世界的ヴィオラ奏者今井信子に聞く「ヴォワラ・ヴィオラ!」
8月30日(火)19:00開演「今井信子presents今井信子とヴォワラ・ヴィオラ!」
掲載日:2011年8月10日
今井さんは今年4月にザ・フェニックスホールの音楽アドバイザーに就任。今回はそのお披露目公演でもある。今回の公演やメンバーに寄せる思いを語ってもらった。
Q ヴィオラばかりとは誠に珍しい編成ですね。聴きどころは。
楽器は同じですが、一人ひとりの音色がこれほど違う楽器は、実はそうありません。音楽が楽しい、だから私たちは音楽を奏でます。
Q 今回のメンバーの大半は、今井さんジュネーヴ音楽院で指導された方々ですね。今井さんはこれまで、様々な学校で継続的に教えてこられました。
私がヨーロッパで初めて、ヴィオラのクラスを持ったのは英国マンチェスターの、王立ノーザン音楽大学でした。その後、オランダ、ドイツ、スイスの音楽院で教え、また数々の音楽祭でマスタークラスも手掛けてきました。それぞれの学校のカリキュラムに沿って教えることは、外から見れば当たり前のようにお考えになると思いますが、私は毎年度行われる実技の試験と入学試験への立会い以外は、学校の方針に縛られる事なく、全く自由に教えることができました。本当に一人ひとり教えるので、彼らが何を必要しているか見極めたうえで、将来の計画をたてます。
Q 生徒さんの出身国ごとに、何か違いはありますか。
日本人の生徒は信頼できる、優秀な人ばかり。日本は教育が行き届いていて、皆、最低限の音楽的常識を備えています。ドイツ人は一般的に討論好きで、理性的に音楽を解釈しますが、それに加えて繊細さを持っている人は、本格的な演奏活動に入った後も、トップレベルで残っています。スペイン人は、あまり「頑張る」という言葉を知らないと思います。イタリア人で今まで教えた人たちは、素晴らしいファンタジーを持っており、私の方でもインスピレーションをもらいました。フランス人は柔軟性があって面白いのですが、弦楽器についての基礎的な音楽教育が残念ながら遅れていて、成長できない人もいます。ロシア人は、ソロは見事です。特にロシア音楽のレパートリーは凄いのですが、残念ながら室内楽を知らない人が多いですね。アメリカ人は、楽器を弾くこと自体は他の国より進んでいると思います。しかし、音色についての理解は、まだまだ未知の世界が多いようです。
Q 多様な生徒を教える中で、喜怒哀楽をお感じになることも多いでしょうね。
そうですね…。「音楽に忠実であり、自分に忠実であること」。これが基本ですから、そのことが理解されたときに、あるいは理解されなかった時に、私は喜怒哀楽を感じる、といえるかもしれません。
Q 今回の出演者のお一人おひとりについて、短くご紹介をいただけますか。まず日本のお2人から。
笠川恵さんは、大阪の相愛大学のご出身です。彼女はたぶん、能力の限界というものを知らない人だと思います。他人が、とても出来ないと怖気づいてしまうようなことにも勇気を持って臨み、やってのけてしまう姿をみるたびに、大したものだと私は本当に感心してしまいます。ジョージ・ベンジャミンという英国人作曲家による「ヴィオラ、ヴィオラ」という超絶技巧の二重奏曲があるのですが、彼女はヴィオラの現代音楽の大家であるガース・ノックスさんと暗譜で共演し、ヨーロッパ各地をまわりました。このことがきっかけで恵さんは、フランクフルトの現代音楽を専門とする室内合奏団、アンサンブル・モデルンのメンバーとなり、現在、世界を股にかけて飛び回っています。ジュネーヴ音楽院では私のアシスタントも務めました。人に対する思いやりと、冷静に物事を判断する力がある人です。大のおしゃれで、美味しいレストランをみつけるのが大好き?です。原麻理子さんは、何でもやってみようとする実行派。そして素直に人のことを信じます。方向音痴の私についてきて、私の選択した道が間違っていてもひたすら一緒に来てくれる。先生としてはそんな彼女のことを親身になって考えたくなります。彼女は大きな音楽と、音楽を肌で感じる直感(!)を備えています。そして日本人には少ない、息の長い音楽性がある。これを大切にしてほしいです。「時間があったから、今日は抹茶のクッキーを焼きました」と差し入れをしてくれる、優しい気遣いのある人でもあります。
Q 同じアジアの台湾のご出身の方がいます。
ウェイティン・クオさん。今回、大震災などの影響で来日出来なかった仲間に代わり急きょ、出演してくれることになりました。クオさんは、2009年の国際東京ヴィオラコンクールで5位に入った人。特に武満徹の「鳥が道に降りてきた」の演奏が素晴らしく、邦人作曲賞を受賞しました。大きな流れの音楽に素敵な叙情をかもし出す、魅力的なヴィオラ奏者です。コンクールが終わるまで彼が、私の大親友で台湾に住んでいる富澤直子さんのお弟子さんだとは知りませんでした。彼はいつも人の楽器を借りて弾いているので、早く自分の楽器を持たせてあげたいと思います。その日はもうすぐ来るでしょう。毎年雪の中で行われる、北海道・小樽でのマスタークラスに参加してきました。
