楽など幅広いジャンルの曲を弾きこなす異色の演奏家。作曲も手掛けるうえ、女優として映画や演劇、テレビでも活躍するマルチ人間でもあります。様々な仕事を重ね、音楽以外の分野の人々との出会いを通して"自分探しの旅"を続けているという川井さんに、お話を伺いました。
―演奏に作曲、女優業にテレビ番組の司会など、まさにマルチな活躍ぶりですね。
「私にとって音楽は、それ自体が目的ではなくて、あくまで自分を探す手段なんです。演奏家として成功するかどうかは、結果でしかない。音楽以外の仕事に携わったり、いろんな人々と触れ合うことで、気付かなかった自分を発見できる。内面的にも成長を図れると思いますし、こうした経験は演奏家としての栄養にも必ずなっていると信じています。映画に出演するきっかけですか?
大学院を出たころ、あるスタジオで練習していたのを映画関係の方が偶然見ていて、『ヴァイオリニスト役で出てくれないか』と持ちかけられたのが始まり。実は、昔から映画が大好きで、高校生の頃は週に2、3本は映画を見ていました。映画音楽の作曲家か、できることなら監督になりたいと思っていたほどですから、憧れの現場に身を置き、一流の監督や優れた俳優さん、スタッフとともに仕事ができるというのは魅力でした。今から思うと、ちょっと恐いもの知らずでしたけれど」
―ご自分を、どんな演奏家だと思われますか。
「私は感覚的な人間。これ面白そうとピンときたり、縁を感じたりしたら考え込まず、すぐ飛び込んでゆくタイプです。クラシックの演奏家の中には、楽譜を頭の中で分析し、作曲家のメッセージを探って1日に5時間も6時間も弾いていないと不安になるという人も少なくないのですが、私、正直言って、そんなに練習が好きなわけではなかったんです(笑)」
―今回、ザ・フェニックスホールで弾かれるのは、有名な「ツィゴイネルワイゼン」(サラサーテ)に「チャールダッシュ」(モンティ)、ブラームスの「ハンガリー舞曲集」-。今回のプログラムは、ジプシー音楽に因んだ作品が多いですね。
「シプシー音楽が好きです。情熱的で哀愁があって……。タンゴもそうですが、激しいものを弾いていると、無心になれます。これまで、ジャズ、ポピュラーをはじめ、いろんなジャンルの音楽に取り組んできました。クラシック古典派やロマン派の作品を弾きたくないわけではありませんが、自分の目指す音楽はどうも純クラシックではないし、かといってジャズでもポピュラーでもないようだと分かってきました。これまで『前例のない音楽』を探し求めてきたようにも思います。でも、5月に出したCD『The Red Violin』でラテン系の作品を軸に据え、自作も入れて自分の方向性が見えてきたような気がしてきています」
―影響を受けたり尊敬している音楽家はいますか。
「音楽に対するスタンスで一番、魅力を感じているのは(アルゼンチンの作曲家で故人の)アストル・ピアソラかな。彼はいろんな音楽を融合し、『ピアソラ』という新ジャンルを、自分の手で作り上げたでしょう。あんな自由な姿勢が理想的。私もゆくゆくは、自作を中心に弾いていきたいですね」
―休日はどう過ごされていますか。
「アイちゃん(愛犬の名)を連れて散歩するとか、自転車に乗って買い物するとか、ですね。夏はヨットも。結構、スポーツは好きなんですよ。演奏旅行をしていると、会場に伴奏のピアノが用意されていなくてあわてたり、海外の空港ではヴァイオリンの弦を爆弾か何かの導火線と疑われて『ここで弾いてみろ』なんて言われたり…。思いがけないハプニングでストレスがたまることもあるので、体を動かしてリフレッシュを心掛けています」
―演奏会に来てくださるお客様に、メッセージをお願いします。
「ザ・フェニックスホールで演奏するのは、今回初めて。クリスマスの頃なので聖夜に因んだ曲も選び、私の作品やおしゃべりも交えて一生懸命に弾いてみたい。私の心の情熱というようなものを聴いていただきたいですね。『大事な人』とぜひ一緒に聴きに来てください」
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かわい・いくこ 香川県出身。6歳でヴァイオリンを始め、東京芸大・同大学院で学ぶ。海野義雄、浦川宜也、ドロシー・ディレーらに師事。ソリストとしてワルシャワフィル、新日本フィルなどクラシックの楽団と共演、サレー・アンタル・ジプシー楽団、打楽器奏者シーラ・E、香港のポップス歌手フェイ・ウォンらと舞台を重ねる。作曲も手掛け、映画女優として「絆」(1998年、根岸吉太郎監督)に出演、批評家大賞新人賞を受賞。フラメンコダンサーの長嶺ヤス子に見出され「サンセット大通り」の舞台に起用されたほかテレビ番組、ライブ等でも活躍中。東京在住。
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