Prime Interview 阪田知樹さん

フランツ・リストの地、ハンガリーで認められた逸材
阪田知樹さん

掲載日:2018年7月18日

若きピアニスト阪田知樹の名は、2013年にアメリカで開催されたヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールにおいて最年少入賞を果たしたことで一躍広く知られるところとなった。当時19歳。その後、ドイツのハノーファー音楽大学に留学し、名教授として知られるアリエ・ヴァルディに師事。名手パウル・バドゥラ=スコダからも多くのことを学んでいる。2016年にはハンガリーで開催されたフランツ・リスト国際ピアノコンクールで優勝の栄冠に輝いた。リストの地、ハンガリーで演奏が認められたのである。演奏はおおらかで骨太でエネルギッシュ。これから幾重にも変容していく限りない可能性を秘めたもので、往年のピアニストの古い録音を愛し、歴史的名演からも多くを学んでいるためか、演奏はどこかなつかしく古典的な空気をただよわせている。今回のリサイタルではリストを主軸に、こよなく愛すベートーヴェンとスクリャービンを加え「いま」の心身の充実を演奏に託す。                      

(取材・文:伊熊よし子/音楽ジャーナリスト)

 

リストへの深く強い思いを

聴いていただけたらと思います

 

今回のプログラムはベートーヴェンのピアノソナタ第31番で幕開けするという、最初からエネルギー全開の構成ですね。

そうなんです。ぼくはいま、ベートーヴェンのピアノソナタに集中して取り組んでいる時期ですので、ぜひ演奏したいと思ったのです。第31番を選んだのは、4年間ドイツに住んでチェンバロやフォルテピアノも勉強するなかで、ベートーヴェンはロマン派への道しるべを示唆しているような、シューマンやショパンをある意味で超えたロマン性が作品に内包されていると思ったからです。このソナタは第30番、第32番とはまた異なる超自然的な世界観が感じられ、天国の門が開いていくようなスピリチュアルな面も含んでいます。第30番は美しい作品ですから大好きで、人間的な温かさを感じます。第32番はドラマティックな悲劇性を孕んでいる。各々異なる個性を放ち、ベートーヴェンの人生を映し出しているようです。いずれはこの後期3大ソナタを弾くリサイタルを行いたいと考えています。

 

 

2016年のフランツ・リスト国際ピアノコンクール(以下リスト・コンクール)優勝は、阪田さんにどんな意味合をもたらしたでしょうか。

子どものころからリストが大好きでしたので、この優勝は本当に大きな意義を感じています。リスト・コンクールはアニー・フィッシャー、ラザール・ベルマン、ディノ・チアーニ、パウル・バドゥラ=スコダをはじめ、ぼくが敬愛する多くのピアニストが優勝&入賞しているコンクールですので、いつか受けたいと思っていました。5年に1度ブダペストのリスト音楽院を舞台に開催されるのですが、毎回課題曲が少しずつ異なるため、自分がもっとも演奏したい作品のときに受けたいと思っていたのです。2016年は審査員もすばらしく、シプリアン・カツァリス、ミシェル・ベロフ、クン=ウー・パイク、レスリー・ハワードら現役のピアニストの名前が並び、作曲家のジェルジ・クルターグも参加していました。もうこれは受けるしかないと思い()、万全の準備をして臨みました。

 

 

このコンクールは第1次予選からファイナルまで、どのような形式で行われるのですか。

この回はリスト没後130年の記念の年でしたから、課題曲はオール・リストで、第1次予選はエチュードと自由曲です。緊張はありませんでしたが、短い曲ばかりでしたので集中力の持続に苦労しました。続くセミファイナルは、もっともリラックスして弾くことができました。ぼくは歌劇 「ノルマの回想」を弾いたのですが、演奏が終わったらバルコニー席の審査員全員がスタンディングオベーションで演奏を称えてくれたのです。これには驚くとともに深く感動しました。そしてハンガリーの審査員から「こんなにすばらしいリストを聴いたのは、リヒテルがハンガリーに来て弾いた以来だ」といわれ、生涯忘れられない思い出となりました。ファイナルは、ソロとコンチェルトの2回が組まれていました。コンチェルトはピアノ協奏曲 第1番、第2番、「死の舞踏」の3曲全てを用意し、本選の前々日にくじ引きで自分が演奏する一曲が決まるという形でした。優勝が決まった瞬間は、本当にうれしかったですね。いま師事しているアリエ・ヴァルディ先生は「これできみは世界一のリスト弾きになった」といってくれました。以来、よくハンガリーで演奏しています。ハンガリーは長い伝統と歴史、豊かな文化を持つ国ですが、食事もとてもおいしいんですよ()

