音楽学者、柿沼敏江さんインタビュー
掲載日:2012年5月23日
音楽と映画の豊かな関係を、お話と生演奏、さらに上映も通じて探るレクチャーコンサート「映画は音楽に嫉妬する」。3回目の7月16日(月・祝)は、沖縄の離島が舞台の恋愛映画「ナビィの恋」(1999年 中江裕司監督)。地元・沖縄やアイルランドの音楽、オペラアリアなど「チャンプルー」顔負けの、多彩な味わいに溢れたミュージカル映画でもある。講師は京都市立芸術大学教授の柿沼敏江先生。アメリカ音楽や現代音楽がご専門。この映画に注ぐ視線を、伺った。
レクチャーコンサート「映画は音楽に嫉妬する」 沖縄舞台の「ナビィの恋」を語る音楽学者・柿沼敏江さん
現代作曲家と民謡の接点
「ナビィ」を取り上げたのは、マイケル・ナイマンの音楽が含まれていることが大きいです。あの「ピアノ・レッスン」(ジェーン・カンピオン監督 1993年カンヌ映画祭グランプリ)で音楽を担当した現代英国の作曲家。直接インタビューをしたことが3度あり、彼の音楽の魅力を伝えたいと考えました。
初めて会ったのは89年。「英国式庭園殺人事件」はじめ、英国のピーター・グリーナウェイ監督の映画音楽で注目されていました。新作「数に溺れて」の封切のころだったと思います。
彼の作品は「パロディ」が多い。パーセルやヴィヴァルディの楽曲から一節を借用、何度も反復して変化させたり、モーツァルトの曲の一節から少しずつ音を抜き取って新奇な和声進行を作ったり。アクの強い映像と相まって、独特の効果を醸します。ミニマルミュージックの要素もあり、若者に人気が高い。
彼の音楽は情緒に訴える力が強い。でも、創作プロセスは極めて理知的です。実は彼、元々は音楽学者志望。ルーマニアで民謡を収集し、バロック作品の楽譜を校訂、実験音楽の本も書いた研究肌です。でも、あの頃は映画の仕事が楽しくて仕方がない様子で「文章書くなんて、ばかばかしくて」なんて言う。
作曲家が、他のメディアと協働するのは素晴らしい。ストラヴィンスキーとバレエが良い例。音楽が新しい活気を得ます。ナイマンも豊かな学識を駆使し、新たな世界を拓いて勢い付いていたんでしょう。ただ、聞き手の私は研究者。少しムッとして「文章、書いてます」って言ったら、黙り込んじゃった(笑)。でも彼の音楽を分析して『Wave』誌に発表して見せると喜んでくれ、以後もインタビューを重ねています。
ナイマンの音楽が「ナビィの恋」で出るのは、最初と最後。ピアノで三線(沖縄の三味線)と共演もしていて、印象的。民謡に理解の深いナイマンだからこそ、実現したんじゃないかな。
三線は、本編にも繰り返し出てきます。沖縄や八重山の民謡が奏でられ、特に嘉手苅林昌(かでかる・りんしょう)さんが秀逸。戦後沖縄の代表的な民謡歌手で、妻役の大城美佐子さん共々、素朴な弾き語りを聴かせてくれます。私は、米国の現代音楽を研究する中で民謡の豊かさを深く知り、この映画を観て、お2人に会いたいと思いました。嘉手苅さんは残念ながらお亡くなりになっていますが今回、大城さんをお迎えします。ノリの良いアイルランド音楽も映画の聴きどころ。沖縄にアイルランド。唐突な組み合わせの感じもあるかもしれませんが、両者を繋ぐお話もします。これはぜひ公演で。
(構成:ザ・フェニックスホール 谷本 裕)
柿沼敏江(かきぬま・としえ)
静岡県出身。カリフォルニア大学サンディエゴ校博士課程修了。ハリー・パーチの研究で博士号取得。著書『アメリカ実験音楽は民族音楽だった』(フィルムアート社、2005年)。主要訳書:ジョン・ケージ『サイレンス』(水声社、1996年)、スチュアート・ホール他編『カルチュラル・アイデンティティの諸問題』(共訳・大村書店、2000年)、『アラン・ローマックス選集』(みすず書房、2007年)、アレックス・ロス『20世紀を語る音楽』(みすず書房、2010年、ミュージック・ペン・クラブ賞)など。細川周平編『民謡からみた世界音楽―うたの地脈を探る』(ミネルヴァ書房、2012年)に民謡収集家のローマックス論を寄稿。京都市立芸術大学音楽学部教授。平安時代初期から伝承されている「一絃琴」の名取でもある。
柿沼敏江と聴く「ナビィの恋」
2012年7月16日(月)15:00開演。大森ヒデノリ(フィドル)、丸谷晶子(ソプラノ)、松阪健(イーリアン・パイプス、コンサーティーナほか)、岡崎泰正(ギター)、大城美佐子、泉勝男、堀内加奈子(以上、三線)で、沖縄民謡:十九の春、月ぬ美しゃ(つきぬかいしゃ)、アイルランド民謡:ロンドンデリーの歌ほか。公演終了後、映画:「ナビィの恋」全編上映(92分)。入場料 一般¥3,000(友の会価格¥2,700)。学生¥1,000(限定数・電話予約可・当ホールのみお取り扱い)チケットセンター06・6363・7999(平日午前10時~午後5時)。