Prime Interview フォルクハルト・シュトイデさん

ウィーン・フィル名手による待望のリサイタル

掲載日:2023年5月9日

当ホールで2021年に予定されていたフォルクハルト・シュトイデ(ヴァイオリン)と三輪郁(ピアノ)によるリサイタルは、コロナ禍の影響で残念ながら中止となったが、そのお二人がようやく大阪に戻ってくる! 名門ウィーン・フィルおよびウィーン国立歌劇場管弦楽団のコンサートマスターとしてすっかりおなじみのシュトイデだが、そのかたわらで室内楽やソロ活動にも力を入れてきた。長年デュオ・パートナーとして関係を築いてきた三輪郁とさらに深みを増したアンサンブルを聴かせてくれることだろう。今回のプログラムで取り上げるブラームスのヴァイオリンソナタ 第2番やプロコフィエフの「ロメオとジュリエット」への思い入れや、コロナ禍を経て現在の活動についてうかがった。
(後藤菜穂子 音楽ライター)

 

 

“みなさんの心に届くような感情豊かな演奏ができたら”

 

 

 

――大阪はこれまで何度も訪れていらっしゃいますが、シュトイデさんにとってどんな街ですか?

 

 大阪でのリサイタルはパンデミック以来、初めてになります。これまで大阪にはリサイタルのみならず、ウィーン・フィルともトヨタ・マスター・プレイヤーズともたびたび訪れておりますが、たくさんの魅力をもった大好きな街です。北よりも南の地域の人々のほうが和やかで笑顔が多く、真面目すぎず、よりオープンな傾向にあるのは日本だけではなく、ヨーロッパや米国でもそうですね。南の人々の明るさといえるでしょう。
 長年日本を訪れていますが、土地ごとの人々の暮らしや振る舞いの違いを観察することはひそかな楽しみです。地域によってさまざまな差があります。そしてそれは音楽家にとっても言えることだと思います。私が所属するウィーン・フィルも独自のアイデンティティを持っていますし、各地のオーケストラがそれぞれのアイデンティティを持っていることはとてもすばらしいことです。

 

――パンデミックを経て、ヨーロッパの音楽状況はいかがでしょうか?

 

 パンデミックは私たちの生活に大きな爪痕を残したと思います。このあいだウィーン・フィルの演奏旅行でアメリカに行きましたが、都市部では貧困層が増えていて、生活がより困難になっているのを目の当たりにしました。ウィーンでは、オペラ座でも楽友協会でもほぼ通常通りの活動に戻っていますが、他の地域ではまだコロナ以前の状態に戻っていないところもありますし、観客数が戻っていないところもあります。もうすこし時間がかかるかもしれません。
 音楽家としては、私たちの演奏が聴衆の心にすこしでも癒しを与えることができ、またほんのいっときでも悩みや心配事を忘れる機会になればと心から願っています。ロックダウンや無観客での配信などを経て、再び演奏できるようになったときに何よりも嬉しかったのは観客のみなさんの笑顔を見ることでした。この苦難の日々を体験した世代の音楽家たちは、以前に増して、音楽を楽しむ聴衆の姿に感謝の思いを抱いているのではないでしょうか。

 

――ウィーン・フィルのコンサートマスターとして演奏するときと、ソリストとして演奏するときと心構えに違いはありますか?

 

 私にとっては、ウィーン・フィルで弾くのもソリストとして弾くのもそれほど大きな違いはありません。ウィーン・フィルは敬愛すべき音楽家たちが集まったきわめて柔軟なアンサンブルであり、枠にはめられるようなことはないのです。私たちがオペラ座のピットで演奏するときには、舞台で起こっていること、歌手が歌っていることの良きパートナーでなければなりませんからね。それと同じく、ヴァイオリンとピアノのデュオの場合も、私たちはつねに対等なパートナーであり、ヴァイオリンにピアノがついていくわけではけっしてありません。実際、ベートーヴェンやブラームスの楽譜を見れば、「ヴァイオリン付きのピアノ・ソナタ」と書いてあるように、むしろピアノ・パートのほうが重要なぐらいです。
 もちろん、練習ではお互いにどう演奏したいか話し合い、準備しますが、でも実際のコンサートではふっとインスピレーションが湧く、とても美しい瞬間が訪れることがあります。それはけっして事前に相談したり、計画したりしてできることではありません。なぜなら、それは相手の演奏に瞬時に反応して起こることだからです。そして、こうしたことはまさに私たちがウィーン・フィルでもやっていることなのです。

 

――今回のリサイタルの選曲についてお話しいただけますか。

 

 今回のプログラムでは、私が心から愛する曲たちを選びました。ふだんオーケストラでの活動がメインで、リサイタルを行う機会はそれほど多くないため、特定のテーマとか国とか関係なく、思い入れの強い曲を取り上げたいのです。
ブラームスのヴァイオリンソナタ 第2番を選んだのは、他の2つのソナタにくらべて過小評価されていると思うからです。三輪郁さんとはこれまで3曲とも弾いてきましたが、第2番を弾いた回数はいちばん少ないと思います。私にとってこの曲の平穏で明朗な雰囲気は、ブラームスにもそういった面があることを思い出させてくれるものです。どうしてもブラームスというと、重厚さやドラマ性、悲哀のまざった美しさが強調されがちですが、この曲は彼の作品の中では比較的ポジティブなものだと感じます。音楽について言葉で説明するのはとても難しいのですが、このソナタを演奏するときは、私の頭の中にはさまざまなイメージや風景が浮かびます。
 一方、プロコフィエフのバレエ音楽「ロメオとジュリエット」を取り上げることにした理由は、現在のウィーン国立歌劇場の体制の下では、このバレエが上演されることがなくなり、劇場で演奏できないことをとても寂しく思っているからです。現バレエ監督は、新しい振付にはとても熱心なのですが、古典的なバレエ作品にはさほど興味がなく、この名曲を演奏する機会がなくなってしまったのです。そこで今回、ヴァイオリンとピアノで演奏してみようと思いついたのです。プロコフィエフの力強い音楽をどうぞお楽しみください。

 

――とても魅力三輪郁さんとは長年パートナーシップを組んでいらっしゃいますね。

 

 三輪さんとは2000年以来、デュオとして演奏してきました。私たちは音楽的に同じ言語を共有しているので、いちいち言葉で説明しなくてもお互いに何をしたいのか分かり合えるのです。それは、いわば話すことと演奏することのあいだのゾーンで通じ合っているからなのです。そこが音楽のすばらしさであり、たとえばオペラ座で演奏しているときも、歌手に耳を傾け、彼らが何をしたいかを察知して彼らに合わせることができたときに音楽家として強い充足感を感じます。それはピアノとのデュオでも同じことなのです。

 

――最後にファンの皆さんにメッセージをお願いします。

 

 日本で演奏することはいつも私にとって大きな喜びです。とくに日本の聴衆のみなさんからは、「今日の演奏はいったい何をもたらしてくれるのだろう」という強い期待を感じますね。演奏家としては、みなさんの心に届くような感情豊かな演奏ができたらと思います。ぜひザ・フェニックスホールでお会いしましょう。