キアラ・バンキーニさんインタビュー
心に贈るボッケリーニ
掲載日:2010年1月18日
今回、アンサンブル415を率いて初来日するキアラ・バンキーニは、スイス出身。当初は、ザルツブルクの巨匠シャーンドル・ヴェーグにモダンヴァイオリンを学んだが、30年以上前に古楽に出会って衝撃を受け、以来、バロック・ヴァイオリン演奏に打ち込んできた。古楽との出会いや携わる思い、また長年、演奏を重ね、今回もプログラムに盛り込んでいるバロック期の作曲家ボッケリーニについて語ってもらった。
―あなたが初めてバロック・ヴァイオリンや古楽器に興味を持ったのはいつ、どんなきっかけからですか?
バンキーニ(以下B) 1978年に私はニコラウス・アルノンクールとシギスヴァルト・クイケンに出会いました。その時、バロック音楽の新しい演奏法に強く惹かれ、バロック・ヴァイオリンを勉強すること、そしてバロック期のあまり知られていない作品を発掘することに専念しようと決意したのです。
―あなたのお弟子さんたちは今、世界の音楽界で活躍しています。ジュリアーノ・カルミニョーラから「自分は今でも古楽器の演奏について、バンキーニに助言を乞うことがある」と聞いて感銘を受けました。古楽を教えるにあたって、技術的、また芸術的にどんな点を重視されていますか?
B 古楽器による演奏については、まだ究めつくされているわけではないと思います。私は現在、ヴァイオリン族とその演奏法について書かれた17~18世紀の概論を数多く研究しています。そして、そこに込められたメッセージ-非常に詳しくて明快なものが多いので-をできるだけ深く理解し、できるだけ多くの情報を教え子たちに伝えようと努めています。そして、今度は彼らが自分の演奏法を見つけていく番です。現代の若い音楽家にとって危険なのは、膨大な数の演奏をレコーディングで聴き、その影響を受け、それを無批判にコピーすることが簡単にできることです。自分自身の演奏を創り、知識を深めるのでなく、ね。
―今公演ではボッケリーニ作品が取り上げられますね。「メヌエット」を除いては演奏されることが多くないので貴重な舞台です。あなたにとってどういう作曲家なのでしょうか?
B ボッケリーニはこう書いています。「音楽は人の心に語りかけるために作られるものだ。だから私はできるだけその域に達しようと努めている。感情も情熱もない音楽は無意味だ。」と。ボッケリーニは同じことを1799年に詩人のマリー=ジョゼフ・シェニエに宛てた手紙の中で書いています。この信念を彼は生涯持ちつづけました。私にとって、ボッケリーニは偉大な詩人です。彼の音楽は表情豊かでやさしさに満ちています。私が彼の音楽をCDレコーディングするようになったのは、彼の音楽が大好きだからです。ハルモニア・ムンディ・フランスから次のようなCDを出しました。
1992年 スターバト・マーテル
1997年 交響曲集
1999年 2つのヴィオラを含む五重奏曲
2000年 コントラバスを含む五重奏曲
2001年 六重奏曲
ボッケリーニの生涯は非常に困難で、苦しみ多いものでした。彼はチェロの名手として、また作曲家として尊敬されていましたが、作曲家の例に漏れず、人々に忘れられたまま、貧困の中で生涯を閉じました。ボッケリーニは弦楽のための三重奏、四重奏、五重奏、六重奏など、300曲以上の器楽曲を書きましたが、交響曲も書いています(例えば『悪魔の家』)。日本の皆さんに、ぜひボッケリーニを知ってもらわなくてはと思っています。
―ボッケリーニの『スターバト・マーテル』はソプラノと弦楽五重奏という、極めてユニークな編成のために作られています。あなたにとってこの作品の魅力は、どこでしょうか?
