Prime Interview プラハ・グァルネリ・トリオ

9月 ティータイムコンサートに登場
チェコの伝統を体現する名人集団
プラハ・グァルネリ・トリオ

掲載日:2016年5月8日

チェネック・パブリーク(ヴァイオリン)とマレク・イエリエ(チェロ)、そしてイヴァン・クラーンスキー(ピアノ)という3人の名手により、1986年に結成されてから、今年でちょうど30年。「プラハ・グァルネリ・トリオ」は、“ボザール”や“フロレスタン”といった古くから続く名アンサンブルが惜しまれつつ解散して以降、特に貴重な常設のピアノ三重奏団として、世界の第一線で輝かしい活躍を続けている。そんな円熟の名人集団が9月、ザ・フェニックスホールのティータイムコンサート・シリーズへ降臨し、母国が誇る大作曲家スークとスメタナ、そしてブラームスによるピアノ三重奏の佳品をじっくりと聴かせる。卓越した音楽性と阿吽の呼吸で名演を重ねて世界中の聴衆を虜にしつつ、なお研鑽を怠ることなく、そのアンサンブルの精度と音楽性を磨き上げて来た名手たち。その真摯で謙虚な言葉は、まるで彼らが紡ぐハーモニーのように温かな音楽への愛情に満ちている。
(取材・文:寺西 肇/音楽ジャーナリスト)

 

 

 

音楽の礎を愉しみ 幸せに

 

 

「プラハ・グァルネリ・トリオ」結成のきっかけは、何だったのでしょう?
マレク・イエリエ(以下M) イヴァンは、チェネックと私、両方とずっとデュオで演奏していたんです。やがて彼はそれらを区別できなくなって(笑)、2つのコンサートを一度にやるようになり、遂に私たちは、ふたつのデュオを合体させて、ひとつのピアノ・トリオを創ることを決めたって訳です。

 

 

ピアノ・トリオの醍醐味とは? そして、最も重要なものとは?
イヴァン・クラーンスキー(以下I) 私たちは共に演奏し始めた時点から、トリオだからこそ生み出し得る、偉大なレパートリーの多彩さや豊潤さ、濃密さをずっと楽しんでいます。このような室内楽のジャンルにおいては、ソリストとしての経験がとても重要である一方、時に一歩引いて、他の楽器を輝かせるための余地を残しておくことができることも、必須の能力です。

 

 

同じメンバーで、長く活動を続けられるコツとは?
M こんなに長い期間にわたって、共に演奏を続けて来られた秘訣とは、お互いに寛容であり、尊敬し合い、それぞれの音楽的な発想を尊重していることですね。そのお陰で、30年を経ても、コンサート活動で海外へ出掛ける旅行の時間を、共に分かち合えていますよ。

 

 

アンサンブル名にも「グァルネリ」と冠されていますが、やはりグァルネリ一族の楽器は特別ですか?
チェネック・パブリーク(以下C) グァルネリ・デル・ジェス(※1)は、ストラディヴァリウス(※2)の最も偉大なライヴァルと目されていて、その壮麗なサウンドが「ストラディヴァリの楽器を凌ぐ」と見なしているソリストも多くいます。私が弾いているヴァイオリンは、有名なアメリカのヴァイオリニスト、エフレム・ジンバリスト(※3)が、かつて使っていた楽器。そして、マレクのチェロはグァルネリ一族の始祖アンドレーアによって製作された楽器で、大バッハよりも1歳年上です。

 

 

長い音楽の伝統を持つチェコ。どのような点に、それをどう感じていますか?
I アントニン・ドヴォルザークは生前、「チェコ共和国は、ヨーロッパの音楽学校だ」と述べました。チェコの伝統は、ドヴォルザークによって確立された、独特のクリアなメロディー・ラインに根差しています。

 

 

日本の聴衆の印象はいかがですか?
C 日本での演奏は、楽しいですね。コンサートには、いつも大勢のお客様がお見えになって、熱心に、丁寧に聴いて下さる。そして、私たちは、室内楽の真の価値が分かる人々の前で演奏しているのだ、と感銘を受けています。

 

 

ザ・フェニックスホールでのステージで、最初に取り上げるのは、スークのエレジー。短いけれど、とても美しい曲ですね。
M スークはドヴォルザークの弟子で、娘婿でもあります。この「エレジー」はチェコの歴史の草創期を綴った詩に触発されて書かれました。その旋律的でロマンティックな楽曲が、劇的で、あたかも交響楽のような、スメタナによる作品にぴったりの前奏曲になると考えました。

