谷村由美子さん インタビュー
掲載日:2007年11月9日
1週間あまりの日程で100万人もの聴衆を集める東京の音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ(熱狂の日)・オ・ジャポン」。2006年、内外の著名アーティストに混じってモーツァルトの作品を歌い、清楚な声で注目を集めた1人の日本人ソプラノが居た。谷村由美子さん。京都市少年合唱団で歌に目覚め、京都芸大を経て、パリで研さん。宗教音楽の演奏で欧州を代表する巨匠ミシェル・コルボとの共演をはじめ、多彩なジャンルでキャリアを重ねている気鋭だ。08年1月、ザ・フェニックスホールの主催公演で、大阪デビューを果たす。プログラムは、お得意のフランス歌曲。19世紀の終わりから20世紀なかばにかけての、代表的な作曲家の逸品を集めた “直球勝負”のリサイタル。今春、専任講師に就任した母校・京都市立芸術大学音楽学部のキャンパスにお邪魔し、話を聴いた。(ザ・フェニックスホール 谷本裕)
「ベルエポック」の粋歌う ~08年1月14日 フランス歌曲デュオリサイタルを開催
――京都市少年合唱団のご出身なんですね。]
少年合唱団と女子高オケ
京都市少年合唱団に入ったのは、小学4年の時。音楽の先生に「声が良いから、歌ってみたら」と勧められたんです。6歳からピアノは習ってたんですが、外で遊ぶのが好きで、さぼってばかり。でも歌うのは純粋に好きでした。合唱団は、ほかの学校の友達も出来るし、毎週、練習に通うのが楽しみでした。京都会館での公演も大きな思い出です。京都女子高時代はオーケストラ部でチェロを弾いていましたが、歌も習い、京都芸大に進みました。今思うと、少年合唱団で歌った経験は私の「原点」。特に京芸を出てパリに留学して以降は、無我夢中で歌い続けてきました。08年1月の、大阪ザ・フェニックスホールでのコンサートは、帰国後初の本格的なリサイタル。得意のフランス歌曲を集めてみました。ラヴェル、ドビュッシー、サティなど、フランス歌曲の多彩な魅力を感じていただきたいですネ。
—今回のプログラムは、ドビュッシー、ラヴェルといった近代フランスの巨匠の作品を軸に、彼らに影響を与えた先輩格のサティ、さらに前の世代のアーン、逆にドビュッシーやラヴェルを継いだ世代のプーランクと、20世紀の前半50年前後の流れをたどるようなつくりになっています。
「サロン」の薫り届けたい
大阪で初舞台を迎えるにあたり、フランス歌曲の、さまざまな魅力を集めてみました。有名なフォーレの<夢の後に>など一部の曲を除くと、ドイツ歌曲(リート)に比べ、フランス歌曲(メロディ)に親しむ人は日本でまだ少ないように思います。重いものは避けて、「遊び心」が感じられるものを軸に選んでみました。最初に歌うアーンの曲は、パリの上流社会で一世を風靡(ふうび)した作曲者が、音楽「サロン」で演奏されることを念頭につくったものだと思います。「サロン」とは、主に音楽愛好家の貴族の館にあった居室。彼らは、作曲家の経済的なパトロンだったことも多かった。入場料を払えば誰でも入れる町の音楽ホールと違い、仲間うちだけで音楽を楽しむ社交場。また情報交換の場でもありました。パリには、今でも旧貴族の館が点在するマレ地区や、高級住宅街として知られる16区などにサロンが残っています。私も何度か依頼を受けて歌ったことがあります。100人くらい入れる広間から、20人くらいの小ぢんまりした部屋まで、大きさはまちまちですが、聴衆はお互いよく知っている仲間同士、というのは共通している。落ち着いた雰囲気のお客様を前に、しかもごくごく身近な距離で歌うのは、コンサートホールとは違った独特な雰囲気がありました。穏やかな場の性質を反映してか、彼の作品の多くは常にエレガントで繊細。深刻さからは縁遠い。抑制された美、っていうんでしょうか、激しい表現での感情の吐露はあまりないんです。
—洗練された、お洒落な音楽。フランス歌曲のイメージそのものという気がします。サロン風の、私たちホールに打って付けの曲かもしれません。次のラヴェル≪5つのギリシャ民謡≫は?