B この作品の編成は、本当に独特です。人の声はあたかも(他の器楽と並んだ)6番目の声部のようになっています。第1チェロのソロが歌に対して同じ強さで応答します。この作品の美しさは、ボッケリーニの深い宗教心から生まれたものでもあります。
―日本の聴衆にひとことメッセージをお願いします。
B 日本の皆さんは、ボッケリーニと彼の『スターバト・マーテル』がきっと好きになると思いますよ。皆さんに新しい作品と、あまり知られていなかった作曲家を知っていただく機会を得て、たいへんうれしく思っています。
取材:株式会社アレグロミュージック
■プロフィール
キアラ・バンキーニ(音楽監督、ヴァイオリン)
スイスのルガーノ生まれ。世界をリードするバロック・ヴァイオリニストの一人と認められ、主要な古楽フェスティバルにしばしば招かれている。エレーヌ・シュミットらとともに若い才能あるヴァイオリニストの世代を担う。ジュネーヴ音楽院とハーグ音楽院で学び、優秀な成績で卒業。その後、シャーンドル・ヴェーグとシギスヴァルト・クイケンの下で研鑽を積んだ。ラ・プティット・バンド、エスペリオンXX、ラ・シャペル・ロワイヤルなどのアンサンブルに加わり、国際的ソリストとして頭角を現した。ジュネーヴ古楽研究所でバロック・ヴァイオリンを教えた後、バーゼル・スコラ・カントールムのバロック・ヴァイオリン教授に任じられた。ヨーロッパ各地、南アフリカ、オーストラリア、アメリカでもマスタークラスを行っている。エラート、ハルモニアムンディ・フランス、ジグザグ・テリトワール(2002年以降)からCDが発売されている。初来日。
アンサンブル415=エヴァ・ボーリ(ヴァイオリン)ペーテル・バルチ(ヴィオラ)
ガエターノ・ナジッロ(チェロ)サラ・ベンチーニ(チェロ)
1981年、キアラ・バンキーニがジュネーヴで創立、2001年からはフランス東部のフランシュ=コンテ地方を本拠とする。グループ名は、バロック音楽など古楽演奏の際、しばしば用いられる音の高さの基準値(A=ラの音=415ヘルツ)に因んでいる。優秀なバロック・ヴァイオリンとヴィオラの奏者を中心に、イタリア独特のカラーに彩られたコンティヌオ・グループが脇を固める古楽アンサンブル。快い音のハーモニー、高度なテクニックに支えられた正確なタッチはメンバー同士をつなぐ芸術的共感と、第1ヴァイオリニストで芸術監督でもあるキアラ・バンキーニのほとばしるような閃きによって生み出される。ダヴィッド・プランティエ、ステファニー・フィステル、エヴァ・ボーリ、レイラ・シャイエがアンサンブル創立当初の熱意を受け継ぎ、結成から20年を経た現在は、若いヴァイオリニストたちの参加を得て活動を展開している。世界各地の主要な音楽祭やコンサートホールに招かれ、コンサートとレコーディングは評論家からも聴衆からも高い評価を受ける。リリースした約20枚のCDのほとんどが国際的な専門誌から賞を贈られ、02年には“ディアパゾン・ドール”と“ディス・ド・レペルトワール”を受賞。サブレ・シュル・サルト、ディエップ、オー・ジュラ音楽祭、ユゼー、リヨン、リール、ナント、ポントワーズなどでの古楽フェスティバルに毎回出演し、ナントの「ラ・フォル・ジュルネ」にも招かれている。初来日。
マリア・クリスティーナ・キール(ソプラノ)
アルゼンチン生まれ。 1983年にヨーロッパに渡り、バーゼル・スコラ・カントールムでルネ・ヤーコプスの下でバロック音楽を専門的に勉強した。同時にエヴァ・クラズナイの歌唱法コースを受講。間違いなく今日のバロック音楽界をリードする声楽家の一人である。指揮のグスタフ・レオンハルト、ルネ・ヤーコプス、ジョルディ・サヴァール、フィリップ・ヘレヴェッヘ、フランス・ブリュッヘン、コンラート・ユングヘーネルら、コンチェルト・ヴォカーレ、ラ・フェニーチェ、カントゥス・ケルン、エスペリオンXX、コンチェルト・ケルン、アンサンブル415などと共演している。バロック初期の音楽を中心に活動。88年にインスブルックでカヴァッリの歌劇「ジャゾーネ」に出演してオペラ・デビュー。「ポッペーアの戴冠」「オロンテーア」「ダイドーとエネアス」(以上ルネ・ヤーコプス指揮)、ガリアーノの「ダフネ」、モンテヴェルディの「オルフェーオ」「ウリッセの帰郷」(以上ガブリエル・ガルリード指揮)に出演。ヴィヴァルディの「テンペのドリッロ」(ジルベール・ベッツィーナ指揮)とプロヴェンツァーレの「妻の奴隷」(トーニ・フローリオ指揮)のタイトルロール、カルダーラのオラトリオ「キリストの足下にひざまずくマッダレーナ」のマグダラのマリア、モンテヴェルディの「聖母マリアの夕べの祈り」(以上ルネ・ヤーコプス指揮)は大きな反響を呼んだ。
■プログラム L.ボッケリーニ:弦楽五重奏曲ト短調作品29-6、ハ短調作品31-4 L.ボッケリーニ:スターバト・マーテル(悲しみの聖母) |
■公演情報
「キアラ・バンキーニ&アンサンブル415 マリア・クリスティーナ・キール(ソプラノ)」は、2010年3月13日(土)15:00開演。予定プログラムは、上記の通り。入場料4,000円(指定席)、学生席1,000円(限定数。ザ・フェニックスホールチケットセンターのみのお取り扱い)。チケットのお求め、お問い合わせは同センター(電話06-6363-7999 土・日・祝を除く平日10:00〜17:00)へ。