Prime Interview ミハル・カニュカさん

室内楽でも活躍するチェコ出身の名チェリスト ミハル・カニュカさん

掲載日:2015年3月4日

フォルティッシモで豊潤な響きを聴かせたかと思えば、一転、ピアニッシモでは繊細な音色で囁き掛ける。それでいて、音の核が失われることは決してない。作品全体を俯瞰する見事な構成力の一方では、楽譜の裏の裏まで緻密に掬い取る洞察力も。多様な魅力に彩られたしなやかなプレーで、世界中の聴衆を魅了しているチェリストのミハル・カニュカ。チェコの名人集団プラジャーク・クワルテットのメンバーとしても数々の快演を重ねて来た名手が、6月のティータイムコンサートに登場し、ベートーヴェンのチェロ・ソナタから第2番と第4番、そして第3番を弾く。「私にとって、ベートーヴェンは最も重要な作曲家。だが、同じ作曲家の作品でも、これら3曲には、明確な違いが存在する。作品ごとに、違ったニュアンスを表現したい」と語るカニュカ。持ち前の自在かつ鮮烈な表現力を武器に、3つの佳品それぞれの魅力に磨きをかけて、新たなベートーヴェン像の構築を目指す。(取材・文:寺西 肇/音楽ジャーナリスト)

 

曲ごとの陰影 緻密な音で

 

―今回取り上げる3曲は、約10年おきに作曲され、同じベートーヴェンのチェロ・ソナタと言っても、ずいぶん性格の違いがありますね。
 
ベートーヴェンのチェロ・ソナタと、例えば、彼の弦楽四重奏曲との間には、明確な共通項が存在します。しかし、この2つのジャンルを考えてみても、古典期のさなかにあった初期と、既に前期ロマン派の要素を先取りした中期、そして、一般的に「哲学的」と評される後期の作品とでは、はっきりと違いを認識することができます。これらの作曲時期を常に心に留めつつ、作品ごとに異なる“陰影”を表現しなければなりません。

 

―あなたにとって、ベートーヴェンとは。
 最も重要な作曲家です。でも、白状すると、私のみならず、全てのチェリストにとっては、あくまで大バッハに続く存在としてでしょう。それは作品の持つ魅力だけではなく、私の楽器のために、より多くの作品を書いてくれたせいなのですが…(笑)。

 

 

―共演の三輪郁さんは、どんなピアニストでしょう。
 三輪さんとは日本だけでなく、ヨーロッパのステージでも何度か共演させていただきましたが、とても心地よく、プロとしての共同作業を行うことが出来ました。私たちは友人として、お互いを理解し合っていますが、このことは、2人の演奏にとって、とても重要なことです。ベートーヴェンのチェロ・ソナタのピアノ・パートは非常に難しいのですが、彼女は技術的な完璧さはもちろん、とても創造的で音楽的に刺激し合えるパートナーになる、と確信しています。

 

―ザ・フェニックスホールの印象は。
  ソナタのような室内楽は、小さな空間こそが適しています。そもそもベートーヴェンの時代、これらの作品は、様々な屋敷のサロンで披露されていたのですから。それに、室内楽に理想的な規模、何より、素晴らしい音響を考え合わせても、ザ・フェニックスホールは大好きな場所ですね。

 

 

―ところで、どうしてチェロを始めたのですか。
 私の父はヴァイオリニストで、プラハ国立歌劇場のオーケストラの団員として、50年以上も弾き続けています。だから、私と2つ年上の兄にとっては、小さい頃から楽器を弾くことは、とても自然でした。そして、私が7歳の時、「カニュカ・ピアノ三重奏団」を結成することに。その時、兄は既にピアノとヴァイオリンを習い始めていたので、私は必然的に(笑)、チェロを弾かねばならないことに…。でも、今はとても有り難いことだったと思っていますよ。

 


―「弦の国チェコ」の伝統を意識していますか。
 どの国にも必ず、とても優れた弦楽器奏者はいるものです。しかし、例えば、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団や、音楽史上に残る古いボヘミアの四重奏団、あるいはスメタナ弦楽四重奏団(*1)、大ヴァイオリニストのヨセフ・スークほか、多くのチェコ人の演奏家が紡いで来た、「チェコならでは」の特徴的な、温かく独特なサウンドが存在するのは確かですね。私もこの伝統を受け継ぐように精進してゆきたいし、私の弟子たちにも同じように努力してくれるよう、伝えてゆきたいと思っています。

