Prime Interview ヴァルティナ

北欧トラッドの頂点に立つ歌声

掲載日:2020年11月17日

 ロシアと国境を接するフィンランドのカレリア地方の伝統音楽に根差した鮮烈な歌声で、90年代以降にワールドワイドな活躍を続けてきたヴァルティナ。ブルガリアン・ヴォイスにも通じる美しく躍動的なハーモニーを主軸に、現代北欧トラッドの代表格として別格の存在感を放ち、新メンバーも迎えながらより深化した境地を示してきた彼女たちは、来年1月に約10年ぶりとなる来日公演を行う予定となっていたが、世界的な新型コロナウィルス感染拡大の影響を受けて残念ながら開催中止となった。しかし、来日に合わせて用意していたメールでの質問に回答を寄せてくれたので、改めての来日実現を願いながらココにインタビュー記事をお届けする。彼女たちの音楽的なルーツや、キャリア40年近くに及ぶこれまでの歩み、そして気になる近況やフロントの女性3名だけで行うライブのことなどについて、マリ・カーシネン、スーザン・アホ、カロリーナ・カンテリネに訊いた。
(取材・文:吉本秀純/音楽ライター)

 

 

深化を続ける鮮烈なハーモニー

 

――ヴァルティナの音楽の根本にあるのは、1983年に結成された頃からロシアと国境を接するフィンランド南東部のカレリア地方の伝統音楽だと思いますが、その特徴や歴史的変遷について改めて教えてもらえませんか?また、ヴァルティナが確立したスタイルは、どういった点がとりわけ画期的だったのでしょうか?

 

 カレリア音楽の歴史は、『カレワラ』(注:19世紀に編纂されたフィンランドの民族叙事詩。大作曲家として知られるシベリウスの楽曲にも多大な影響を与えている)に記録された古いルーン文字で書かれた歌を起源としています。11世紀頃には、カンテレや弓付き竪琴などの楽器を伴奏に歌われるようになったものです。ヴァルティナは、そのユニークな音作りで、カレリア独特の歌唱スタイルをよりポピュラーなものにしてきました。

 

――例えば、ブルガリア、コルシカ島、そしてフィンランドと隣接するバルト三国など。ヨーロッパとその周縁諸国では独自のハーモニーの合唱音楽が盛んですが、ヴァルティナのハーモニーはその中でも特に鮮烈なインパクトを放っています。皆さんも世界中のポリフォニーなどを聴かれていると思いますが、ヴァルティナに近いと感じられたものはありますか?

 

 ヴァルティナの音楽的なルーツにあるのは、フィン・ウゴル語派(注:ウラル語派に属する言語群で、フィンランド語、エストニア語、ハンガリー語などを含む)の文化ですね。でも、私たちは、ブルガリアの合唱団の音とハーモニーもとても好きですよ。

 

――すでに結成から40年近くの歩みの中で、ヴァルティナはメンバー構成や音楽的方向性において変遷を遂げてきました。これまでの活動の中でグループにとって大きな転機となった時期やアルバムについて、いくつか挙げながら現在に至るまでの流れを聞かせてください。

 

 最初の大きな転機となったのは、やはり1990年に子供の遊びの延長で始まったものからプロフェッショナルなバンドとしての活動に変わったことですね。92年に発表した4枚目のアルバム『セレニコ』の後は、私たちはより国際的な場で活躍してきました。そして、2004年にはカレリア地方の伝統を守り続けていることが評価されて、フィンランド政府から特別賞を受賞しました。
 また05年には、現代インドを代表する作曲家のA.R.ラフマーンと一緒に『ロード・オブ・ザ・リング』のミュージカル版の作曲を担当し、ロンドンとトロントでの公演が成功を収めたのも大きな経験でした。毎年開催されるワールド・ミュージックの世界的祭典であるWOMEXでは、12年にアーティスト・アワードを受賞。この10年間ほどは、多くの国際的に有名な音楽家や楽団(BBCコンサート・オーケストラ、サイモン・ホー、NITS、マギー・ライリー、エリザ・カーシー、フィンランド国立歌劇場、UMOジャズ・オーケストラ)とのコラボも立て続けに行ってきました。

 

――近年のヴァルティナの動きでは、2013年にカロリーナ・カンテリネンが新メンバーとして加入したことが最も大きな変化だったように思います。カロリーナさんはサーミ人の伝統歌謡であるヨイクにも精通されていますが、それは近年のヴァルティナの音楽性にどんな影響を及ぼしていますか? 

 

 カロリーナ・カンテリネンは、サーミ人のヨイクとはまた異なったカレリア人のヨイクに精通しているんですよ。ヴァルティナのレパートリーには、カレリアン・ヨイクの曲が1曲あります。

 

――現在のところ、最も新しいアルバムとなるのは2015年にリリースされた『ヴィエナ』です。この作品は、フィンランドと国境を挟んでロシア側にあるカレリアの伝統音楽が歌われている村を訪れ、現存する古老の歌い手たちと出会いから生まれたものです。『ヴィエナ』で到達した新境地について聞かせてください。

 

 すべての曲には、ヴィエナへの旅から影響を受けたストーリーがあります。また、アコースティックな音作りをより強めたのも、古き良き時代への敬意からです。『ヴィエナ』の収録曲は、どれも旅の中で起こった特定の経験や出来事からインスピレーションを受けています。

 

――マリさんもカロリーナさんもスーザンさんもシベリウス・アカデミーの民俗音楽科を卒業されています。フィンランドの優れた音楽家は、ジャンルを問わずにほとんどがシベリウス・アカデミーの卒業生である気がします。やはりフィンランドの音楽家にとって特別な教育機関なのでしょうか?

 

 シベリウス・アカデミーの民俗音楽科では、最高学位のプログラムを学ぶことができるんです。

 

――『ヴィエナ』以降のヴァルティナは、どのような方向に進んでいますか?また、すでに新しいアルバムを作り始めていれば、次はどのような作品になりそうかを聞かせてください。

 

 『ヴィエナ』の後、私たちは様々なプロジェクトに関わってきました。フィンランドのポップスのカバー・プロジェクトも行いました。今年の秋には、サリ・カーシネン(注:マリの実姉で、ヴァルティナ結成時のリーダー。1996年に世界的にヒットした6枚目の『コッコ』を発表後に脱退し、自身が新たに結成したグループやソロで活動を続けている)との新しい音楽ビデオをリリースする予定です。新曲も作っていて、来年のリリースを予定しています。

 

――今回の約10年ぶりとなる来日公演は、バンドを引き連れずにフロントの女性3名だけのシンプルな編成で行うとのことです。そのミニマムな編成で行う時の特徴を含め、どのようなコンサートになりそうかを予告編的に聞かせてください。

 
 残念ながら、COVID-19パンデミックの影響で今回のツアーは延期となってしまいました。3人だけの“ヴァルティナ・ヴォーカル”では古いレパートリーをよく取り上げています。フィンランドの5列アコーディオン、カンテレ、民俗的なフルートなどを各々が歌いながら演奏もします。

 

――最後に。ヴァルティナの音楽に関心を持つ日本の音楽ファンにメッセージや伝えたいことがあれば、自由に聞かせてください

 

 私たちは日本が大好きで、前回のツアーでも素晴らしい思い出がたくさんあります。近いうちにまた日本に行きたいと思っています!