平野一郎さんインタビュー
安土桃山期の「イソップ」で音楽物語
掲載日:2011年9月16日
音と語りで綴る「ホント」
天草版の伊曾保物語(いそぽのふゎぶらす)は、天草で布教していた外国人のカトリック宣教師と、日本人信徒の語学読本として発刊されたそうです。グーテンベルク印刷機を使った、日本初の活版印刷物。話し言葉をローマ字で記した、安土桃山期の「南蛮文化」の代表的な書物です。
物語は生命力に溢れ、現代人にも通じるものがある。単純な勧善懲悪や安易な優しさに留まらず、少し“毒”を帯びた「人生の真実」が詰まっています。 私との出会いは、今年(2011年)1月に上演したモノオペラ「邪宗門」の創作の際、九州のいわゆるキリシタンについて調べていた最中。昨秋、「大人も、子どもも楽しめる曲を」と委嘱を頂いた折、この題材が即座に思い浮かびました。
3月、天草諸島を初めて訪れました。天草灘を船で南に向かうと、海峡を渡る風が心地良かった。キリシタンというと江戸時代の島原の乱のような、悲惨な弾圧の印象が強いかもしれません。でも、この天草版が出た頃、この地は世界に開かれた、日本の玄関口。信徒に希望をもたらす「パライソ(天国)の海」だった可能性もある。島には今も美しい天主堂が数多い。西洋と東洋が出会い、せめぎ合って新たな文化をはぐくんだ場の、空気に触れました。
帰京して間もなく、語り手に狂言師の茂山童司さんが決まりました。テキストにぴったりの、声そのものに物語が詰まったような語り口。やんちゃな覇気と、そこはかとない色気。飄々とした舞台姿。その根底に揺るぎない反骨精神を感じました。
アルボラダの演奏家の方々にもお会いしました。所属楽団はじめ、国籍も歩みも、実に多彩で個性豊か。旧知のニコリンヌ・ピエルーさん(日本センチュリー響首席フルート奏者)は今春、娘さんが生まれたばかり。そんな事情からもヒントを得て寓話を厳選し、彼らの印象を胸に発想を膨らませました。
作品は、寓話にちなむ九つの曲から成ります。入退場の音楽をはじめ、古風な舞曲やスケルツォ、子守唄など。曲間に語りが入る仕掛け。独特のひなびたメロディに歪んだリズム、どこでもない国のような不思議なハーモニー。微妙な音のズレが積み重なって醸し出される“狂った”世界を描きます。演奏家が言葉を発したり、楽器で動物の声を模したり。様々な工夫を凝らすうち、自分でクスクス笑ってしまうこともありました。譜面が出演者の身体を通し、どんな響きを奏でるか。私自身とても楽しみ。ぜひ聴いて頂きたいです。(談)
◆ひらの・いちろう 1974年京都府宮津市出身。京都市立芸術大学卒業、同大学院修了。95年吹田音楽コンクール作曲部門第2位(最上位)。96年より各地の祭礼とその音楽を巡るフィールドワークを開始。99年大学派遣によりブレーメン芸術大学に留学。05年「かぎろひの島」(オーケストラ作品)で日本交響楽振興財団作曲賞最上位入選・日本財団特別奨励賞受賞。07年〈作曲家平野一郎の世界~神話・伝説・祭礼…音の原風景を巡る旅~〉を開催、第17回青山音楽賞受賞。07年度京都市芸術新人賞受賞。〈ISCM世界音楽の日々 2008ヴィリニュス大会〉入選。10年京都府八幡市委嘱新作「八幡縁起~オーケストラによる民俗誌~」(オーケストラ作品)初演、芦屋交響楽団委嘱新作「鱗宮(イロコノミヤ)交響曲」(オーケストラ作品)初演。ヴァイオリニスト佐藤一紀氏らと〈音色工房=オンショクコウボウ=〉を結成、11年1月京都・大阪で“女声と映像、15楽器によるモノオペラ〈邪宗門〉~南蛮憧憬(オクシデンタリズム)の彼岸へ~”初演。これまでに廣瀬量平、中村典子、内田勝人、北爪道夫、前田守一、藤島昌壽、藤井園子、Y=P・パーン、F・ドナトーニ、G・アミの各氏に師事。(社)日本作曲家協議会会員。
◆公演情報「アルボラダ木管五重奏団」
・2011年11月20日(日)16:00開演。
大阪フィルハーモニー交響楽団、京都市交響楽団、日本センチュリー交響楽団といった
関西の職業オーケストラの主要奏者のアンサンブル。
モーツァルト:歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」K588序曲、ベリオ:作品番号獣番など演奏。
・出演 アルボラダ木管五重奏団
ニコリンヌ・ピエルー(フルート)
フロラン・シャレール(オーボエ)
ブルックス・信雄・トーン(クラリネット)
東口泰之(バスーン)
垣本昌芳(ホルン)
茂山童司(語り)
・入場料 一般¥2,500(友の会価格¥2,250)。学生¥1,000(限定数・電話予約可・当ホールのみのお取り扱い)
ザ・フェニックスホールチケットセンター 電話06・6363・7999(平日午前10時~午後5時)