ピアノデュオ 寺田悦子さん&渡邉規久雄さん インタビュー

鍵盤から紡ぐ 二つの個性

掲載日:2007年2月27日

寺田悦子さん渡邉規久雄さんご夫妻のピアノ・デュオの演奏会は、いつも和やかな雰囲気に包まれています。
それは、元来サロンや家庭で楽しむために書かれたデュオ作品の性格にも拠りますが、それ以上に、お二人の仲の良さが鍵盤上の対話を通して客席に伝わるからでしょう。各々ソリストとしてもご活躍のお二人がデュオの活動をどのように捕らえて居られるのか、デュオの楽しさや難しさはどの辺にあるのかを、ご自宅内のスタジオで伺いました。
モーツァルトの音のように軽快に飛び跳ねる寺田さんのお話、それを微笑みながら穏やかに受け止める渡邉さん。
デュオの演奏そのままの息の合った会話が、笑いを交えて弾みました。(聞き手 音楽作家ひのまどかさん)

――ピアノ・デュオは、いつごろから始まったのでしょうか?

寺田悦子(以下、寺田):バッハくらいからでしょうか。バッハは2台のクラヴィアのための曲を書いています。ピアノの前身楽器のチェンバロ用ですが。多分息子たちや弟子たちと弾いたのでしょう。ピアノ・デュオがジャンルとして確立したのは、やはりモーツァルトからだと思います。それが19世紀のリスト辺りからどんどん華やかになっていって、ブラームスやドヴォルザークに受け継がれました。楽譜屋さんもオペラや交響曲を4手(連弾)用や2台のピアノ用に編曲したものを盛んに出版していました。音楽会のためではなくて、家庭用に。

渡邉規久雄(以下、渡邉):基本的に男女で弾いていたのではないでしょうか。 男二人というのは余り考えられません。ブラームスの4手なんか二人の腕が交差するように書かれているので、好きな女性と弾きたくて書いたのかな、なんて思ってしまいます。

寺田:ヨーロッパではクラシック音楽は家庭で楽しむものでしたから。私が30年以上前に姉と一緒にウィーンに留学した時、ピアノのある下宿を探したんですけど、ごくごく普通の家でも大小3台くらいピアノを持っていたので、本当にびっくりしました。きっと家で4手や2台ピアノを楽しんでいたのですね。ウィーンは特別かもしれないけど。日本はクラシック音楽が入って100年以上経ちますが、なかなかそうは行きませんね。今お父さんたちがピアノを習っているというから、ご夫婦や父娘で連弾をされたら素敵だと思うけど、余り聞いたことないわね。

――次にお二人のデュオの歴史について伺います。いつ、どのようなきっかけで始められたのですか?

寺田:私たちはインディアナ大学に留学している時に知り合って、学生結婚しました。その時期、お互いにブラームスやショパンやシューマン等の協奏曲の伴奏をし合っていました。デュオとして初めて舞台に立ったのは、私が1980年代に国際交流基金からメキシコ、パナマ、ペルーへの演奏旅行を頼まれた時です。行ったことのない中南米の国々なので不安だし、一人で行くのはつまらないし、、、だってピアニストはいつも一人でしょ? 孤独な職業なので他の楽器の演奏家を羨ましく思っていました。それで、4手を条件にしたわけです。規久雄さんと一緒なら楽しいし、用心棒にもなるし。(渡邉「かばん持ちにもなったし」とつぶやく)それが、最初です。あの頃ペルーは政治情勢が不安定で、
渡邉:そう、リマには戒厳令が出ていて、一人では出歩かないで下さい、という状況でした。会場はどこもオペラ・ハウスだったのでステージが少し斜め、ピアノも傾いたままでした。演奏したのは、ブラームスの《ハンガリー舞曲》、モーツァルトの《アンダンテと5つの変奏曲》、ブラームスの《シューマンの主題による変奏曲》、それから邦人作品で佐藤敏直さんの《踊り唄》。この曲はセコンド(第2)が立ち上がってプリモ(第1)の上から両手でピアノの両端を太鼓のように叩くので、大いに受けました。

寺田:それ以来たまにプログラムの半分はデュオというのをやっていましたが、完全なデュオ・コンサートを開いたのは2001年の紀尾井ホールが初めてです。丁度その頃ザ・フェニックスホールさんでもやらせて頂きました。

――4手(連弾)と2台ピアノ、それぞれの魅力や難しさについてお話下さいますか?