理屈抜き ラヴェルの魅力
ギリシャ民謡に題材を取った、彼の代表作の一つです。この曲に限らずラヴェルの歌曲には、≪シェエラザード(千一夜物語)≫や≪マダガスカル島民の歌≫、≪ヘブライの歌≫といった西洋以外の世界、異文化への視線が感じられるものが多いですね。異国情緒が濃い。私は、若い時代から彼の音楽が好きで、これまでのリサイタルでも繰り返し、数多く取り上げてきました。私が、日本で生まれ育ちながら西洋音楽を手掛けているからかもしれませんけど、彼の音楽づくりは理屈を超えて共鳴できるところがあるんです。ラヴェルの生地で開かれる講習会(国際ラヴェル・アカデミー)にも参加したことがあり、何となく縁を感じてます。初めて触れる人にも分かりやすいと思います。ドビュッシーの音楽は、ラヴェルとはまた違いますね。彼の声楽作品はオペラ≪ペレアスとメリザンド≫にも見られるように、詩の一つ一つの言葉が持っている音楽的な響きや流れにそのまま音符を乗せた、“語り”の作品になっていることが多いんです。プログラムに入れた≪3つのビリティスの歌≫は、初挑戦。私の声からは、やや低い音域で書かれているんですが、ベストを尽くして歌いたいですね。
—彼らの先輩にあたるサティの作品はいかがですか。ほとんどが、第1次世界大戦前の作品。<ジュ・トゥ・ヴー(あなたが欲しい)>は以前、テレビのコマーシャルでも使われました。
大衆の生活描いたサティ
声の使い方は、ラヴェルやドビュッシーと変わらないんですけど、いわゆる「クラシック」じゃないですよね。同時代の民衆の生活を描いた詩を使ったポピュラーな歌。ちょっと肩の力を抜いて聴いていただけるんじゃないかしら。パリに居た時、サティが通ったかもしれないキャバレーにも足を運んだりしたんですけど、今ではあまりにも観光化・ショー化し過ぎて、彼が呼吸した「古き良き時代」(ベルエポック)を感じるのは、なかなか難しくなっています。サティの音楽には、当時の、酒場や劇場で楽しい時間を費やす人々を、ユーモアたっぷりに見詰めているようなところが感じられます。そんな彼のウィットの味を、歌に滲(にじ)ませることが出来たら素敵だな、と思ってます。本番で、どこまで伝えられるか・・・頑張ります!
—前半最後のプーランクの作品は逆に、第2次世界大戦後の創作。時代の上では一番、新しい作品になりますね。
エスプリとメランコリー
この≪くじ引き≫という歌曲集は、知人の6歳の息子のために書いた。子守唄のようなゆったりした曲と、早口で歌わなくちゃならない素早いテンポの曲が交互に現われて、お互いの曲調を見事に際立たせています。深いものをどこか秘めており、同時に少しふざけたような感じもあって、それが彼独特のハーモニーに包まれている。メランコリーと楽しさと。どちらか一辺倒にならないところが、彼一流のエスプリ。細かな箇所で韻を踏んでいたり、言葉遊びの要素が散りばめられてもいて、さすがは洒脱(しゃだつ)さで知られた作曲家の作品だと感心します。最後の6曲目<4月の月>には「武器を壊して」という歌詞があって、平和への思いも窺わせる。彼が子どもに注いだ、優しい眼差しが感じられる、素晴らしい曲集です。実は、フランス歌曲を初めて意識して歌ったのが、同じプーランクが作った≪偽りの婚約≫という曲集だったんです。大学院1年の、ジョイントリサイタルの時でした。あれから小学校の先生になって、その後すぐ、びわ湖ホール(滋賀県大津市)の声楽アンサンブルのオーディションに受かって舞台の仕事に就き、ベルギーの講習会に参加してパリに行きたくなり、奨学金をもらって留学、音楽院を二つ出て、コンクールに優勝して、あちこちで歌うチャンスをもらうようになって・・・。考えてみたらもう、10年になるんですね。ホント早いなぁ。
—今公演のタイトルは、ピアノのジョナス・ヴィトーさんとの「フランス歌曲 デュオリサイタル」と名付けられていますね。
歌と対 安心のパートナー
ピアノは歌の「伴奏」でなく、歌と対等なんです。シューベルトなどのドイツリートでも同じですが、ピアノは、序奏はもちろん、音楽の場面ごとに詩の情景や色をつくってくれる、とても大切な存在。ジョナスは、ソリストや室内楽奏者としても非常に優れた人で、この夏もミュンヘンの国際コンクールの室内楽部門で優秀な成績を収めました。私とのデュオは、2001年から組んでいて、これまでフランスでのリサイタル、ドーヴィルやコルド・スル・シエルなどの国際音楽祭などで数え切れないほど共演してきています。いま一番、安心して共演できるピアニストです。公演では、ドビュッシーの<月の光>、プーランク≪3つの常動曲≫などで、彼の独奏も聴いていただきます。コンサートの、もう一つの柱として、楽しみにしてくださいネ。
谷村由美子 ソプラノリサイタル <プログラム> |
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作曲者 |
曲目 |
アーン | クロリスへ、リラの木の夜鶯、はなやかな宴、恍惚のとき |
ラヴェル | 歌曲集「5つのギリシャ民謡」 |
プーランク | 3つの常動曲(ピアノソロ)、歌曲集「くじ引き」 |
ドビュッシー | 歌曲集「3つのビリティスの歌」、月の光(ピアノソロ)、雨の庭(同)、ゴリウォーグのケークウォーク(同) |
サティ | エンパイヤ劇場の歌姫、やさしく、銅の像、伊達男(ダフェネオ)、帽子屋、あなたが欲しい |