Prime Interview 上野通明さん

掲載日:2023年11月17日

「バラエティに富んだプログラムですが、僕らが“今、感じていること”をそれぞれの曲で思う存分、発信したいと思っています。ぜひ、それをお楽しみいただけたら…」。2021年、難関で知られるジュネーヴ国際音楽コンクールのチェロ部門を日本人として初めて制し、現在はベルギーを拠点に、国際的かつ精力的な演奏活動を展開する俊英チェリスト、上野通明。同年代で盟友のピアニスト、北村朋幹と共に登場し、バッハとフォーレ、ベートーヴェン、ブラームスの名ソナタを披露する、新春1月のティータイムコンサートについて、熱っぽく語る。「北村君とのデュオは、毎回が新鮮。同じ曲を演ろうとも、常に新しい風を吹かせるように仕上げてゆくのが楽しい」「どんな空間であろうとも、ホールを楽器として鳴らすイメージでやっています」「常に音楽へ真摯に向き合い、自分の理想をずっと追い求めてゆきたい」…。真っ直ぐな眼差しの向こうには、一体、何が映し出されているのだろうか。

(寺西肇 音楽ジャーナリスト)

 

 

「今、感じていること」を発信したい

 

 

 

 「以前から、自分が大好きな曲ばかり。でも実は、そのうち3曲は、弾いた経験が無くて…『いつか機会があれば』と、ずっと貯めてきた曲を“詰め込んだ”という感覚かもしれません」。ヴィオラ・ダ・ガンバのためのバッハとヴァイオリンのためのブラームスの両「第1番」に、チェロのためのフォーレの「第2番」、そして同じくベートーヴェンの「第5番」…バロックからロマン期に至る4つの弦楽器の名ソナタを並べた、今回のリサイタルのプログラムについて、上野は説明する。

 

 

 唯一、弾いた経験があるのは、ベートーヴェンの第5番。「でも、一度きりで、それもずいぶん前のこと。少し“不完全燃焼”だったので、今回はリベンジの意味合いもあります。冒頭から爆発的で、突き抜けたテンションの曲。そんな雰囲気を余さず表現できれば」。かたや、フォーレは「ベルギーで勉強していると、フランス作品を耳にする機会も多いので、潜在的に弾きたい気持ちが強くなってゆきました。特に、ナポレオン没後100年の折に『葬送歌』として書かれた第2楽章の、祈りを思わせる和声感が気に入っています」。

 

 かたや、『雨の歌』の愛称で知られるブラームスは「ヴァイオリンを習っていた姉(現在はデュッセルドルフ交響楽団で活躍する上野明子)が弾くのを幼い頃から良く聴いていて、いつか自分も弾きたいと…」。チェロ版ではニ長調へ移調される場合が多いが、今回は原調のト長調で披露。「移調をすると少し違和感が…例えば、第1楽章の第2主題は、低音でのハ長調よりも、明るく前向きなニ長調で弾く方が、しっくり来ます。一方で、温かさや優しさが増して、素敵で美しく、魅力的なチェロ特有の表現ができるのでは、と考えています」。

 

 また、チェロでの演奏機会も多い、バッハのヴィオラ・ダ・ガンバのためのソナタは「第2番と第3番は弾いたことがありますが、第1番だけが経験なくて…元々はフルート2本と通奏低音のためのトリオ・ソナタだったのを、鍵盤楽器の2声部とガンバの1声部へと移し替えたと考えられている曲なので、お互いに会話するような掛け合いの楽しさや、穏やかで温かな楽想が、新年のフレッシュな気分にも相応しいと思い、選びました」。

 

 

 ピアノの北村朋幹とは、共演の機会が多い。「最も尊敬するアーティストの一人。曲に取り組む熱量も、ステージを重ねつつ、自然と蓄積されてゆく音楽的知識も、半端ではありません。しかも、その知識だけで音楽を組み立てる訳ではなく、音楽家として、独自の世界感を持っています。舞台上でもすぐ反応したり、仕掛けてきてくれたり…毎回が新鮮で、たとえ同じ曲を弾いても、常に新しい風を吹かせるように仕上げるのが、とても楽しい。今回のステージでも、僕たちが『今、感じていること』を思う存分、発信したいと思っています」。