 

 

続くスメタナのピアノ三重奏曲は、チェコ人にとって、特に思い入れ深い作品ですね。
I その通りです。スメタナは、才能にも恵まれていた、最愛の娘を亡くした直後に、この作品を書きました。第1楽章は悲痛な感傷に満たされている一方、第2楽章では彼女の子供時代を回想します。第3楽章と最終楽章は、初期のピアノ・ソナタの主題で始まり、葬送行進曲が続くのですが、これが生気に満たされ、やがて楽観へと導く、輝かしい調べとなってゆくのです。意外なことに、この作品の初演は、完全な失敗でした。と言うのも、ピアノを弾いていたスメタナが余りにも情緒的になり過ぎて、演奏するのがやっとという状態だったからです。しかし、ほどなくスメタナが、リストとの出逢いによって、再び創作へ向き合うのに必要な衝撃を受けて、この作品はチェコの室内楽にとって、栄えある存在となりました。

 

 

そして、最後は、ブラームスの第1番。改訂に伴い、この曲には2つの版がありますが、第2稿を使いますか? また、ブラームスの3曲のうち、この曲を選んだ理由は? 
M もちろん、第2稿の方を演奏します。下書きにあたる初期稿よりも、比較しようがないほど、完成度が高いですから。ブラームスの若い時代の作品の多くは、アイデアと創意に満ちています。彼が年齢を重ねて、再びこれらに立ち返り、変換することで、それらの作品は全く異なる次元の完成度と円熟味、奥行きを得ました。そして、これこそ、私たちが、この作品を最も気に入っている理由なんです。

 

 

ステージ全体を通して、聴衆に「特に、ここを味わってほしい」という点は?
C 私は、作品の全てを理解し、作曲家によって込められた意図を知ろうとする必要はないと思います。ただ、聴いて下さる方々が私たちの音楽を愉しんでいただけたら。そして、私たちは自分の演奏を通じて、それを聴いて幸せに満ちている人たちの心に触れられたら、と願っています。

 

 

室内楽と聴衆との関係を、どう捉えていますか?
M 音楽とは、コミュニケーションのための器のようなもの。そして、オーケストラのコンサートに出かける機会は、室内楽を愉しむ機会よりもおそらく多いでしょうが…でも、全く逆に、室内楽は高尚なものではないんです。実際に、ほとんどのオーケストラ奏者は、室内楽によって鍛えられ、多くの人が自分たちの音楽教育において、最も重要な部分を占めていたと考えています。しかし、室内楽は、より耳の肥えた聴衆が愉しんでいるのも事実です。なぜなら、多くの場合、作曲家の感情を最も直接的に表現するものであるから。例えば、スメタナのピアノ三重奏曲のように…。

 

 

「プラハ・グァルネリ・トリオ」の最終目標とは? また今後、取り組む予定の大きなプロジェクトは?  そして、3人にとっての夢とは?
I 私たちにとって、最終目標は存在せず、ただ、いつまでも演奏し続けてゆくだけですね。音楽と言う天空には、限りがないですから。これからのプロジェクトとしては、女性作曲家の作品だけを集めた新録音で、結成30周年を祝いたいと考えています。そして、クラシック音楽の伝統を引き継ぎ、その世界における重要性を高めるために、ほんの少しでも貢献できれば。それが、私たちの夢ですね。

 


 

※1 イタリア・クレモナの弦楽器の名工グァルネリ一族の3代目、バルトロメオ・ジュゼッペ・アントーニオ(1698~1744)が製作した楽器。製作者が胴体内部に貼ったラベルに、シエナの聖人ベルナルティーニの印が記され、ここにある「HIS」の文字がギリシャ語によるイエスの綴り字を示すことから「Guarneri del Gesùイエスのグァルネリ」と称された。同じ理由から、製作者本人も「ジュゼッペ・デル・ジェス」とも呼ばれている。

 

※2 同じクレモナの名工、アントーニオ・ストラディヴァリ(1644~1737)が製作した弦楽器の総称。言うまでもなく、現代においては、銘器の代表格として知られる。

 

※3 Efrem Zimbalist(1889~1985)はロシア出身、主にアメリカで活躍。名教師としても知られる。