工藤重典さんインタビュー
掲載日:2010年12月8日
工藤重典さん。札幌出身、10歳で「フルートの父」といわれる巨匠ジャン=ピエール・ランパルの生演奏を聴いてプロを志し、桐朋学園大を経て渡仏。パリ国立高等音楽院で憧れのランパルに師事し、国際的な登竜門とされるフランスの国際コンクールを制覇。以後ソリストとして世界のオーケストラと共演、リサイタルにも取り組む。日本では小澤征爾さんが率いる「サイトウ・キネン・オーケストラ」や「水戸室内管弦楽団」の首席奏者としても知られている。パリ・エコール・ノルマルをはじめとする内外の音楽学校で後進の指導に携わり、コンクールの審査員を務めるなど次世代育成に力を注いできた。まさに日本を代表する世界的なフルート奏者である。その工藤さんが来年2月から、ザ・フェニックスホールで関西の実力派フルーティストともどもフルート音楽の楽しさ、奥深さを伝える新事業「フルート・ライブ・セッション in フェニックス」に取り組む。演奏家として脂の乗り切った工藤さんに9月はじめ、銀座でお話を伺った。 (ザ・フェニックスホール 谷本 裕)
フルート音楽の地平拡大
―南米ブラジルにおいでだったとか。暑かったですか?
地球の裏は春で、サクラが満開。乾燥してるし夜はヒンヤリ、快適でした。成田から飛行機でワシントン経由、30時間近くもかかる。ベネズエラでも仕事があり、大変でしたが収穫がありました。
―どんな?
サンパウロでフルート・コンベンションがあったんです。世界のフルーティストが集まるフェスティバル。毎年各国持ち回りで、今回の参加はブラジルと、欧米の演奏家が軸でした。ここで驚くような笛吹きに、たくさん出会えました。
―(ベルリンフィル首席の)パユとか、(往年のソリスト)ゴールウェイとか…?
彼らに比べると日本では無名だけど、才能やアイデアに溢れるフルーティストが、数多く居るんです。例えばジム・ウォーカー。アメリカ人で名門ロサンゼルスフィルの首席を務めた実力派。クラシックとジャズを完全に融合させた自作を披露しました。即興感溢れる曲でしたが、実は全部楽譜にキチンと書かれてる。ものすごくノリが良くって、最後は客席が総立ちになりました。イギリスのイアン・クラークも印象に残りました。バロックの作品を取り上げ、使ったフルートは現代の楽器。でも古色豊かな音色でね。微妙な音程を巧みに吹き分け、300年前の楽器を聴いているみたい。2人に共通するのは素晴らしい様式観、それを表現するモダンなテクニック、音色への鋭敏なセンス。そして自由な感性。正に天才です。
―「現代音楽」の分野でも何か〝掘り出し物〟はありましたか。
スイスのマティアス・ジーグラー。フルートの管にマイクを仕込んで音を取り出し、それを素材に曲を作る。だれも聴いたことのない新しい音色を駆使し、楽器の表現を広げようと試みてましたね。
―そんな個性的なフルーティストは、日本に居ない?
日本はアカデミックなフルート音楽が主流。そもそもクラシック音楽全体にそんな傾向が強い。長い鎖国を解いて明治時代、国策としてヨーロッパから伝統的な芸術音楽を輸入した歴史があるからか、今でもバッハ、モーツァルトといったバロックや古典派の曲をいかに上手に、芸術的に吹きこなすかが大きな関心事です。元々、クラシックの世界のフルート音楽には、ロマン派作曲家の作品が少ないという問題があって、後は近代フランスの作品があるくらい。でも欧米、特に英米圏では僕が留学していたころから、舞台でジャズや現代音楽の作品を隔たりなく紹介していて違いを感じました。 ―確かに往年のゴールウェイも故郷アイルランドのフォーク音楽で楽しませてくれました。パユもジャズのCDを出していますね。
僕の先生ランパルはクラシック界のフルートの巨匠でした。でもクロード・ボリングの「ピクニック組曲」のような、ジャズを取り込んだ音楽も1970年代から盛んにプログラムに組んでました。シタール(インドの民族楽器)と共演したり、アメリカのラグタイムや日本の民謡を吹いたり。音楽家としての器が大きかったですよ。でも、日本では一般的に邦楽と西洋のフルート音楽を一緒の舞台で紹介することさえ好まれない時代が続いた。ヴァイオリン作品を編曲して吹いたり、ベートーヴェンの交響曲を室内楽にアレンジしたりするのも、ちょっと前まであまり良く見られなかったんじゃないですか。
―なぜでしょう?
