エマ・カークビー&ヤコブ・リンドベルイ インタビュー

詩とリュート 親和の響き

掲載日:2006年12月14日

室内楽の殿堂ザ・フェニックスホールならではの響きをお楽しみいただく「アンサンブル・ア・ラ・カルト」。来年2月20日(火)夜にご出演いただくのは、古楽界の至宝、ソプラノ歌手エマ・カークビーさんとリュート奏者ヤコブ・リンドベルイさん。「イングランドのオルフェウス」と題した意欲的なプログラムで共演されるお二人に、古楽の魅力や今公演の聴き所を伺いました。(聴き手 ザ・フェニックスホール「サロン」編集部)

――古楽との出会いについて教えてください。その魅力とは。

 カークビー(以下カ):古楽に出会ったのは15歳の時。ルネサンス期の作曲家、ウィリアム・バードの4声のミサ曲を歌ってから、ジョン・ダウランドやトマス・モーリーなどの歌曲に夢中になりました(※1)。当時わたしが参加していたのは子どものグループで、伴奏もピアノだけ。今思えばそれはけして古楽的なアプローチではありませんでしたが、その音楽は、わたしに激しい興味を起こさせるのに十分なものでした。多声の旋律のなかで、強烈な不協和音が美しい協和音に解決されると、なんともいえない安らぎを感じたのです。
その後、わたしはオックスフォード大学の聖歌隊などで、できるだけ多くのルネサンス期の声楽曲を歌うことを生活の中心としていました。ジョン・タヴァナー、トマス・タリスからヘンリー・パーセル、バッハ、ヘンデル、モーツァルトそれにストラヴィンスキー、マイケル・ティペットまであらゆるものを歌いました。とても忙しかったけれど楽しかったわ。
管、弦(もちろんリュートも!)、鍵盤楽器などの古楽器奏者などに出会ってからはロンドー(※2)、リュート・ソング、オブリガート・アリア(※3)などに夢中になりました。歴史を感じさせる古楽器の音色はわたしに霊感を与えてくれました。現代の楽器よりもやや穏やかで、荒削りだけれど色鮮やかな音色は、わたしにとってはより人間の声に近く感じられたのです。
また、こうした古い時期の歌の魅力は、素晴らしい詩と、その詩に付された曲にあります。当時はほとんどの作曲家自らが良き歌い手でしたから、声というものを十分に理解したうえで音楽が書かれているのです。

――なかでもリュート・ソングは、言葉と音楽が密接に結びついていると言われていますね。
 

 リンドベルイ(以下リ):そう、美しい詩と素晴らしい音楽の結びつきです。魅力の秘密は、歌い手が無理に声をださなくても言葉が明瞭に聞こえること。言葉とリュートの響きの強さがほぼおなじなので、母音や押韻も難なく表現することができます。リュートは音を重ねることで音量が変えられますから、詞に完璧に添えるのです。

――リュート・ソングはどのような時に歌われるのでしょう。

 カ:リュートはもともと室内楽の楽器の女王といわれていました。この楽器と出会った歌手はみな、この楽器の伴奏で歌いたいと願っただろうと思います。宮廷人や、その他の知識階級は彼ら自身で作った詩歌を、リュート奏者に演奏させて楽しみました。自らが歌うこともあったかもしれません。イングランドと北ヨーロッパでは大体女性が歌いました。王族などには、職業演奏家が仕え、家族と一緒に音楽を演奏しましたし、イタリアではプロの女性歌手たちがいました。

――イングランドのリュート・ソングはどのようなものなのでしょうか。

 リ:1600年頃に主流となっていたスタイルは3つあります。イタリア様式、フランス様式、イングランド様式。まず、言語そのものが違いますよね。また、イタリアでは、詞を強調するために、伴奏をよりシンプルなものにする試みがなされてきました。でもこうした動きは、フランスやイングランドにもありました。フランスのエール・ド・クール(※4)やイングランドのリュート伴奏付エア(※5)も、伴奏楽器と歌われるのが一般的ですが、独唱曲としても成立します。そうですね…イングランド様式が他と異なるとすれば、曲調がバラッド(※6)に少し近いところでしょうか。バラッドは現代人にも耳馴染みますので、日本のみなさんにもイングランドのリュート・ソングに親しんでいただけるのではないかと思います。