Q 代役を引き受けてくださった方が、もうお一人。
ウルリッヒ・アイヒェナウアーさん。彼は、デトモルト音楽大学で教えました。才能があまりに飛び抜けていて、底なし。当時から、「一体どこまでいってしまうんだろう」と、学生たちが言い合っていたほどです。彼は繊細さを備えつつ、同時に骨格がはっきりした音楽作りをします。音楽以外の事柄にも広く興味を持っており、つい最近はジュネーヴからモンブランのふもとのシャモニーまで、サイクリングを楽しんでいました。また料理が大変上手です。
Q 同じく、料理がお得な方が他にも。
ナタン・セルマンさんも、一流のシェフといっていいでしょう。特にバーベキューのマスターです。ゲスト(私たち)がいれば、自分は火のそばで肉や魚、野菜を焼き、食べるのは皆が帰った後。そんな優しさを持つ人です。もちろん本業の音楽の方でも未知の可能性を秘めた人で、これからどのように伸びてゆくか、私が大いに期待している星のような存在です。というのも、彼ほどヴィオラという楽器の難しさを感じさせずに弾いてしまう人は、あまりいないと確信しているからです。彼の中には隠された感性があるのを私は知っています。もう一歩踏み出すエネルギーが出たら、世界を征服してしまうでしょう。そのときが来るのを、楽しみに待っています。
Q 彼はノルウェー出身でアメリカで学んだ後、ジュネーヴに学び、いま世界を駆け巡る正に国際派。多文化時代を象徴するような方ばかりですね。
アメリー・ルグランさんは、かわいらしいフランス人。一昔前は、フランス人がドイツ留学をすることなど考えられませんでしたが、今ではそんな「壁」はなくなりました。彼女はジュネーヴ音楽院を卒業し、次の日にドイツのケルン、そしてベルリンの音楽大学の入学試験に挑戦したところ、両方に受かってしまいました。受け入れを切望するベルリンの音楽大学を断るために、私が先方の先生に謝ることになったほど、実に優秀な人です。見かけは可憐ですが、芯は強く、なにごともあきらめない性格で、頼もしいです。
Q 今回の出演者の中に、実はご夫婦がおられるそうですね。
ヴィオラのタマーシュ・ロジョシュさんと、ピアノの飯村智子さんがカップルです。タマーシュさんは、持って生まれた温かい感性で人と人とを繋ぐことのできる人物。友達から「たまちゃん」と慕われています。素晴らしいハンガリーの音楽家のご両親を持ち、小さい頃から当時スターだったテノール歌手のお父さんが歌う歌劇場のオーケストラで度々弾くなど、大変恵まれた環境で育ったそうです。それだけに彼の追求する音楽の理想は、高いに違いありません。最近、ハンガリー人の製作家の作った大きなヴィオラを手にし、益々ヴィオラの深い音に魅入られ、新しい自分を発見しつつあるところです。オーストリアのオーケストラのオーディションに受かったというニュースを聞いたばかりですが、10年後の彼は多分、私たちが想像できないことをしているでしょう。飯村さんは、その「たまちゃん」の奥様、最高の女性です。もちちん彼にとってそうですが、私にとっても。誠実、美徳、気品。そんな言葉がふさわしい彼女です。今回、グループの譜面づくり、1000ページものコピーの仕事をボランティアで引き受けてくれ、本業のピアノもそっちのけで忙しくしています。彼女のピアノは人柄が滲み出ていて温かく正直です。人生を通じ、美しい音楽を聴かせてくださることでしょう。
Q 今回のような若手との舞台は過去、しばしば開かれていますか。
ハンガリーで、メンバーのタマーシュがアレンジして数回、開催しています。またジュネーヴでも音楽会をしました。日本では福井の武生市で一度、公演を行っていますが、関西では初めてです。皆、あちこちで活躍していますが、時々ジュネーヴで集まっては練習しています。ただ、全員が一堂に会するのは難しく、全体練習の確保が悩みの種。今回は、「合宿」でアンサンブルを仕上げますが、皆、かつて私のもとで学んだ経験を共有しているからか、比較的短い期間でも、不思議と息が合うようになります。
Q プログラムは、どんなコンセプトで作られましたか。
今回の「ヴォワラ・ヴィオラ!」のために委嘱した西村朗さんの作品がプログラムの中心で、J・S・バッハのブランデンブルク協奏曲はチェロ、二つのヴィオラ・ダ・ガンバ、コントラバスのパートもすべてヴィオラが弾くという、画期的なものです。そのほかの曲は、私たちはもちろんですが、聴衆の皆様もぜひ一緒になって、楽しみましょう!
Q 優れた生徒さんとのアンサンブル、心から期待してます。最後に、今井さんにとっての「教えること」の意味を。
楽器を弾くことや、曲の解釈を教えるよりも、音楽を通じて音楽を愛することを、生徒たちが肌で感じて学んでほしいと思っています。彼らの「愛」が舞台から、皆様にどうか届きますように。
取材協力:(株)AMATI
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