 

 

ハンガリーでは、やはりリストを演奏する機会が多いのでしょうか。

いいえ、他の作品も演奏しています。つい先ごろのハンガリーのツアーでは、ラフマニノフのピアノ協奏曲 第3番を演奏しました。ドイツでは、エルプフィルハーモニー・ハンブルクの室内楽ホール、ライプツィヒのゲヴァントハウスでも演奏しています。こうした場所ではスクリャービン、ブラームス、JS・バッハなどの作品をプログラムに組んでいます。ぼくはアナログ人間で、古い録音もいろいろ探して聴いていますが、楽譜に関しても図書館にいって自筆譜などを徹底的に調べます。古い楽譜も収集していて、今回のリストの「ラ・カンパネラ」は、1838年版の楽譜を手に入れたため、ふだんみなさんが聴いていらっしゃる「ラ・カンパネラ」とはひと味異なる演奏になると思います。「狩り」もより華やかな演奏になります。「メフィストワルツ 第1番」もゴージャスで立体的で密度の濃いブゾーニ版を用います。ピアノソナタ ロ短調にも期待してくださいね。

 

 

阪田さんは歴史に名を残す名ピアニストの演奏をこよなく愛し、とりわけスクリャービンを得意としたロシアの偉大なるピアニスト、ウラディーミル・ソフロニツキーの録音は、片時も離せないほどの愛情を注いでいますが…。

実は、ヴァン・クライバーン・コンクールに参加したときも、ソフロニツキーの古い復刻CDを持参していきました。練習に疲れると、ぼくは彼のスクリャービンに耳を傾ける。するとインスピレーションが湧いてくるんです。ソフロニツキーの演奏は力の拠り所のような存在。コンクールでは、第1次予選でスクリャービンのピアノソナタ 第5番を弾きました。以来、このソナタは各地で演奏する愛奏曲となっています。今回はそのソナタの前に小品を3曲置いていますが、スクリャービンはそれぞれ空気が変わっていくような曲想を備えていますので、その変化を体感してほしいと思います。実は、以前ロシアに演奏にいったとき、スクリャービン博物館を訪れました。ここはソフロニツキーが住んだこともある場所ですので、ずっとこの場にいたいと感じるくらい感動しました。

 

 

阪田さんは、幅広いレパートリーをお持ちですが、今後はどのようなレパートリーが増えそうですか。いまどの方面の作品に目が向いているでしょうか。

やはりベートーヴェンのピアノソナタにもっとも興味があります。ピアノソナタ 第29番 「ハンマークラヴィア」や「ディアベリ変奏曲」も視野に入っています。室内楽も大好きで、特に弦楽器と一緒に演奏するのが楽しいです。ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ、ブラームスのヴァイオリンソナタは演奏する機会が多いのですが、シューマンの室内楽にも惹かれています。異なった音世界を知りたいからです。実は、ぼくがリストにのめり込んだきっかけとなった曲は、中学2年のときに先生に薦められた「BACHの主題による幻想曲とフーガ」でした。それまで弾いていたモーツァルトやベートーヴェン、ショパンとはまったく違った音世界がそこにはあり、理解しにくいからもっと知りたいという欲求が湧いてきたのです。そこで「超絶技巧練習曲」やオペラの編曲などに次々と興味が広がり、交響詩全曲の録音を手に入れ、資料や伝記を読み、さまざまなピアニストの録音にも耳を傾けました。その後、16歳でバドゥラ=スコダ先生に師事した際、リストを徹底的に勉強しました。先生のパリのご自宅に4日間通いつめ、一日5時間ほどレッスンをしていただきました。そこで演奏の基礎を培いました。このころから、ぼくのなかでリストへの愛情が芽生えた気がします。今回のリサイタルでは、そのリストへの深く強い思いを聴いていただけたらと思います。