アントニオ・メネセスさんインタビュー

掲載日:2010年10月7日

(c)Marco Borggreve

「世界最強のデュオ」と言い切ってしまっていいだろう。1977年にミュンヘン、82年にチャイコフスキー国際と2大難関コンクールを制し、世界の桧舞台で活躍を続けるチェロのアントニオ・メネセス。そして、隅々まで気配りの行き届いた理知的なアプローチで数々の名演を生み出し、86歳の今も、まるで青年のように瑞々しい響きを紡ぎ続けるピアノのメナヘム・プレスラー。鉄壁のアンサンブルによって、ピアノ三重奏というジャンルに新たな地平を切り拓いた名門「ボザール・トリオ」のメンバーとして活躍した2人の巨匠が12月、ザ・フェニックスホールのステージに登場。今度は「デュオ」という編成から、またさらなる伝説を創り上げてゆく。長い時間の中で育まれた音楽への愛情は、バッハやベートーヴェンの佳曲に魂を与え、きっと聴く者の心に深く染みわたるはず。質問に答えてくれたメネセスの言葉ひとつひとつにも、音楽への思いとパートナーへの信頼感が溢れていた。
(音楽ジャーナリスト 寺西肇)

大切なのは「対話」

—メネセスさんとプレスラーさんによるベートーヴェンのチェロ・ソナタのディスク(英AVIEレーベル)では、第1番の冒頭、ユニゾンで聴こえてくるチェロとピアノの音に、いきなり驚かされました。まるで2つが同じ楽器のように、発音やフレージング、アーティキュレーションがぴたりと見事に一致しています。どうして、こんなことができるのでしょうか。

私たちは、まさにそのことを実践しようと演奏しています。つまり、その作品がひとつの楽器のために書かれたかのように、あたかも錯覚させるかのごとく演奏するということをね。ピアノ・トリオにあっても、私たちはまったく同じく、ひとつの楽器のように演奏することを常に心がけています。これは、「ピアノが弦楽器の特徴を模倣しなければならない」ということを意味しているし、その逆もまた然り(弦楽器がピアノの特徴を真似ることも必要)なのです。

—チェロとピアノのデュオ演奏にあたって最も大切な点とは?

「楽器同士の対話」です。これは、他のあらゆる室内楽においてもあてはまることですけどね。

—そのお答えをいただいた上で、あえてお聞きしますが、ピアノ・トリオがデュオと根本的に異なる点は、何なのでしょうか。

やはり、ヴァイオリンという楽器の存在でしょうね。これによって、弦楽器の響きにさらなる輝きがもたらされます。


最も難しい「無伴奏」


—ベートーヴェンのチェロ・ソナタ、特に今回演奏する第3番の位置づけとは。

この編成による楽曲のうちでも、最も美しく、完璧であり、そのことが理由で、聴衆からもとても愛されている作品と言えるでしょうね。

—同じくステージで取り上げる、バッハの無伴奏チェロ組曲は、メネセスさんにとってどのような存在ですか。最初に取り組まれたのは、いつのことでしたか

無伴奏組曲を演奏すればするほど、私はこの曲集により多くの尊敬の念を感じます。私の音楽人生を通じて、これらの作品を演奏し続けてきましたが、いまだにこれほど難しい曲に出会ったことがありません。最初に演奏したのは13歳の時、ごく最初のリサイタルで第3番を弾きました。それ以来、この曲は私とずっと一緒です。

—それで、今回も一番付き合いの長い(笑)、第3番を取り上げますね。

理由は簡単。私が今シーズン、特に取り組んでいる曲だからです。それに、この曲の各楽章はどれもすばらしく、それぞれが個性的です。

—無伴奏チェロ組曲は楽器を替えて2度、録音されています。特に新しい録音は、オリジナル楽器的な小気味良さと、モダンのチェロの豊かな響きが共存した演奏です。あなたは、オリジナル楽器の演奏を参考にすることはありますか。また、今回の日本公演では、アプローチの上で、どこか違う点はあるのでしょうか。

ピリオド楽器のアプローチは、とても参考にしています。それに、実は今回の日本公演では、バロック・ボウ(弓)を使おうと思っているんですよ[*註1]。このことで、私のアプローチはよりバロック的なものになることでしょう。

素晴らしい仲間と音楽
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—メネセスさんからご覧になって、プレスラーさんとは、どのような演奏家でしょうか。

プレスラーさんはあらゆる時代を通じて、最も偉大なピアニストであり、最も偉大な室内楽奏者でもあります。これほど長い…もう12年にもなりますが…期間にわたって、彼と一緒に音楽を続けて来られたのは、私にとって、とても意義あることだったことは、間違いないことですね。

—抽象的な質問でたいへん恐縮ですが、ご自身にとって「音楽」とは何でしょうか。

音楽とは、かつて人類が創造した中でも、最も素晴らしいコミュニケーションの方法です。それは、人間が感じ取れる、あらゆる種類の感情を表現することができるのです。私は子供のころ、このことに気が付いて以来、何年もの時間を経た現在でも、音楽を通じてのコミュニケーションの可能性をどんどん発見し続けているんですよ。

(c)Marco Borggreve
—今後、お2人で取り組む新たな挑戦とは。

私たちは今シーズン、新たにフレデリック・ショパンとセザール・フランクのソナタ[*註2]の両方に取り組むことになっています。とても楽しみにしているんですよ。

                                                                                                                           協力:テレビマンユニオン


※註1 バロック時代の弓は、現代の弓とは形状や特質が大いに異なる。19世紀前半にパリのフランソワ・トゥルトが完成させた弓が原型となっている現代の弓は、スティックの中央で毛の部分との距離が最も狭まっていて、両端では広がり、先から根元まで均質な音を出すのに適している。これに対して、バロック・ボウは中央で膨らんだ逆の反り方をしているため、弾く部分によって音にムラがある。しかし、この不均質さこそが、バロック音楽独特のフレージングやアーティキュレーションを容易にする。このため、最近は現代の楽器を使っている演奏家の中でも、バロックのレパートリーを演奏する際に用いることも多くなってきている。

※註2 有名なフランクのソナタは本来、ヴァイオリンのために書かれたが、チェロやフルート用の編曲でも広く親しまれている。


 ◆アントニオ・メネセス(チェロ)
1957年ブラジル生まれ。ベルリン・フィル、コンセルトヘボウ管、ウィーン・フィルなど世界の主要オーケストラや、カラヤン、ムーティ、アバドら名立たる指揮者と共演。室内楽にも積極的で、1998年から世界的ピアノトリオ、ボザール・トリオのメンバーとなり世界ツアーを行った。録音は、貸与されたカザルスのチェロ「ゴフリラー」でバッハの無伴奏組曲全曲を発表するほか2008年、ボザール・トリオのピアニスト、メナヘム・プレスラーとベートーヴェン全集を発表し、高い評価を得ている。

◆メナヘム・プレスラー(ピアノ)
1923年生まれ。1946年サンフランシスコのドビュッシー・コンクール優勝。フィラデルフィア管弦楽団と協奏曲を共演、カーネギーホールデビュー。セル、オーマンディ、ストコフスキーなど往年の指揮者と共演。55年、ギレー(Vn)、グリーンハウス(Vc)とボザール・トリオを結成。解散まで53年間、創設メンバーとして活躍。96年、72歳にしてカーネギーホールでリサイタル・デビュー。現在インディアナ大学で教鞭を執り、各地で講習会を開催。ヴァン・クライバーン、エリザベート王妃、アルトゥール・ルービンシュタインといった各国際コンクールの審査員も務める。