美山良夫さん、トリオ・メディイーヴァルの魅力を語る

トリオ・メディイーヴァルによせて

掲載日:2010年10月25日

心が洗われるような・・・

「心を洗われるような」という表現には何度も出会ったが、このトリオ・メディイーヴァルの音楽にこそこの言葉がふさわしい。ノルウェーの3人の女性たちによるアンサンブルは、今回がはじめての来日であり、私が知っている彼女たちの演奏といっても、CDをのぞけば、マネジメント会社がアップした動画像をYou Tubeによって楽しむ程度にすぎない。しかしそのどれもが、宗教曲であれ伝承曲であれ、聴く人の心に染みこんでくるような魅力をもっている。
彼女たちが歌っている音楽は、解説を読み解いたりしていると、それぞれが文化的歴史的な背景などをもっていることが伺える。たとえば「Folk Songs」という最新盤ディスクに収められた音楽もそうだし、その最後には、マルティン・ルターがドイツ語歌詞をつけた旋律がノルウェーで歌われている形で入っていたりもする。なおこの旋律は「いざ来ませ、異邦人の救い主よ」というコラールになり、バッハがそれにもとづいたカンタータを作曲していることでも知られている。
しかし、実のところトリオ・メディイーヴァルが聞かせてくれる音楽とは、ほとんどが初めての出会いであった。それでいながら、何か親密さすら感じられる。はじめは中世の宗教歌を中心に歌っていたという女性3人が、自国ノルウェーの音楽のうちティリルトゥンガというタイプの音楽に惹きつけられたのは10年前だという。演奏旅行中の車内で耳にした音楽を、民族音楽とはそれまで縁がなかった彼女たちが演奏しようとしたとき、おそらくフランスやイギリスの中世音楽を歌っていた彼女たちに、もうひとつの核となるレパートリーになろうという予感が生まれたに違いない。

中世もFolk Songsも同じ源から

 トリオ・メディイーヴァルが取り上げてきた中世の宗教歌は、モテトやコンドクトゥスという、グレゴリオ聖歌にくらべ技巧的になったタイプの音楽であった。いっぽう「Folk Songs」は民族音楽をもとに打楽器、口琴(ジューズハープ)を控えめに加えた編曲が主体となっている。このグループがこのジャンルに取り組む重要さについては、You Tubeで見ることができるインタビューで自ら熱心に語っている。このほかに、このグループのために新たに書かれた音楽も演奏し、録音している。これらは、タイプがことなるようにも思えるのだが、彼女たちの演奏のもとでは、異質な印象をあたえないばかりか、どれもが同じ源から流れ出しているようにすら感じられる。
彼女たちにとって切実なのは、音楽をオリジナルの形で再現するのではなく、中世音楽ではヨーロッパの、「Folk Songs」では歴史的には強国の狭間で苦難を余儀なくされたノルウェーの、それぞれの原質を探り出し、それをいま、どのように心に響く音楽としてオーディエンスと分かち合い、また未来の聴衆を育むかにあるのではないだろうか。その営みの純度こそ、簡素ながら美しい旋律をもった音楽を通じ、心が洗われるような体験を与えてくれる源であろう。

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みやま・よしお
慶應義塾大学、同大学院、パリ大学大学院に学ぶ。1990年より慶應義塾大学文学部助教授、94年から教授。同大学アート・センター所長。また大学院にアート・マネジメント分野を開設。専攻は音楽学、アート・マネジメント。芸術家の健康をケアするためのNPO法人「芸術家のくすり箱」理事長。主な著書・翻訳:『フォーレ・ピアノ音楽全集』(校訂、春秋社)、『西洋の音楽と社会(3)オペラの誕生と教会音楽』(翻訳、音楽之友社)。

  • 12月10日(金)19:30開演 トリオ・メディイーヴァル 北欧の女声ア・カペラ 公演詳細はこちら♪