Prime Interview 荒木奏美

掲載日:2025年7月1日

「聴いてくださる方が、『この曲とオーボエとの相性が良かった』と感じたり、単純に『オーボエだと、こんな表現ができるのか』と知ったり、色々な楽しみ方をしていただければ、嬉しいですね」。11月のティータイムコンサートで、ザ・フェニックスホールに初登場する荒木奏美は語る。読売日本交響楽団の首席奏者を務め、ソリストとしても大活躍する、いま話題のオーボエの名手だ。聴く者の心を震わせる、しなやかに紡がれる美しい音色と、音符ひとつ一つに生命を授けてゆく豊かな音楽性。プログラムは、「歌」をキーワードとして、各曲が緩やかに結び付けられている。「お客様それぞれに、自分の心の中の言葉を見つけていただきたい。言葉がないからこそ、自由に言葉を当てはめてゆける…こんな音楽体験もきっとあるはず。その“音を出す側”に、自分がなってみたいと願っています」。                          (寺西肇 音楽ジャーナリスト)

 

 「耳にした音楽が気に入って、その楽器が『たまたまオーボエだった』と思っていただけるような奏者になりたい。もちろん、この楽器の表現方法や音色が自分には合っていて、確かに好きなんですけど、あくまでツールとして扱って、“オーボエが先に来ない”奏者になりたいんです。例えば、ヴァイオリンやピアノ、歌手ができることを、自分もどんどんやってみたいと考えています」

 

 そんな思いは、今回のリサイタルの選曲にも反映されている。「ザ・フェニックスホールには、初めてお邪魔するのですが、お客さま全員の顔が見えるような配置になっていて、きっと対話のような関係性も創れるし、自分の内面に入っていくような作品でも、逆にブリリアントな曲でも、受け止めてもらえるはずだと感じたので、その前提で、プログラミングを始めました。感情が往ったり来たりしても、きっと大丈夫。できるだけカラフルに、と…」。

 

 幕開けは、モーツァルトのコンサート・アリア。ソプラノ独唱のために書かれた、コロラトゥーラの技巧を凝らされた難曲を、オーボエで吹きこなす。「いかにもモーツァルト的な雰囲気だし、オーボエの音域やキャラクターにも合っています。逆に『オーボエだからこそできる表現』があるとも考えました」。こうした歌詞が付けられている作品から、学び取るところは大きいという。

 

 「音符しか書いてない楽譜より、歌詞がついたものってすごく情報が多い。実は、言葉の意味で音色に変化をつけたり、聴きとった発音を覚えて真似するということは、普段の練習でも採り入れています。そうすることで楽器の発音の種類が増えて、フレーズの切り方ひとつでも、分かって来る。モーツァルトにはオーボエのための協奏曲や四重奏曲はありますが、『歌詞がある作品から、モーツァルトを学びたい』『言葉と一緒にオーボエを吹きたい』という思いが常にあります」

 

 “声”との関係性について、さらに彼女は言葉を重ねる。「オーボエは息を使う楽器なので、歌手の方の呼吸法だったり、上半身の使い方や支え方だったり、そのあたりもすごく参考にしています。動画サイトで歌のマスタークラスを観て、試してみたりとか…自分が歌うのは全然、上手くないんですけど、こうしたことがオーボエと言うツールでできるなら、ぜひやりたいなと思っています」。

 

 そして、メンデルスゾーン、クララ・シューマンと、理屈抜きで魅力的な旋律に満ちた“言葉を持たない歌”を続けてゆく。「弦楽器やピアノはよく聴くけど、オーボエはあまり…という方もいらっしゃると思って、ステージの前半は、オーボエの作品ということにこだわらず、『ドイツやオーストリアの、良くご存知な作曲家の曲をオーボエで演奏すると、こんな景色にもなりますよ』という感覚で、愉しんでいただけるようにと考えました」。

 

 後半は、フランスゆかりの作品を集めて。まずは、ラヴェルのヴァイオリン曲「ハバネラ形式の小品」と、ドビュッシーの歌曲「美しい夕暮れ」を披露。そして、オーボエのためのオリジナル作品で、エスプリや洗練性など多面的な魅力が詰まった、ピエール・ド・ブレヴィーユの知られざる佳品「ソナチネ」を取り上げる。「ブレヴィーユはドビュッシーの1歳上の作曲家で、フランクのお弟子さん。皆さんには馴染みが薄い作品かもしれませんが、先の2曲から良い流れになると考えました」。

 

 ステージの締め括りは、“オーボエ界のパガニーニ”と称された名手、アントニオ・パスクリの、ヴェルディの歌劇『シチリア島の夕べの祈り』の主題による大協奏曲。「パスクリ自身はイタリア人ですが、基になったオペラがフランス語で書かれているんです。この作曲家は幾度か取り上げましたが、少し渋い目のアリアを使って技巧を出してゆくという、この曲だけは難しくて、実は避けてて…(笑)。でも、華やかに振れ過ぎるより、音楽的に落ち着いた内容の曲で、ここまでの流れを崩さないようにしました」。

 

 演奏家にいかにも相応しい、「奏美」という名前。両親が余程の音楽好きだったと思いきや、「画数と末広がりの字で決めたらしいんです。確かに、苗字も含めて、4文字が下向けに広がっています(笑)。ただ、『絶対に変な音は出せない』と、名前からのプレッシャーはすごくて…(笑)」。小学校で入った吹奏楽部。最初はサックス志望だったという。しかし、指導した教諭からの勧めで、9歳の時にオーボエに出逢った。

 

 「オーボエの音色の第一印象は、『はるか遠くまで飛んで行く、ピンで刺したような、とても細い光』。練習するとどんどんできることが増えてゆくので、当時は楽器を操ること自体が楽しかった。始めて2週間ほどは、全く音も出せなかったけど、その難しさがちょうど私の性格と合っていたのかも…」。実は1学年上には、今や日本きってのサックスの名手である上野耕平もいた。「彼も、最初はトランペット志望でしたが…(笑)。同じコンクールに出場するなど、互いに切磋琢磨していました」。

 

 今後、力を入れてゆきたいレパートリーは? 「まずは、現代の作品ですね。現在も取り組んではいますが、自分が常に(ステージに)突っ立って吹くという形も、いちど“解放”して、自分の体をもっと使うなり、もう少し視覚的な効果を採り入れたり、奏法を増やしたり、エレクトロニクスを使ったり、新作を書いてもらったり…チャレンジする機会を作りたい。そして逆に、もう少しバロック寄りの作品も勉強したい。今に近い方向と、遠い方向。両翼を広げたい気持ちがあります」。

 

 演奏の上で心掛けているのは「空間を把握すること」だという。「自分がやりたいことがあろうが、空間や雰囲気が悪くなる形にはしたくなくて、そこに自然にいるような立ち位置でいたいと常に考えています」。では、そんなあなたにとって、音楽とは? 「世界をより高い解像度で映し出してくれるフィルターのようなもの、という風に感じていますね。自分の心や日常、人や情勢など全てが音楽を通すことで鮮明に見えたり映し出すことができる。そんな感覚です」。素敵な笑顔を見せた。