寺田:4手は、家庭内で初心者でも楽しめるように書かれている曲が多いですね。或いは師弟の練習用とか。だからどうしても「初歩」というイメージがありますが、ところがこれがソロとは全然違う難しさがあって、すごく神経を使います。
渡邉:4手では普通セコンドがペダルを担当するのですが、ペダルの踏み方がプリモの考えと違ったりすると、
寺田:そんなところで踏まないでよ! とか、ペダル頂戴! とか、ペダル争いでけんかになるの。とにかくピアニストは一人で弾くのに慣れていますから。
渡邉:対して2台ピアノは二人の距離が離れている分、音の伝達が微妙に遅れるので、呼吸を合わせるのが難しいです。だから練習の時もピアノを向かい合わせてやります。
寺田:プリモとセコンドの役割は最初の譜読みのときに決めます。お互い両方を弾いてみて合う方を選びます。たまには交代しますが、規久雄さんがセコンドを受け持つことが多いわね。私はセコンドを弾くのも好きなんだけど。そう言えば、この間ウィーンで門下生が60人ほど集まった時にぶっつけ本番でデュオをやったんですが、私がプリモを弾くとどうしても合わないの。その時初めて「アッ、規久雄さんはいつも私に合わせてくれていたんだ!」とよおーく分りました。 (渡邉 静かに微笑む)
渡邉:デュオが上手くいくかどうかは、やってみないと分かりませんね。ぼくは昔兄(渡邉康雄氏)とやったことがあるけど、1回で終わりました。
寺田:デュオはけっこう姉妹が多いですね。男女で組むのは意外と難しい。力の差があるので女性は不利かな? いや、家の場合は必ずしもそうでもないな。

――ご夫婦でデュオを組まれることのメリットは? 解消の危機に瀕したことはありますか?

寺田:夫婦で良いことは、スケジュールや練習場所の調整が上手くつくことでしょうね。それと、良いか悪いかは分りませんが、音楽性が似てきました。性格は全然違うのに、音楽面で相反することはないの。不思議ね。こうしたら? とか、ああしたら? とか言い合う以前に自然と音楽で会話しています。
渡邉:デュオは様々な可能性が広がるので勉強になることが多いです。レパートリーもソロと違うので面白い。スケールの大きな曲が出来るし、アンサンブルの楽しみもあります。
寺田:なにしろ指が20本になるわけだから、一人では不可能なことも出来ます。その分音が厚くなるので、神経も使いますが。本番が近付いてくるとやはり二人ともナーヴァスになってきて、けんかになることもあるわね。「もう二度と一緒にやらない!」とか捨て台詞を吐いたりして。解消の危機までは到らなかったけど、その寸前までは何度か行ったわね? でも、私がご飯を作れば、終り。
渡邉:作って貰わないとぼくは干上がっちゃうから。

――今回のプログラムの聴きどころは?

寺田:コンサートで一番大変なのは、実はプログラム作りです。テーマは何にするか、純音楽で行くかエンタテイメントで行くか、自分が弾きたいもので行くか、時間的なこと、など全てのバランスを考えるのが難しい。プログラムを決めたら半分終り、とさえ言えます。
渡邉:今回は最初にラフマニノフとリストを決めたかな? 結構スンナリ決まりました。4手とデュオの名曲ばかりです。
寺田:4手のシューベルトの《軍隊行進曲》は、いかにもシューベルトらしい愛らしくて親密感のある曲です。《アレグロ》の方はシューベルトの晩年の作で、ソナタの第1楽章的。第1テーマは激しく決然とした感じで、第2テーマはたおやかで透明感があります。プリモとセコンドが対等に、とても緻密に書かれています。副題の《人生の嵐》というのは出版社が後で付けたもので、シューベルトが知ったら恥ずかしがるんじゃない?
渡邉:ラフマニノフの《組曲》とモーツァルトの《2台のピアノのためのソナタ》も、2台が全く対等に書かれています。特にラフマニノフは《ピアノ協奏曲第2番》を書いたのと同じ時期の作品だから、協奏曲のような感じだよね?
寺田:モーツァルトは一番難しいです。音1つ外しても分ってしまうから。でもこの曲「のだめカンタービレ」で今や超有名なのよね。どこかに書けば良かったかな、「のだめコンサート」って。そうしたらあっと言う間に完売するかも。
渡邉:リストの《「ドン・ジョヴァンニ」の回想》は、ドン・ジョヴァンニとツェルリーナの会話的な曲です。元々は独奏用だったのを更に2台用に編曲したものなので、よりパワーアップしています。最後のドン・ジョヴァンニの地獄落ちのところなんか、おどろおどろしい効果があります。

――今後のデュオ活動のご予定は? ソロ活動との兼ね合いは?

寺田:私は半分以上ソロですが、この数年デュオがどんどん増えてきました。リサイタルだけではなく、オーケストラとの共演もあるしね。
渡邉:日フィルとモーツァルトやプーランクの2台のピアノのための協奏曲をやりました。昨年はロシアのハバロフスクで現地の「極東オーケストラ」と、前半はプーランクを、後半はデュオという面白いプログラムをやりました。
寺田:ソロの方は、私は6月と10月にコンサートを、規久雄さんは10月にシベリウスの没後50周年を記念してオール・シベリウスのリサイタルをやります。デュオは8月に盛岡でやります。
渡邉:デュオのレパートリーも発掘したいと思っています。例えばシベリウスの《交響曲第3番》を作曲者自身がデュオに編曲したものとか、バーンスタインの《交響曲第2番・不安の時代》のデュオ用とか。
寺田新作も今にどなたかに依頼したいわね。

最後に、フェニックス・ホールの印象について

寺田:私はこれまでにデュオで3回、室内楽で1回、フェニックスで弾かせて頂きました。こじんまりした、とっても素敵なホールですよね。音響も良いし。お客様との距離が近いので、親密感もあります。今度のコンサートもお客様に楽しんで頂けたら嬉しいです。