ソプラノ歌手 アニエス・メロンさん インタビュー

12月9日(金)夜、ザ・フェニックスホールに登場 イギリスとイタリアのバロック歌曲を歌う ソプラノ歌手 アニエス・メロンさん

掲載日:2011年11月30日

古い音楽を、当時の演奏法で、当時の楽器を使って演奏する「古楽」。その世界を代表するソプラノ歌手として「女王」とも称されるフランスのアニエス・メロンが12月9日(金)夜、ザ・フェニックスホールの舞台に立つ。英国のエマ・カークビーと並ぶ世界的な名手。古楽運動が顕著に充実し始めた1980年代からバロック時代のオペラや歌曲に才能を発揮、清澄そのものの透き通る声と、端正な中にも豊かな感情を湛えた表現でヨーロッパの聴衆の心をつかんできた。今回の舞台では、自ら率いる古楽アンサンブル「バルカローレ」とともに、「愛」をテーマとしたイギリスとイタリアの作品を取り上げる。ストレートに愛を告げる歌、それと裏腹な憎しみの歌、悔いやジェラシーの叫び…。強い愛が導き出す様々な感情を切々と歌い上げる、大人の一夜だ。世界の巨匠たちと共演を重ねてきたメロンが、ザ・フェニックスホールのメールインタビューに答えてくれた。

(構成:ザ・フェニックスホール 谷本 裕)

Q-どんなきっかけで歌うようになったんですか。

メロン(以下M)  全くの偶然です。音楽院でヴァイオリンを弾いていた17歳のころ、声楽を履修するように言われたんです。歌うこと自体はもちろん、歌のレパートリーにも全く関心はありませんでした。ところが、ちょうどその同じ年、古楽運動に取り組んでいた指揮者のフィリップ・ヘレヴェッヘ(*1)やウイリアム・クリスティ(*2)と偶然接点が出来、一緒に演奏するようになりました。お陰で、新たなレパートリーを見つけ、歌曲に魅力を感じるようになりました。ラッキーだったのは、私の声が、あの1980年代、バロック音楽の演奏に適すると考えられていた基準に合致していたこと。そんな偶然が重なったうえ、歌手を必要とする古楽グル―プが出来たりして、道が開けました。

Q-あなたの美しい声は、クラシックの世界でも恐らく、最高のものの一つに違いありません。ご自分の声を、どのように育ててこられたのでしょう。

M  お褒めの言葉をいただき、嬉しいです。声をどう養うか。声楽家である限り、一生取り組まなくてはならない業(ごう)のようなもの。何十年も歌うため、払い続けなくてはならない「対価」かもしれません。ただ私自身は、声を自分で開発してきたというより、声そのものが自然に発展してきたと感じています。キャリアのはじめの時期、私には周囲から、ある「型」が課せられていました。自分では、ひたすらピュアな、男声か女声かの区別もつかないような響きを求めていました。「型」を打ち破りたいという思いが強く、結果的に声の変化に繋がっていったんじゃないかしら。

Q-ご自身の歩みと、古楽を取り巻く現在の状況を比べ、どんな違いがありますか。

M  キャリアを踏み出した頃、私は、限られた古楽の「市場」を分かち合う、一握りの歌手の一人でした。ヨーロッパでも、その他の国々でも、バロック音楽の復興が始まって、間もない頃です。あらゆる様式に通じた、尊敬に値する専門家や指揮者も、教師も居ませんでした。だから歌のテクニックも、各々が工夫し、いわば即興的に習得するような状況。ちょっと不確かな感じでした。時代を経て古楽が盛んになり、個々の歌手のテクニックが高まり、音楽に関する知識も深まっています。「仕事」として古楽に関心を寄せる若い人が増えました。有能な先生も増え、喜ばしいことです。最近は素晴らしい声に恵まれた若い歌手に出会うことが本当に多く、驚かされます。クリアで、しかも温かい声を持ち、キチンとした様式観とテクニックを身に付けています。

