Prime Interview 山根一仁さん

音楽をやるのに大儀は要らない

掲載日:2024年5月9日

「初めてザ・フェニックスホールで弾いたのは高校生とのときでした」と話すヴァイオリニストの山根一仁さん。今から11年前、エール弦楽四重奏団のメンバーとしてご登場いただいた。その後、ドイツ・ミュンヘンへの留学を経て、現在は気鋭のソリストおよび室内楽奏者として、バッハやモーツァルトなどの古典から21世紀の音楽まで、幅広いレパートリーに力を注いでいる。今回のデュオリサイタルでは、盟友のピアニスト、小林海都さんとともに、ラヴェル、ショスタコーヴィッチ、バルトークなど、主に20世紀の名作に挑む。デュオの成り立ちや作品への想い、さらにはオフの過ごし方についてうかがった。                       (後藤菜穂子 音楽ライター)

 

 

小林さんは価値観を共有できる

デュオパートナー

 

 

 

 

 

――小林海都さんとはいつからデュオを組んでいらっしゃいますか?どんなデュオを目指していますか?

 

 小林海都さんと初めて共演したのは2020年の2月、ちょうどパンデミック直前のことでした。僕たちは同い年なんですが、当時は僕も彼もヨーロッパに住んでいたので、ミュンヘンとバーゼルを行き来してリハーサルを重ね、いろんなレパートリーを試しながら、デュオとしての関係を築いてきました。リハーサルではお互いにアイディアを出しながら、ふたりで音楽を作り上げていきます。
 海都さんの演奏にはシンプルさが核にあって、しかもけっして〈一人称〉だけになり続けないんですね。僕自身も、音楽家として〈一人称〉であるよりも、曲全体を俯瞰して、最初の音から最後の音までお客さんの前で表現することをつねに目指していて、彼とはそういった価値観を共有できるので、一緒に演奏していてとても楽しいです。

 

――リハーサルでアイディアを出し合うときは言葉で相談されるのでしょうか?

 

 言葉と演奏しながら、半々ですね。あうんの呼吸のときもありますが、言葉をまったく使わずに自分が思っている世界観、描いているものを共有するのは難しいですから。特に初めて合わせる曲の場合は、「ここはこう思うんだけどどう?」とか「こうしたいんだけどどう?」などと対話を重ねます。そして、そうしたプロセスを踏まえた上で、本番では全部忘れて演奏するのが理想です。今回のプログラムの場合、モーツァルトやバルトークには即興的な要素がありますし、ラヴェルにもユーモアの要素がありますので、本番中もアイディアが飛び交うかもしれません。

 

――前半のプログラムはモーツァルト、クライスラーで始まり、武満徹、ラヴェルと続きます。選曲の意図についてお聞かせください。

 

 僕は海都さんのモーツァルトが大好きでなんです。本当にやさしく包みこんでくれますし、いろんな部分に興味をもち、感動しながら弾いてくれるんですね。モーツァルトの曇りのない純粋な音楽を、どうやって彼と一緒に作ることができるか——作りすぎないことがもしかしたら大事かもしれません。このト長調のソナタは、「パリ・セット」と呼ばれる曲集の第1曲で、若きモーツァルトがこれから自分を売り出していこうという時期に書いた意欲作。コンサートのオープニングにぴったりだと思います。
 クライスラーは、作曲家としてはもちろん、ヴァイオリニストとしても惹かれます。「ティータイム」にふさわしい小品を2作選びました。
 ラヴェルのヴァイオリン・ソナタは、尊敬するレジス・パスキエ先生から教えてもらった思い出の曲でもあります。まるで全体が1つの長いフレーズでできているような音楽で、第1楽章を本当に一息で弾けたらよいなと思っています。また冒頭のピアノの旋律を海都さんのピアノで聴けるのも楽しみですし、第2、3楽章では彼とどれだけ遊び心を出せるかが鍵だと思います。
 武満徹の「悲歌」は初めて弾く曲なのですが、クライスラーからラヴェルの間に何か挟みたいと思って選びました。この「悲歌」は、人間の歌う哀歌とはちがって、むしろもっと大きな世界観を描いた音楽に感じます。いずれにせよ、ラヴェルへうまくつながると思います。

 

――後半はショスタコーヴィチとバルトークですが、山根さんにとってショスタコーヴィッチは特に思い入れのある作曲家だそうですね。

 

 ええ、子どもの頃から僕はショスタコーヴィチが大好きだったんです。4歳のとき、音楽好きな両親が録画していたヒラリー・ハーンが弾くショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲のビデオを見ながらいつも踊っていました(笑)。僕がヴァイオリンを始めるきっかけにもなりました。
 ショスタコーヴィチという作曲家は、人生の大部分をソビエトの政府から批判されながら生きた人ですけれど、今回演奏するヴァイオリン・ソナタは比較的晩年の作品で、彼がようやく政府の抑圧から逃れて自由になり始めた時期に書かれました。その意味で、ソ連という感じはあまりしなくて、ある意味で古典に原点回帰したような、どこか俯瞰しているすごい世界観をもった作品です。僕にとっては、宇宙よりも遠い場所にある音が書かれているというイメージで、大好きな曲です。技術的にも精神的にもたいへんな大作ですが、海都さんとうまく作れたらと思います。
 リサイタルを締めくくるバルトークの「ラプソディ 第1番」は、民族的な要素もあり、ヴィルトゥオーゾ・ピースとしての要素もあり、遊び心に富んでいます。本番でいかにテンポをずらしたり即興性を出したりするか、そうした面でもきっと楽しんでいただけると思います。

 

――ザ・フェニックスホールへは今回、三度目のご登場だそうですが、ホールについてはどんな印象をお持ちですか?

 

 最初が2013年のエール弦楽四重奏団、二度目が2014年の北村朋幹さんと横坂源さんとのピアノ・トリオで出演させていただきました。大きすぎず、しかも天井が高くて立体的な空間と感じています。特に角度のある2階席が印象的ですね。ショスタコーヴィチやバルトークといったダイナミックな曲にもマッチする空間だと思いますし、他方で弱音もとてもよく通るので、ラヴェルなどの繊細な表現も味わっていただけると思います。聴衆との距離感も近くて弾きやすいので、今回もとても楽しみにしています。

 

――山根さんはかつてあるインテビュー記事で、ヴァイオリンは「究極の趣味」にしたいと語っておられましたが、音楽以外のご趣味はおありですか?

 

 僕は6歳まで北海道で育ちましたので、自然が大好きですね。そして自然が大好きだから旅行も好きです。一人旅にはまっていた時期は、屋久島に行ったり、秋田に紅葉見に行ったり、ひとりでオーストラリアに行ったりしていました。
 最近では友人とキャンプ旅行も楽しんでいます。ピアニストで古楽器奏者の大井駿さんと瀬戸内海の無人島——借りられる無人島ですが——に行ってキャンプしたり、西表島で星を見たり。夜の川をカヌーで下ったときはふくろうが鳴いていて、「バルトークだなあ」と思いながら聴いていました。音楽家である前にそういうことが好きな自分でいたいと思っています。
 自然というのはすべての源であり、自然の中にいると心が洗われますし、自分がちっぽけであることも実感します。だからこそ、音楽をやるのに大義は要らなくて、自分が好きだからやるんだ、という感覚になれますね。

 

――そうした自然への深い愛と畏敬は、山根さんの音楽性にもきっと滲み出ているのだと思います。リサイタルがますます楽しみです。ありがとうございました。