生真面目で、純粋さを尊重する日本の気風のせいかもしれません。でも、コンクールの影響も大きいですよ。日本は多分、フルートコンクールが世界で最も盛んな国。コンクールは、作品をいかに素速く、正確に、大きな音で演奏して審査員にアピールするかの競争です。課題曲は古典的な芸術作品が中心で、受験する若者の関心がアカデミックな音楽に偏ってしまう。現代の聴衆は、ネットの普及などもあって、クラシック以外の幅広い音楽に接するようになっています。フルーティストも音楽的に幅広いバックグラウンドが求められるようになってきています。でも日本では、個性に溢れ、クラシックに限らない幅広いファンに支持されるソリストが圧倒的に少ない。フルート人口はすごく層が厚いにもかかわらず、ね。
―欧米で学んでいる人だって多いはずですが。
僕は、パリの音楽学校の卒業演奏に何十年も立ち会ってきました。さまざまな国籍や文化圏の生徒が競う中で、日本人の音楽が画一的に聞こえて仕方がなかった。ヨーロッパには近年、韓国の留学生がすごく多い。彼らはとても若いんです。日本人のように自国の音大を出てからでなく、10代でいきなり留学して現地で豊かな音楽文化を吸収する。中国の学生も元気ですよ。音楽の様式を理解していなかったり、音色が洗練されていないことも少なくない。だけど、自分の感性を直接的に表現する文化が彼らにはある。こう考えると、日本人フルーティストに個性をはぐくむのは、留学してからでは遅いということも言えるかもしれない。日本で、フルート音楽の可能性をもっと開拓しなければ。舞台から若い人の個性を触発し、お客様にも楽しんでもらいたい。
―それが今回のプロジェクトの狙いの一つなんですね。
フルートには、まだ日本で知られてないレパートリーもたくさんあり、フェニックスの舞台でどんどん紹介していきたい。フルートに限ったことじゃないですけど、日本の社会は、個人が自分の畑をコツコツ耕すゆとりを、なかなか持たせてくれないでしょう?そのことが国際舞台に出た時、シンドイ目に遭う原因になってるんです。僕は、ソリストとして活動を始めてもう30年になりました。世界各地で、いろんな音楽活動を経験させてもらった。50歳もなかばを超え、自分が多くの方に支えてもらって歩んできたことを思うと、日本の現状を踏まえつつフルート音楽の価値を高めるような役割をそろそろ始めなければならないと考えています。関西で活躍している演奏家の方々に手伝っていただいて、フルートの新しい魅力を発信していきたいと、心から願っています。
取材協力:KAJIMOTO
くどう・しげのり/フルート 札幌生まれ。10歳でフルートを始める。パリ音楽院でジャン=ピエール・ランパルに師事、1979年1等賞を得て卒業。78年第2回パリ国際フルートコンクールで優勝。80年第1回ランパル国際フルートコンクールでも優勝。ランパルとパリのシャンゼリゼ劇場で共演し、本格デビュー。世界の著名オーケストラの舞台に独奏者として登場するほか、各地でリサイタルを開催。毎年、松本で開催されるサイトウ・キネン・オーケストラや水戸室内管弦楽団でも首席を務める。既に60枚以上のアルバムを発表するなど録音にも積極的で、「ランパル・工藤/夢の饗演」(ソニークラシカル)で88年度の文化庁芸術作品賞を受賞。NHK総合「トップランナー」などのテレビ出演でも話題を集めた。パリのエコール・ノルマルをはじめ、北米・南米、欧州、アジア、アフリカの主要な音楽教育機関で後進の指導にあたり、日本では東京音楽大学教授・同大学院客員教授、上野学園大学客員教授。83年からランパル、神戸、カール・ニールセンなどの国際コンクールや、日本音楽コンクールの審査員を務める。