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Q-あなたは「メロディ」と呼ばれるフランス近代歌曲も歌います。バロックの歌曲との共通点や違いは。

M  バロックもフランス近代の歌曲も共に、音楽と歌詞との結び付きが非常に強い。これは共通点です。近代フランス歌曲の場合は、作曲家がさまざまな指示をはっきり楽譜に書き込んでいます。でも、バロックのアリアの場合は、それらが全くありません。こうした音楽に向き合う際は、歌詞の「語彙(ごい)」と、その作品がのっとっている「様式」が手掛かりになります。例えば、ヴァイオリニストが、バロックの巨匠モンテヴェルディの作品を演奏したとします。演奏に使った古楽器を傍らに置き、次に近代フランスの作曲家フォーレの「子守歌」を現代のヴァイオリンで弾きます。それと同じことを声楽家は喉で行います。使う楽器は根本的には同じ。でも歌でいえば、歌詞と響きの質の結び付き方が違う。ヴァイオリンの弓を、弦に押し付ける圧力やヴィブラートの掛け方が違うと、響きの質は変わります。楽器が変われば殊更ですよね。レガート(連なる音を滑らかに奏でる奏法)や、ルバート(曲中、テンポを緩めたり早めたりし、味わいを醸す手法)といった、その時代や地域的な様式にかかわる事柄は、バロックとフランス近代とでは違いがあります。こうした使い分けが歌手にも必要です。言葉や文章を、どんな質感で表現するかが問題なのです。

Q-今回のプログラムはバロックの歌曲、中でもイギリスとイタリアの作品が主軸。テーマは「愛」ですね。

M  このプログラムは、インスピレーションで組みました。「愛」には色んな形がありますよね、それは、どんな作品にも込められています。音楽は昔から、我を忘れるような歓びや優しさ、甘美さといった一方で、裏切り、胸が破れんばかりの悲しみ、激しい怒り、嫉妬、暴力などを表すためにも用いられてきました。こんな様々な形を借りて現れる愛をテーマに、プログラムは進みます。私は退屈なのは、キライ。お客様には豊かで、中身の詰まった音楽を、たっぷり味わっていただきたいです。

Q-バロックの歌曲表現には、どんな特徴がありますか。19世紀のグランドオペラの「ベル・カント唱法」(*3)と比べると、抑制された感じがあります。

M  作品としての書き表し方は確かに、あの朗々としたベル・カント唱法とは異なります。大きなオーケストラをバックに、声を長々と引き延ばすことはありません。肉体的な限界まで高音に挑むとか、飛び切り大きな音量を出すといったことも、ありません。でも、歌の目指すところは全く同じなのですよ。声量をデシベルで測ったら、強い表現をしていないように思えるかもしれませんが、バロック歌曲も内面的には、グランドオペラと同じように強烈な心情をもって、誠実に表現されるものなのです。

Q-共演者の方々を紹介してください。

M  私は長く、人間的にも芸術的にも高みに達した音楽家たちと仕事をしてきました。今回、大阪で共演する音楽家もとても才能に溢れ、ある意味で崇拝にも値する、若い人たちばかり。プログラムには彼らの意向、彼らの楽器そのものの良さも、考えに入れています。ハープシコードのブリス・セリーがパリ高等音楽院でディプロマの試験を受けた時、私は試験官の一人でした。それ以来、彼は「アンサンブル・バルカローレ」と一緒です。私との友情は、揺らぐことがありません。とても優れた奏者で、共演はとても楽しい。そのブリスが長年の親友ジュリアン・ハインスワースを紹介してくれました。まるでチェロを抱えてこの世に生まれてきたような演奏家。ブリスとジュリアンは、ふだんから一緒に活動しているので、私たちのアンサンブルは随分助かっています。ブルーノ・ヘルストロフェールは、私が夫のヴィス(*4)と始めた、あるプロジェクトで出会い、これも素晴らしいコラボレーションでした。器楽のソロ作品も、テーマの「愛」に即し、彼らが選んだものです。プログラム全体がイキイキとし、自然に流れ、また私が声を休ませられるようにも気遣ってくれてもいます。どうか、楽しみにしていてください。

