世界的打楽器奏者 中村功さんに聞く

「会話」をテーマに2011年9月、「パーカッション・トゥデイ」をプロデュース 世界的打楽器奏者 中村功さん

掲載日:2011年7月21日

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大阪・阿倍野の出身で少年時代は祭り太鼓に親しみ、現在ではベルリン・フィルハーモニーホールをはじめとする世界の一流舞台で活動を重ねる打楽器奏者、中村功さん(ドイツ・カールスルーエ音楽大学教授)。その彼がプロデューサー役を務める打楽器プロジェクト「パーカッション・トゥデイ」が9月25日(日)午後、ザ・フェニックスホールで開かれる。2回目の今年は、「カンバセーション(会話)」をテーマに、中村さんと弟子7人でつくるアンサンブル「Isao Nakamura & Friends」が登場。音楽を通した対話や議論、そして言葉遊びなど、多彩な「語らい」が数十種類もの楽器で奏でられる。東日本大震災の復興支援チャリティー公演のため、このほど一時帰国した中村さん。話すうち、柔らかな語り口に熱気がこもっていった。

(ザ・フェニックスホール・谷本裕)

 

 

-コンサートは、「サンバ」で幕を開ける。リオのカーニバルで親しまれる、軽快で奔放なブラジルのダンス音楽。演奏曲は毎回、中村さんの書き下ろし。予定プログラム(詳しくはこちら)には、「サンバ・ジ・クイーカ」とある。

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「クイーカ」というのは、太鼓の一種。サンバに欠かせない民族楽器。右の写真は、僕の持ってるクイーカ。円筒の、一方にだけ皮を張った「片面太鼓」。叩くのでなく、皮に取り付けてある棒を湿った布などで擦ると、「クックゥ」とユーモラスな音が出てくる。サルの鳴き声や人が苦笑する時にノドでたてる音。オナラの音にも似てるかもしれません(笑)。独特の音色を基に僕は、だれも聴いたことのないような音や奏法で、お客様に喜んでもらいたい。出演者全員で、踊りだしたくなるような「音の会話」を交わします。曲はもう、アタマの中に出来てます。後は、譜面に書くだけ。これが難しいんですが、ま、楽しみにしておいてください。コンサート前の無料ワークショップ(詳しくはこちら)で、本場のサンバのステップも紹介します。皆さん、ぜひ参加してください。

-サンバは、中村さんには特別な音楽。東京芸大在学中、民族音楽の授業で出会って衝撃を受け、のめり込んだ。西洋芸術音楽(クラシック)一辺倒だったのが、アフリカやインドなど世界の民族音楽に開眼する契機となった。学外の社会人サンババンドに加わる一方、学内でも音楽学部の仲間、美術学部の学生に呼びかけグループを結成、楽しんだ。今に至る、幅広い活動のルーツだ。今回、演奏する「トリボ」の作曲者岩崎さんは、その仲間である。

「トリボ」は4年生の時、「学内演奏会」という名の一つの卒業試験のために頼んで書いてもらった。舞台中央で僕がソロを務め、それを取り巻く配置で7人が演奏する。使う楽器は大太鼓からトライアングルまで大小さまざま。数も多く、大掛かりです。アフリカの民族音楽の中には、一つの曲が同時に複数のリズムで進む「ポリリズム」という特性を持つのがある。当時、僕はそれが面白くてたまらず、岩崎に注文を付けたものです。「トリボ」はアフリカ語で「部族」という意味合い。3人から成るAグループと4人から成るBグループを部族に見立て、ソロ奏者を介した3つの部族間のやり取りを描いています。曲の最初は、異なる部族同士のやり取りがないのですが、ソロが「繋ぎ手」となり、徐々に彼らを結んでゆく。疎遠だった者が意思を通じ、最後は「衆議一致する」つくり。迫力十分、聴き応えがあります。

-逆に、シンプルな編成の曲も予定されている。ライヒの「木片の音楽」。演奏は5人。「クラベス」と呼ばれる、角の丸い拍子木のような木の棒を2本、各自が打ち鳴らし、簡素ながら、独特の浮遊感に溢れる音楽空間を立ち上げる。