榎田雅祥(えのきだ・まさよし/フルート) スイス・チューリヒ音楽院でアンドレ・ジョネに、ロンドン・ギルドホール音楽院でウィリアム・ベネットにそれぞれ師事。1976年、ヴィオッティ国際音楽コンクール入賞。78年、マリア・カナルス国際音楽コンクール入賞。ノルウェーのベルゲン交響楽団首席奏者を得て、80年大阪フィルハーモニー交響楽団に入団。2010年まで首席奏者として在籍。その間、ソリスト、室内楽、また古楽の分野でも活躍。2010年4月から神戸女学院大学音楽学部教授。
小林志穂(こばやし・しほ/フルート) 武蔵野音楽大学卒業、桐朋学園大学研究科修了、2001年大阪シンフォニカー交響楽団(現・大阪交響楽団)入団。第9回日本フルートコンベンションコンクール第3位、第5回びわ湖国際フルートコンクール第3位入賞。06年カナダ・モントリオールでティモシー・ハッチンス氏の下で一年間、研鑽を積む。フルートを足達祥治、高久進、野口龍、一戸敦、白尾彰、T・ハッチンスの各氏に師事。現在、大阪交響楽団首席フルート奏者。
長山慶子(ながやま・けいこ/フルート) 京都市立芸術大学音楽学部卒業。パリ国立高等音楽院卒業。フルートを伊藤公一、故アラン・マリオン、レイモン・ギォーの各氏に、室内楽をクリスチャン・ラルデ氏に師事。パリUFAM国際コンクール第1位、第1回日本フルートコンベンションコンクール第2位、ドップラーフルートコンクール第2位(1位なし)、第2回ランパル国際フルートコンクール第5位。1984年京都市新人芸術家選奨受賞。大阪センチュリー交響楽団首席奏者を18年務め、2008年退団。現在、大阪音楽大学准教授。
山腰まり(やまこし・まり/フルート) 桐朋学園大学音楽学部卒業。安藤史子、小久見豊子、西田直孝、峰岸壮一の各氏に師事。米国ジョンズ・ホプキンス大学ピーバディ音楽院修士課程を首席修了。マーク・スパークス氏に師事。第6回日本フルートコンベンションコンクール・アンサンブル部門金賞受賞。第47回全日本学生音楽コンクール全国1位。第8回松方ホール音楽賞大賞を受賞。第12回日本フルートコンベンションコンクール・ピッコロ部門第1位。日本演奏連盟主催文化庁助成、演連コンサートでリサイタル開催。NHKFM「名曲リサイタル」出演。相愛大学音楽学部非常勤講師。
鈴木華重子(すずき・かえこ/ピアノ) 京都市立芸術大学卒業。米インディアナ大学パフォーマー・ディプロマとアーティスト・ディプロマ修了。ドイツ、フランスでも研鑚。宝塚ベガ音楽コンクール入賞、京都音楽協会賞、松方ホール音楽賞選考委員奨励賞、京都芸術祭最優秀協演賞、第13回びわ湖国際フルートコンクール最優秀協演賞など受賞。帰国後はソロリサイタル開催の傍ら堤剛、上村昇(以上チェロ)、トレヴァー・ワイ、ティモシー・ハッチンス(以上フルート)の各氏らと共演。ピアノを家永摩利子、三森尚子、阿部裕之、フセイン・セルメット、練木繁夫の各氏に、室内楽を故ロスティスラフ・ドゥビンスキー、スタンリー・リッチー、練木繁夫の各氏に師事。
- 2011年2月6日(日) 午後4時開演 フルート・ライブ・セッション in フェニックス 公演詳細はこちら♪