取材協力:カメラータ・トウキョウ


*1 フィリップ・ヘレヴェッヘ ベルギー出身の指揮者。母国の音楽学校でチェンバロ、オルガンを学んだあと、古楽合唱団コレギウム・ヴォカーレを結成。グスタフ・レオンハルトやニコラウス・アルノンクールといった古楽活動の先達に認められ、フランスで自らの古楽オーケストラ「パリ・シャペル・ロワイヤル」を設立。さらには、ウィーン古典派やロマン派の作品を当時の姿で演奏する「シャンゼリゼ管弦楽団」も結成、また現代作品も手掛けるなど幅広い活動を展開するようになった。斬新な解釈と、躍動的な演奏で国際的な評価を得ている。

*2 ウィリアム・クリスティ アメリカ出身。ハーヴァードとイェール大学を経て渡仏。フランスのバロック音楽、とりわけバロックオペラの研究と演奏に力を注ぐ。古楽運動に携わっていたルネ・ヤーコプスと協働したのち、自ら古楽団体レザール・フロリンサンを結成。ラモーやモンテヴェルディ、F・クープランの作品で注目を集める。その後、パーセルやヘンデル、モーツァルトといった作曲家の作品も手掛けるようになり、グラインドボーン音楽祭や、リヨンやチューリヒの歌劇場でも活躍。ベルリンフィルにも客演している。

*3 ベル・カント唱法 「美しい歌」を意味するイタリア語。19世紀のイタリアで生まれ、ロッシーニやドニゼッティ、ベッリーニといった作曲家のオペラで使われた。声そのものの美しさを追究するとともに、豊かな響きと滑らかで技巧的な節回しなどを特徴とする。

*4 ドミニク・ヴィス フランスのカウンターテナー。オルガンとフルートを学んだ後、声楽に転向、ウィリアム・クリスティやルネ・ヤーコプスのもとで研鑽したのち、フランスのシャンソンを中心に取り上げる声楽グループ、クレマン・ジャヌカン・アンサンブルを結成。活動を展開する一方、ソロではバロックオペラの分野で頭角を現し、その後、古典派、ロマン派、近代フランス音楽から現代音楽まで幅広いレパートリーで活躍。日本の武満徹のポピュラー音楽作品も手掛けている。


<プロフィル>

アニエス・メロン(ソプラノ、芸術監督)&アンサンブル・バルカローレ

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アンサンブル・バルカローレは1997年、ソプラノのアニエス・メロンが、バロック期に書かれた声楽と器楽のための室内楽専門グループとして創設。このアンサンブルはオルガンの伴奏付きモテット、エール・ド・クール(歌曲)、世俗カンタータ(ミニオペラ)、17・18世紀の宗教曲など膨大なレパートリーを持つ。また楽曲に応じ、2~10人の器楽奏者を弾力的に編成、高水準で変化に富むプログラムを構成する。2005年、アルファ・レーベルからファーストアルバム「冒涜された女神たち」(Les desses outrages)を発表。バロック期のフランスの作曲家が描いた、女神と偉大なヒロインたちの情熱を巧みに表現し、高く評価された。2007年以降ソウヴィニー・フェスティバルでのバルカローレのコンサートはテレビ・チャンネルMEZZOにて放映されている。2010年Zig-Zagレーベルからはカウンターテナーのドミニク・ヴィスとの愛のデュエット集“Parole e querelle d’amore”をリリース。フランスのサン・ジュネ・レルプ秋の音楽祭に毎年招待されており、また、アルク=ラ=バタイユ・アカデミー、サン・ドナのJ・S・バッハ・フェスティヴァル、ミュージカル・デュリュベロン、ナンシーのサル・ポワレル、マルセイユの室内楽協会にも出演。近年はオランダやベルギーでも活動を展開している。

インシュアランスグループコンサート
本公演は「三井住友海上しらかわホール」との連携公演です。