平野公崇(まさたか)さんインタビュー
2012年度ティータイムコンサートで大阪デビューする新鋭アンサンブル ブルーオーロラ サクソフォン・カルテット
掲載日:2012年4月17日
「若さ」武器に「枠」越えて ・ リーダー平野さんに聴く
(c)ノザワ・ヒロミチ(CAPSULEOFFICE)
金曜の午後、都心でステキな音楽とお茶をゆったり楽しんで頂く「ティータイムコンサートシリーズ」。あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホールのラインナップの中でも、とりわけ人気が高いシリーズです。2012年度もピアノデュオや弦楽四重奏、ホルンリサイタルなどバラエティに富んだ7公演をご用意しました。中でも注目は、才覚溢れるサクソフォン奏者4人による「ブルーオーロラ サクソフォン・カルテット」(11月16日)。名実共に日本を代表する平野公崇(まさたか)さんがリーダーとなり、昨年、結成した新鋭グループ。今回が大阪デビューです。ソプラノ、アルト、テナー、バリトン。音域の異なる4種類の楽器で、オリジナル作品からクラシックの名曲のアレンジ、現代音楽や平野さんの自作など、“ハイブリッドな響き”をお楽しみ頂きます。カルテットに込めた思いをリーダーの平野さん、そしてメンバーの田中拓也さん、西本淳さん、大石将紀さんに伺いました。
(取材・構成:ザ・フェニックスホール・谷本 裕)
―結成に込めた思いから聞かせて下さい。
サクソフォンの最も充実したサウンドは、「カルテット」でこそ奏でられる、と僕はずーっと考えてきました。他の楽器との組み合わせ、例えばピアノとのデュオは、楽器の特性を重視した組み合わせというよりも、演奏家が音楽性を闘わせ、交わすのが魅力。もちろん、大きな価値があり、僕もメンバーも取り組んでいますが、サクソフォンの、より多彩な魅力を発信していきたいと考えたんです。信頼できる演奏家に呼び掛けて、カルテットを立ち上げました。同属楽器同士、高音から低音まで音色がよく溶け合い、響きがまろやか。クオリティは、フルートやクラリネットのアンサンブルをしのぐ。(ヴァイオリン2本とヴィオラ、チェロでつくる)弦楽四重奏と比べると管楽器だけに音量も豊か。弦楽四重奏は、繊細できめ細かな表現が得意ですが、サクソフォンだと時にワイルドに、時に優雅に。幅広い表現が奏でられる。弦楽四重奏の魅力をシルク(絹)に例えるなら、サクソフォンはコットン(綿)といえるかもしれません。
―そもそもサクソフォンやその音楽は、どう発展してきたんですか。
楽器が生まれたのは1840年頃。ベルギーの管楽器製作者が発明しました。ピアノやヴァイオリン、あるいはフルートなど他の管楽器に比べても若く、モダンな楽器といえます。その後間もなく、フランスのパリ国立高等音楽院に専門課程が出来た。マルセル・ミュールやダニエル・デュファイエといった名手が現れて作品も多く生まれ、フランスを軸にサクソフォン音楽の伝統が培われていく。今ではジャズやポピュラー音楽でも広く使われています。クラシック音楽のジャンルではサクソフォンは、そんな歴史の影響でフランスの作曲家の作品がとても多いんです。作曲家で、最初にオーケストラ曲にサクソフォンを導入したのも「幻想交響曲」で知られるベルリオーズです。優れたオリジナル曲もボザやデザンクロ、シュミット、ピエルネ、パスカルといったフランス人の曲ばかり。フェニックスでは今回、ロシアのグラズノフが作った四重奏曲を演奏しますが、例外中の例外です。音楽大国ドイツも一昔前の状況をいえば、ベルリンやミュンヘンといった都会の音楽大学なら、サクソフォン科も一クラスくらいはありましたが、地方だとそれもなかった。オーケストラも専門の演奏家を置かず、ファゴットやクラリネットの奏者が間に合わすことも少なくなかった。最近は、変わりましたけどネ。
―意外ですね。
