伊東信宏先生に、公演の聴き所をお伺いしました!

掲載日:2012年9月14日


「映画は音楽に嫉妬する」シリーズの企画・構成をされている伊東信宏先生。普段は大阪大学大学院文学研究科で音楽学を教えてらっしゃいます。今回のレクチャーコンサートでは、このシリーズで初めて自ら講師となり、映画と音楽の関係について語ります。その伊東先生ご本人に、今回の公演の聴きどころをお伺いしました。

Q1-今回取り上げる「ジプシーの恋」。登場するジプシーとはどのような存在だったのでしょうか。

「ジプシー」(ロマ)は、ヨーロッパでは厳しい差別の対象とはなってきましたが、一方で厳しい農作業のために土地に縛り付けられていた農民達からすると、気ままに旅をし、音楽や踊りに明け暮れる存在(現実はもちろんそんな気楽なものではありませんでしたが)として、ある種の「憧れ」の対象でもありました。この「憧れ」は、多くの劇や音楽劇を生み出します。「オペレッタ」(※1)の世界でも、エキゾティックなジプシーたちは伝統的な主題の一つでした。ヨハン・シュトラウスの『ジプシー男爵』(1885年)はそのようなジプシーを主題とするオペレッタの古典ですが、そこで主軸になっているのは瀟洒なウィーンの都と、ロマの豚飼いが支配するハンガリーの田舎、という対比です。これはまさにオーストリア=ハンガリー二重帝国(※2)という奇妙な体制がなんとか軌道に乗り出した時期の作品であり、この成功作の影響のもと、帝国の双子の首都の名を借りて「ウィーン=ブダペスト・オペレッタ」とでも呼べる諸作品を生み出しました。レハールの『ジプシーの恋』(1910年)はそのような系列に属するオペレッタです。

Q2-「ジプシーの恋」とはどのような作品ですか?

ここには幸せで幾分不安定な年頃の乙女が登場し、奔放でエキゾティックなロマの男性に憧れを抱き、彼とのロマンスを束の間夢見ます。オペレッタは、オペラの大衆版といっても良いものですが、大衆的な劇のたいていがそうであるように(一昔前の「トレンディドラマ」や昼下がりのドラマのことを思い浮かべていただければそのことは了解いただけるでしょう)、少し離れて見てみれば、人々の欲望をとても忠実に反映していました。『ジプシーの恋』の劇の中と同じように、何不自由ない暮らしをするご婦人たちが、悪魔のようにヴァイオリンの上手い黒い瞳のロマと駆け落ちしてしまう、といった事態は、当時の社交界で実際に話題となっていたようです。
ただ、大衆的な音楽劇だからといって、そして筋書きが他愛のない恋物語であるからといって、レハールの音楽が安っぽい作りである、というわけではありません。これはワーグナーばりの高級な技法(※3)を駆使しながら、しかも一度きけば忘れられない素晴らしい旋律に満ちたとてもよくできた作品です。

Q3-今回の公演の聴き所はどのようなところでしょうか。

今回の公演では、こういった『ジプシーの恋』の背景と、音楽の面白さについてお話しさせていただき、そして関西のスター歌手たちの歌で音楽としても楽しんでいただき、さらに全編を映像で見ていただこう、と思って準備を進めているところです。滅多に上演されない隠れた名作を存分に楽しんでいただければ、と思います。

※1 オペレッタ
 もとは「小規模なオペラ」の意味。歌や踊りを伴った大衆的で喜劇的な音楽劇をさす。オペラを庶民的なものにしようとしたイタリアの「オペラ・ブッファ」や、フランスの「オペラ・コミック」などの影響のもとで生まれた。フランスではオッフェンバックらが、オーストリアではヨハン・シュトラウス2世らがその発展に貢献し、20世紀に入ってからもレハールやカールマーンらが活躍した。オペラと比べ、セリフやダンスが多く組み込まれており、アメリカに波及したのちにミュージカルの誕生のきっかけとなった。

※2 オーストリア=ハンガリー二重帝国
 ヨーロッパ史上を代表する名門貴族、旧ハプスブルク家の君主が統治した中東欧の多民族国家。オーストリア皇帝がハンガリー王を兼任したことから二重帝国と呼ばれる。1865年にプロイセンとの戦争に敗れ、ドイツの統一に除外されてのち、領内の諸民族の反抗を抑える目的で67年にこの体制が成立したが、その後も民族問題が尽きることはなく、1918年のオーストリア革命により崩壊、ハプスブルク家も650年の歴史に終止符を打った。この帝国末期は、音楽や美術の面でヨーロッパの中心的な存在で、マーラーやシェーンベルクなど、多数の音楽家も輩出した。

※3 ワーグナーばりの高級技法
ワーグナーが後期音楽の作品でよく用いたライト・モチーフの技法。ライト・モチーフは示導動機と訳され、劇中の場面や登場人物を表す音楽の断片を指す。そのままメロディーで使われることはなく、その場面の性格に応じて自由に変形される。レハールは「ジプシーの恋」でこの書法を用いた。

伊東信宏(いとう・のぶひろ/講師)
 1960年京都生まれ。大阪大学文学部卒業、同大学院修了。リスト音楽院(ハンガリー)などに留学。大阪教育大学を経て2010年より大阪大学文学研究科教授。文学博士(大阪大学)。著書に『バルトーク』(中公新書、1997年、吉田秀和賞受賞)、『ハイドンのエステルハージ・ソナタを読む』(春秋社、2003年)。『中東欧音楽の回路―ロマ・クレズマー・20世紀の前衛』(岩波書店、2009年、サントリー学芸賞)など。朝日新聞、NHK-FMなどで解説、批評を担当。ザ・フェニックスホールでは2002年度からレクチャーコンサートシリーズの企画・構成を担当。これまでに「ピアノはいつピアノになったか?」(2002年度~04年度 全8回)をはじめ、大阪・いずみホールの専属楽団「いずみシンフォニエッタ大阪」の定期公演とも連携した「20世紀音楽」(2006年度~08年度 全6回)など、合計19公演に携わっている。2011年4月よりザ・フェニックスホール音楽アドバイザー。

<公演情報>

レクチャーコンサート「映画は音楽に嫉妬する vol.4」
伊東信宏 企画・構成
伊東信宏と聴く「ジプシーの恋」

■日時     2012年9月29日(土)16:00開演
■場所     あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホール
■出演     伊東信宏(講師)、福永修子(ソプラノ)、竹田昌弘(テノール)
片桐直樹(バリトン)、今岡淑子(ピアノ)

■プログラム   F・レハール:『ジプシーの恋』から二重唱「その庭を見てみたい」
J・シュトラウス2世:『こうもり』から「チャールダーシュ」
E・カールマーン:『チャールダーシュの女王』から
「楽師よ、ヴァイオリンを取れ」 ほか
都合により曲目などが変更にあることがございます。あらかじめご了承下さい。

■映画     ジプシーの恋 (1974年 ドイツ ヴァーツラフ・カシュリーク監督)

■料金     一般3,000円 (友の会価格 2,700円)
学生1,000円 (限定数、ザ・フェニックスホールチケットセンターのみのお取扱い)

■チケットのお求め・お問合せ:ザ・フェニックスホールチケットセンター
06-6363-7999(土・日・祝を除く平日10~17時)