 

 

 ジュネーヴ国際音楽コンクールでの快挙で、一躍スターダムを駆け上がった。「急にステージの回数は増えましたが、そこから勉強できることは沢山あるし、色々な経験をさせていただけるのは、凄く有難いことです」。コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻など、激動の世界情勢の中にあって「自分が今、何気ない日常を送れる有難みや、人前で演奏できる喜びが、いっそう強まりました」。一方で「ロックダウン中は、時間が沢山あったので、レパートリーも増やしたり、普段の自分の弾き方を色々と変えて試して、調整したりする良い機会に…」とも。

 

 

 2022年秋にバッハ『無伴奏チェロ組曲』全6曲の録音[La Dolce Volta]を発表。ピリオド奏法を採り入れつつ、現代性にも満ちた流麗な快演が話題に。国内はもとより、世界各地でライヴ公演も重ねている。実は、チェロを始めたきっかけも、この傑作。5歳の時に観た映像番組で、ヨーヨー・マが弾く姿に魅了されたのだという。「弾き方とか、音の響きとか、とにかく格好良くて…僕はもともと、高音よりも中低音の方が好きで、すごく憧れがあって…『深みがある』と強く感じました」。

 

 

 そして1年間、両親にねだり続けて、ようやく最初の楽器を手にした。その直後、父親の仕事の関係で、スペインのバルセロナへ移住。同地で学んだチェロの教師は「バッハの無伴奏が弾きたい」と言う幼い少年に、初めから望む曲の手ほどきをしてくれたという。「驚きましたが、とても嬉しかったのを覚えています。その後も色んな国へ行くたび、様々な先生からご指導やアドバイスをいただいて…。まさに、この作品は、常に自分の傍にある感覚。自分と一緒に成長し、進化してくれる特別な存在だと捉えています」。

 

 現在は、ピーター・ウィスペルウェイとゲイリー・ホフマン、2人の世界的名匠に師事している。「ウィスペルウェイさんは人柄も個性的で、一緒にいると、こっちまでワクワクするような魅力的な方。それが彼の音楽にそのまま通じています。ホフマンさんも、すごく温かな人柄。ただ楽譜に記されていることに留まらず、『どうして、こう書かれているか』を深く追求するアプローチは、とても勉強になります。お二人の美点を、少しでも多く吸収できれば、と努力しています」。

 

 

 ミラノの名工パオロ・アントニオ・テストーレが1758年に製作した銘器が、上野の現在の“相棒”だ。「作られてからほぼ300年、様々なチェリストの手で弾かれた楽器が今、自分の手元にあって、それを弾けるのは特別な感覚だし、有難い気持ちでいっぱいです。古いだけに繊細で、天気によっても機嫌の良し悪しがあるのですが、音質がとても柔らかくて、ノーブル(高貴)な楽器だと実感しています」。

 

 

 また、「ジャンルに囚われ過ぎたくない」と力を込める。「自分が良いと思ったら、積極的に色んなことに挑戦していけたら…。一方で、例えば、ミェチスワフ・ヴァインベルク(1919~96、ポーランド出身の作曲家)の曲など、僕自身で聴いて凄く気に入っているのに、まだまだ弾かれていないチェロの作品は、たくさんあるので、そういったものを自分のレパートリーに採り入れていけたら、と思っています」。

 

 

 最後に、自分にとっての“チェロ”とは? 「お喋りが余り得意でない自分に代わって、“僕の声”を表現してくれる存在ですね」。さらに、“音楽”とは?「言葉では伝えられないことも、チェロを使えば直に心へ語りかけることができる。魔法のようなものでしょうか…」。それでは、理想の演奏家像とは? 「音楽へ常に真摯に向き合い、自分の理想をずっと追い求めたい。そして、いつか自分にしかできない世界観や音楽が、自然と出来るようになれれば、嬉しいですね」。真っ直ぐな眼差しは、音楽の未来を見据えている。