 

 

―チェロを演奏する上で、最も大切なこととは。
 どんな楽器にせよ、音楽を愛することが何よりも重要。そして、偉大な作曲家やその作品から、常に何かを学び取ろうとするのが肝心です。技術的には…『チェロを弾くのはたやすいこと。正確な場所に、正確なタイミングで指を置けばいい』…と言うのは、もちろん冗談ですが(笑)、かつて大バッハがこう語ったのだとか。

 

―たとえピアニッシモでも、決して芯を失わない表現力が印象的。何か秘密があるのですか。
 秘密は何もないんです(笑)。私はただ、緻密なアーティキュレーション付けが好きなんです。リズムだけではなく、正確な“音創り”を心掛けること。これは、例えば、バッハの演奏の上でも、とても助けになるだけでなく、必須のことでもあります。

 

―愛用のチェロは、どんな存在ですか。
 “木の女房”と呼んでいます。何せ、ホンモノの妻パヴリナよりも、長い時間を過ごすこともありますから。楽器を選ぶのには、自分が望むような美しい音が出るかだけでなく、手触りとか、もっと単純な…共に生活できるかとか、そこを見なくては。私の場合、この楽器と9年前に出会いました。それまでは、とても貴重で良い音のする1710年製ジョヴァンニ・グランチーニを弾いていたんですが、何せ300歳だけに、相手をするのに少し“疲れて”しまって…そんな時、幸運にもフランス人楽器製作家のクリスチャン・バヨンと友人になり、彼が私のために新しい楽器を作ってくれて、一目で気に入りました。これこそが、私の求めていた楽器でした。

 

 

 

―若い奏者たちに伝えたいこととは。
 昨年から「プラハの春国際音楽コンクール」の責任者を務めている関係で、私は今、世界中の若く才能ある音楽家たちの演奏を聴く機会に恵まれています。その質は素晴らしいのですが、頂点を極められる人材となると、そう滅多には…。しかし、どんなレヴェルにあろうと、人である限り、音楽からは大きな贈り物を得ることができる。そう私は、励ましてあげたいと思っています。

 

 

 

―プラジャーク・クワルテットなどでは、室内楽奏者としてもご活躍ですが…。
 私にとって、常に第一かつ最終的な目標とは、ソリストになることでした。しかし一方で、幼い頃から室内楽にも親しんできました。そして、私は今、両方の鍛錬を続けて来て、とても幸せだったと感じています。もちろん、双方のスタンスには違いも、それぞれ長所も短所もあります。しかし、私は自分の経験を通じて、それぞれの良い点だけを採り入れて、お互いをより充実させようとしています。さらには、プラハの2つの音楽学校で教えていることも、マスタークラスも、国際コンクールの審査も、すべてやるのは大変ですが、得るところも大きいんです。

 

 

―現代の作品の紹介にも精力的ですね。
 演奏活動を続ける限り、果てしなく作品を勉強し続けることは必須。その必然性は、現代作品にも当てはまります。私の義父は作曲家のインドルジフ・フェルド(*2)で、私は、彼が書いたチェロのための作品を全て演奏しましたし、つい数日前には、アメリカの作曲家、クリストファー・ストーン(*3)によるチェロとオーケストラのための協奏曲の初演を、今年11月に引き受けることにしました。こうしたことは決して終わりのないプロセスですが、そのお陰で、私たちは新たなアイデアを吸収でき、常に未来に触れていられる。ただただ、感謝するしかありません。

 

 

―最後に。あなたにとって、チェロとは。そして、音楽とは。
 チェロと音楽、そして家族は、私の人生のすべて。作曲家の美点と魅力を聴衆に届けることができるうちは、出来るだけ長く演奏を続けてゆきたい。そして、いずれ私は、良い聴衆となり、クラシック音楽の演奏会や音楽家の支援者ともなるでしょう。

 

 

※1プラハ音楽院の卒業生たちにより、1943年に結成。1989年に解散されるまで、
     世界的な名弦楽四重奏団として活躍した。
※2Jindřich Feld(1925~2007)。チェコの国民的作曲家。カレル大学やプラハ音楽院に学び、ドヴォルザークの流れを
汲む民族色あふれる作風で、子供のためのオペラからフル・オーケストラ作品まで、多彩なジャンルに200曲以上
      を遺した。
※3Christpher L. Stone(1952~)。ロサンゼルス出身、映画音楽などで幅広く活躍。