世界大戦中、ドイツはフランスと対立し、サクソフォンは“敵国楽器”。疎んじる向きが無かったとはいえません。逆に、本家のフランスでは超メジャー。子どもたちは、手習い事として親しみ、才能と意欲があれば町の音楽学校からパリの国立音楽院まで、プロを目指せる道筋が整っている。パリ音楽院に入るのは、今もフランス人が大半。外国人枠が無くなったこともありますが、何しろ層が厚い。競争率は、日本でいえば恐らく(高校野球の)甲子園並みの難関でしょう。
―他国の状況は。
近年はスペイン勢が伸びています。クロアチアやスロヴェニアといった旧ユーゴスラヴィア諸国からも若手が輩出。米国にも独特の「楽派」がありますね。アジアも頑張っていて、特に日本は演奏人口がとても多い。根にあるのは、中学・高校の吹奏楽部でのサクソフォン熱。僕が中学で入った頃は、そうじゃなかった。先輩から「まだ空いてる」って勧められたのが、この楽器でした。“マイナー楽器”を転換したのは、(1980年代に活躍したロックバンド)「チェッカーズ」。リードヴォーカル藤井郁弥さんの弟・尚之さんがサクソフォンを吹き、「カッコイイ」イメージが広がった。志望者が増え、花形のフルートやトランペットを追い抜いちゃったんです。今では音大で専攻する学生も多く、プロも増え、演奏も世界レベル。国際的には既に、拠点の一つですが、日本は本家フランスと距離がある。そのハンディを「伝統から自由でいられる」という利点と捉える、そんな発想の転換を僕はしたいんです。
―そんな思いが、カルテットの活動にも反映されているんですね。
昨秋の本格デビューまで、2年かけ準備しました。その中で自分たちの活動の方向性は三つあることを、確かめました。オリジナル作品を演奏するのは無論、活動の第一の柱ですが、これだと演奏できる曲が、地域的にはフランスに、時代的にはロマン派以降に偏ってしまう。僕らは幼い頃から、ドイツやオーストリアはじめ、色んな国の、色んな時代の音楽も聴いて育ちました。お客様だってそう。素朴な感覚として、そうした作品も手掛けたいし、自然に吹けます。バロックや古典派の、他の楽器のための作品もアレンジし演奏することを二つ目の柱に据えてます。バッハのオルガン曲やモーツァルトの室内楽曲、ラヴェルやチャイコフスキー、バルトークらのピアノ曲も取り上げます。
―昨秋のデビューでは他にも、即興演奏でノリの良い、平野さんの新作も話題でした。
今を生きる感性として、新しいサウンドを探っていくことも大事。日本的な歌心や、即興などジャズの要素を取り込んだ自作や、同時代(コンテンポラリー)の音楽を手掛けるのが、三つ目の柱。未来に向けた、僕らのオリジナル作品です。フランスに留学した時、驚いたのは今の音楽と昔の音楽の間に「垣根」がないことでした。演奏家も聴衆も、ジャズやビートルズ同様、バッハもワクワク受け止める気風がある。それは、作品そのものもさることながら、生身の人間が奏でる音楽の瞬間・瞬間を「ライブ」として楽しむ文化です。こうすれば現代音楽も、無理なく親しめ、演奏家もレパートリーも拡げられる。そんな気風を日本でもつくりたい。その点、サクソフォンはジャズやポピュラーなど、様々な音楽で幅広く使われ、どんな音楽にもボーダーレスに、軽々と入っていける。ダンスなど音楽以外の分野とのコラボレーションにも抵抗感はありません。今のメンバーなら間違いなく、「枠」にとらわれない、自由な音楽づくりが出来ます。一曲一曲、メンバー同士とことん検討し、レパートリーを築いていきたいですね。
―そんな考えを体現するレパートリーが今回、演奏される武満徹作曲「一柳慧のためのブルー・オーロラ」(1964年)ですね。
