Prime Interview 寺田悦子さん、渡邉規久雄さん

日本を代表するピアノデュオが奏でる、シューベルトの“軌跡”

掲載日:2023年3月9日

幅広いレパートリーによって実現可能な独自性の高い企画の演奏会を国内外で開催し、常に進化するピアニズムと作品の魅力を届けてくれる寺田悦子と、フィンランド音楽のスペシャリストであり、ドイツ音楽においても楽曲の深い理解がなせる卓越した演奏で国際的な演奏活動を展開する渡邉規久雄。それぞれが圧倒的な実力を持つピアニストであり二人はデュオとしても目覚ましい活躍を見せる。練りに練った選曲と演奏は、ピアノデュオの可能性と魅力を存分に聴衆に届けてきた。今回は「シューベルト 奇跡の1828年」と題し、オール・シューベルト・プログラムをザ・フェニックスホールで奏でてくれる。今回のインタビューでは選曲の意図はもちろん、“連弾”やシューベルト作品への熱い想いも存分に語って頂いたので、ぜひご覧いただきたい。

(長井進之介 ピアニスト/音楽ライター)

 

 

全ては“素晴らしい作品をお客様に伝えたい”

という想いから

 

 

 

――お二人は二台ピアノの演奏もされますが、自主公演でもシリーズを行うなど、近年は特に連弾に力を入れていらっしゃる印象が強いです。

 

寺田…もともとは連弾でリサイタルをやろうと考えていなかったのです。何しろ連弾というのはすごく制約の多いアンサンブルですから。非常に距離の近いアンサンブルですからどうしても動きにくいですし、プリモを弾いていたらペダルは自分では踏めません。一見簡単そうに見えますし、楽しいのですが、いざ演奏会を連弾で成立させようとすると、生半可な気持ちではとてもできません。非常に緻密に作り上げていく必要があります。我々は夫婦として多くの時間を共有できるからこそできるのかなと思っています。どうしても連弾は一人で練習しているだけでは難しい部分も多いですし、一緒に作り上げていく作業がとても大切なので。

 

渡邉…きっかけはコロナ禍でしたね。2020年に演奏会が軒並み延期や中止となる中で、“短い時間であれば”ということで演奏会をさせて頂けることになりました。そんな時、ちょうど生誕250周年だったタイミングでしたし、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲《大フーガ》(op.133)の連弾版をやるのはどうかと思いまして。これを中心にベートーヴェンの連弾曲を集めたところちょうど50分くらいになり、指定の演奏時間にもぴったりでした。

 

寺田…《大フーガ》は恐ろしく難しい作品ですし、平時だったらおそらくやっていなかったと思います。しかし、あらゆる演奏会がキャンセルになり、大学でのレッスンもお休みになってしまったのでかなり時間があったのですよね。そこでやってみたところ、お客様も大変喜んでくださって。せっかくだから連弾を続けていこうよということになったのです。

 

――今回はオール・シューベルト・プログラムですが、これまでもお二人はドイツ語圏の作曲家のレパートリーを中心に演奏されてきましたね。

 

寺田…ドイツものを中心にしようという意識はしていません。ただ、連弾作品の起源といえるものはモーツァルトやシューべルトの作品にあると考えており、またベートーヴェンやブラームスもすぐれた作品を遺していますね。連弾というジャンルが特にドイツ語圏で流行したことも関係しているのでしょう。2台ピアノになるとフランスやロシアの作品に優れたものが多くありますので、またプログラムは変わってきます。

 

渡邉…寺田も私もシューベルトの後期のソナタをリサイタルで弾いていますし、シューベルトは特に身近な存在として感じていることも大きいですね。

 

寺田…またシューベルトは作品番号(D)の1番が連弾作品(《幻想曲ト長調》)ですし、生涯にわたってこのジャンルに取り組んでいますし、亡くなった年である1828年には特に充実した作品を遺しているのです。

 

――今回のプログラムでは《幻想曲ヘ短調》(D950)や《アレグロ「人生の嵐」》(D951)など名作が並びますが、中でも《弦楽五重奏曲 ハ長調》(D956)の存在感が非常に大きく感じられます。

 

寺田…偶然、知人が楽譜をくださったことがきっかけでこの曲の連弾編曲版の存在を知りました。弦楽器のための作品ですが、ピアノで弾いても効果的で、ぜひ多くの方にお聴き頂きたいと思ったのです。

 

渡邉…この曲を演奏することを決めてから今回のプログラムが作り上げられていきました。
 組み合わせは色々と検討しましたが、数多くの作品の中でもやはりシューベルト最後の年である1828年のものは特別。ほんの数か月の間に名曲が次々と書かれているのです。今回はその中から3曲を選ばせて頂きました。

 

寺田…基本的にはいつも“これを弾きたい”、“これを聴いて頂きたい”という曲を見つけて組んでいきます。バラエティ豊かなものにするのか、ある程度傾向をまとめるかなどはその過程で色々と考えますね。いずれにしても、素晴らしい作品をお客様にお伝えするのが私たち演奏家の仕事だと思っています。特にピアノのコンサートにお越しくださる方は室内楽の演奏会に出かける機会が少ない傾向があるようです。今回の連弾版を通して《弦楽五重奏曲》の原曲にも触れて頂けたら嬉しいですね。

 

――《弦楽五重奏曲》の編曲は複数あると伺ったのですが、今回は誰のものを使われるのでしょうか。

 

寺田…ヒューゴ・ウルリッヒ (1827-72)の編曲版を使用します。ベートーヴェンの交響曲の編曲もしていた人なのです。

 

渡邉…原曲に忠実かつ、ピアノで演奏するにあたって効果的な音遣いが特徴的です。

 

 

――とても魅力的なプログラムで期待が膨らみますし、お二人のシューベルトへの愛情も感じられます。ところで、お二人がシューベルトを愛奏されるようになったのはなぜだったのでしょうか。

 

寺田…実はウィーンに留学中はあまり弾く機会がなく、帰国してからよく弾くようになったのです。

 

渡邉…私もそうでしたね。

 

寺田…永遠と続いていくメロディ、付随する和声の美しさはもちろん、ちょっとした音の動きで一気に世界が変わっていく様が魅力的ですね。

 

渡邉…短調でありながらも明るかったり、逆に長調でありながらも深い哀しみを湛えているところも心を掴まれます。特に彼の作品から溢れ出てくる哀しみの感情が素晴らしいと思います。ピアノソナタなどの緩除楽章など弾いていると涙が出てきてしまいますね。彼の純粋な心そのものが感じられるような気がしてくるのです。

 

寺田…彼の音楽にはまったく作為的なものがないのも魅力的です。楽曲の終わらせ方が唐突だったり、まとめ方が決して上手とは言えないところもありますし、繰り返しの多さを仲間たちから指摘されても、頑として“これでいいんだ”と譲らなかったそうです。どこまでも素直に音楽に向き合っていた姿勢が音楽に表れているのも素晴らしいなと。また舞曲や舞曲風の曲を弾いていると、ウィーンっ子ならではのリズム感が感じられます。その軽やかさも魅力的ですし、どこか即興性のある自然な音楽の流れも素敵です。

 

――今回のプログラムはお二人にとってとりわけ特別なものとなりそうですね。

 

寺田・渡邉…今回演奏させて頂くザ・フェニックスホールはお客様との距離が近いながらも、天上が高く空間の豊かさもあり、とても美しい響きを楽しんでいただける場所です。連弾を楽しんでいただくのにとてもぴったりだと思います。ぜひシューベルトの天才ぶり、そして魅力的な音楽の世界を味わっていただきたいです。