ライヒは、短いリズムパターンを何度も繰り返し、立ち現れてくる思いがけない音と隠された響き、音のズレが生む微妙な変化に着目した「ミニマル・ミュージック」の大家の一人。この曲では5人が、同じリズムパターンを、時機をずらして演奏を始める。するとまるで同じ内容を語っているのに、違ったことを言っているように聞こえる、不思議な曲。木片の澄んだ音色も魅力。20世紀の打楽器音楽の“古典” の一つ。ぜひ味わってほしい。また同じ木を使う曲で、聴いて、見てほしいのがメンケの「机上の音楽」。バイキングパーティーなどで、木製の大型のフォークやスプーンを使ったこと、ありませんか?あれで様々なリズムを刻み、演奏者が時折、「マールツァイト」という言葉をしゃべる。ドイツで、食事の時に交わされる言葉で「いただきます」といった意味合いです。食卓の道具をつかった楽しい曲。「どうぞ音楽を召しあがれ!」と僕も言いたい。子どもさんがマネしたら、お母さん、怒らはるかなぁ(笑)。打楽器音楽が、皆の手が届く、身近なものやということを、伝えたいんです。

-プログラムには、こうした「楽器」を使わない「会話」も組まれている。トッホの「地理学によるフーガ」。演奏者は丸腰で舞台に臨み、楽器は声のみ。つまりは8人全員によるコーラス。

世界の都市や川の名前など地名が色んな口調で話される、ホンマ楽しい曲。「フーガ」の題名通り、一人の言葉にかぶせるように、次の言葉が繰り出てくる。日本の地名もあります。それを確かめるのも一興。一つひとつの地名を聞き取る楽しさと、全体としての「おしゃべりサウンド」に包まれる快感があります。

-コンサートではさらに、大阪出身で現在、ロンドンを拠点に活躍、欧米の楽壇で注目を集める作曲家、藤倉大の曲なども組まれた。今回は、このプロジェクトでは初めてアジアからゲストを迎える。

僕が、カールスルーエ音楽大学で教え始めたのは1992年。もう20年近くになり、指導した学生も100人を超します。このコンサートに出演するのは、その中でも特に優れた者ばかりですが、今回、台湾から参加するチャン・ユーインは2009年にジュネーヴ国際コンクールで最高位(1位なしの2位)に輝いた名手。クラシック音楽の世界では、ドイツのミュンヘンコンクールと並ぶ超難関ですから、現時点で「世界の最高峰」です。彼女は母国の音大で先生になり、フェニックスでは彼女の恩師が作曲した作品「間~Between~」の演奏もします。またドイツ人のセバスティアン・ヴィーラントは、僕の大学の予科に在籍中で、弱冠17歳。ドイツの青少年コンクールでは2科目(鍵盤打楽器と打楽器)で全国制覇しています。この先、一体どこまで伸びるのか。日本の同世代の若者に紹介できたら、彼の姿に共感してくれるだろうし、刺激にもなるんじゃないか。フレッシュな音に、ぜひ触れて下さい。

 


 

◆プロフィル
1958年大阪生まれ。81年東京芸術大学を、89年フライブルク国立音楽大学を卒業。86年、ダルムシュタット国際現代音楽夏期講習会でクラーニッヒ・シュタイナー音楽賞受賞。92年度青山音楽賞特別賞受賞。2004年イシハラホール公演「三井の晩鐘」で第4回佐治敬三賞受賞。これまでにシュトックハウゼン“Michael’s Reise um die Erde ソリスト編”(86)、ノーノ“Risonanze Erranti”(86)、カーゲル“L’art Bruit”(95)、細川“線Ⅵ”(93)などを初演。シュトックハウゼン、ケージ、ノーノ、カーゲル、ホリガー、大野和士、高関健、ザールラント放送響、ケルン放送響、バイエルン放送響、シュトゥットガルト国立オペラ管、東フィル、大フィル、都響などとソリストで共演。「ベルリン音楽週間」音楽祭から招待され、ベルリン・フィルハーモニー室内楽ホールでリサイタル開催。ザルツブルク音楽祭、ウィーン・モデルン、ルツェルン音楽祭、パリの秋、ムジカ・ストラスブール、ミラノ・トリノ国際音楽祭などの音楽祭でも演奏してきた。バイエルン放送響と共演したディター・シュネーベルの「エクスタシス」がDVDでWERGOから発売された。95年、ピアニストのハン・カヤと“Duo Konflikt”、06年、“Isao Nakamura Ensemble”、10年 “中村功と仲間たち”結成。94年より06年までダルムシュタット国際現代音楽夏期講習会常任講師。カールスルーエ国立音楽大学教授。