演奏に図形楽譜を使います。抽象的な絵に、謎めいた指示が添えられている。解釈をめぐり、メンバーと長時間、議論しました。絵の印象について知り合いからアンケートを取ったり、自分たちの即興演奏を分析したり。メンバー全員で曲のイメージを創り上げました。アヴァンギャルドな作品で、お客様を置き去りにしないか、実は少し不安もあったんですが、演奏してみたら一番人気。嬉しい誤算でした。色んな要素を盛り込みつつ、一つの作品にまとめるのに苦労もしましたが、それは結果的には、このカルテットが一つの有機的なアンサンブルに結束していくプロセスでもありました。曲名がグループ名の元にもなってますし、永く取り組んでいくレパートリー。内容は毎回、生まれ変わっていくでしょう。音楽には西も東も無く、また演奏者と聴衆の垣根もない―。この作品のそんなメッセージを、僕ら自身のマニュフェストとして、時には即興でハメも外しながら(笑)、「自由な発信」を貫いていきたいです。
「顔役」が立ち上げ
ブルーオーロラ サクソフォン・カルテット
わが国のサクソフォン奏者の「顔」として、クラシックから現代音楽、そしてジャズなどジャンルを越えた活動を展開している平野公崇。彼が2010年に結成した四重奏団が「ブルーオーロラ」。名手の呼び名が高い中堅・大石将紀に西本淳、そして若手の田中拓也をメンバーに起用。いずれも平野が個性と才能を評価し、同じ音楽的志向を分かち合える「仲間」の、スーパーカルテット。ソプラノからバリトンまで4種類の楽器を駆使、サクソフォンの多彩な魅力を発信する。11年11月、グラズノフの四重奏曲など収めたデビューCDをリリースした。
持ち替えと即興 —田中拓也さん
僕はまだ学生なんです(東京芸大修士課程)。他のメンバーには、学校で教えている
方もいます。でも、そんな違いは関係なく、様々な経験を持ったアーティストと共演を重
ねることができ、触発されることが多い。4種の楽器を、曲によってメンバーが持ち替え
て演奏できること、そして即興演奏がこのカルテットの特徴。弦楽四重奏では、チェロ奏
者がヴァイオリンを演奏することはまずありません。それから、他分野とのコラボレーショ
ンなども楽しいです。
「可能性」を拡大 —大石将紀さん
このカルテットで、別の楽器のために書かれた作品を演奏してみて、サクソフォ
ンが、実に適応性豊かな楽器であることを、あらためて実感してます。活動に携
わることで、幅広い音楽に親しみ、自分が開かれていくような気がするのです。
武満さんの作品では、楽器を持たず、パントマイムを展開するパフォーマンス役
に立候補しました。ダンサーと共演したりして、以前から興味があったんですよ。
能楽師の指導を受け、すり足で歩んだり扇を使ったり。楽器のポテンシャルを体
現するような活動を展開出来たら良いですね。
思いの共有こそ —西本 淳さん
音色の親和性、そしてダイナミックな表現が、このアンサンブルの魅力でしょう。僕自身は、
クラシックをずっと勉強してきて、個人的にはバッハなどバロック音楽が大好きなので、そうし
たレパートリーを広げていきたいですね。例えば、ヴィヴァルディの作品などは華やかでサクソ
フォンの響きにも合うのではと思います。でも、他のメンバーの方々ともども、選曲を研究して
いると、思いがけない作品に出合ったり、とても勉強になります。自分の思いを皆で共有するプ
ロセスが貴重な体験になっています。
「ブルーオーロラ サクソフォン・カルテット」公演は、2012年11月16日(金)午後2時開演。プログラムは、グラズノフ「サクソフォン四重奏曲 変ロ長調 作品109」、武満徹「一柳慧のためのブルー・オーロラ」ほか。入場料3,000円(指定席)、学生1,000円(限定数。ザ・フェニックスホールチケットセンターのみのお取り扱い)共に茶菓付き(協力:モロゾフ)。チケットのお求め、お問い合わせは同センター(電話06・6363・7999 土・日・祝を除く平日午前10時〜17時)。また、ティータイムコンサートシリーズには、おトクなセット券があります。7公演で通常合計2万円のチケットが、1万8千円でお求め頂けます。詳細は、チケットセンターにお問い合わせ頂くか、公演詳細ページをご覧ください。