――リンドベルイさんは1590年頃に制作されたリュートを演奏されると伺っています。

 リ:ええ、独特な響きがしますよ。音色が澄んでいて、長く響きます。共鳴板も制作当時のもので、ローズ(※7)のそばの小指の触れる部分が少し磨り減っています。そこに指をあてて演奏していると、いにしえのリュート奏者たちと触れ合っているような感覚になりますよ。

――今公演ではダウランドとパーセルを特集されますね。

リ:ダウランドとパーセルはイングランドが生んだ偉大な作曲家です。両者に共通するのは、かの有名なオルフェウス(※8)の物語と関係があること。ダウランドは「イングランドのオルフェウス」と呼ばれていましたし、パーセルには、歌曲集「オルフェウス・ブリタニクス」(※9)があります。今回わたしたちが演奏するパーセルの作品はこの歌曲集のなかから選びました。

カ:ダウランドには、捉えがたい透明感と複雑さ(複雑だけれど、けして音を無駄に使用していない)とまっすぐな人間性にわたしは飽きたことはありません。リュートだけが与えることのできる静かな世界を大いに楽しんでいるように感じます。
パーセルは力強く、輝かしくかつ楽しさでいっぱいの作曲家で、彼もまた英国のオルフェウスという賞賛に値します。彼の教会音楽、劇音楽はまぶしく、リュートは人の多いところで演奏するのに適した楽器ではないのですが、彼の曲はこの楽器ととても合います。彼は根源的、本質的な感情をどのように表現すべきかを知っており、だからこそ彼の曲はすぐに見出され、愛されたのです。

――最後にお互いの紹介を。

カ:彼は素晴らしいソリストでいて、わくわくさせてくれる共演者。知り合ってもうずいぶん経ちますが、一緒に音楽を作り上げるのがとても楽しくて。あの古いリュートは聴くのも、ともに歌うのも喜びです。
  リ:エマの声は美しく初々しい理想的なもの。清澄で明瞭な声は、リュートの響きと相性が良いのです。とても知的で、詞の意味を的確に表現することにも長けていらっしゃる。驚くべき才能です。

――日本のファンのみなさんにメッセージを。

 カ:いつも暖かく迎えてくださってありがとうございます。大阪でまたお会いできることを楽しみにしています。ザ・フェニックスホールは音響的に洗練され、特にリュートに適しているのでほんとうに楽しみです。聴衆のみなさんの力をお借りして、一期一会の素晴らしい演奏をしたいですね。

◇ 演奏会情報◇
エマ・カークビー&ヤコブ・リンドベルイ英国古楽の粋公演は、2007年2月20日(火)午後7時開演。演奏曲目はダウランド「来たれ、深い眠りよ」「さようなら冷たい人」「ラクリメ(リュート・ソロ)」、パーセル「なんという悲しい運命」ほか。一般4,000円、学生1,000円(全指定席)。お問い合わせはザ・フェニックスホールチケットセンター06・6363・7999

世界最古のリュート?―――――――――――――――――――――――――――――

リンドベルイ氏が今回使用するリュートについて(リンドベルイ氏のホームページより邦訳)
リュートは大変壊れやすい楽器です。そのため古いリュートで現在も残っているものはたくさんありますが、当初の共鳴板のまま演奏可能な状態で残っているものはごく少数です。
1991年、ロンドン・サザビーズのオークションで滅多に出逢えないほどの素晴らしいオリジナル・リュートを購入しました。1590年頃にアウグスブルクで、シクストゥス・ラウヴォルフによって製作され、元々は7~8コース(※10)であったと思われます。共鳴版に使用されている木は1418年から1560年頃にアルプスの高地で成長した松の木が使われており、製作当初のままであることが年輪年代学によって証明されています。彼が製作したリュートで他に現存するものはニューヨークのメトロポリタンとコペンハーゲンのクラウディウス・コレクション、そして英国の個人所有の3つがありますが、製作時当初の共鳴版を持ち、なおかつ演奏可能な状態のリュートとしては最古のものです。
内側には修復したことを示すレーベルが貼ってあり、「レオンハルト・マウジール 1715年ニュルンベルク」と書かれています。明らかに、このリュートが11コースのリュートに「最新化」されたのが、このときだったのです。
11コースのリュートは17世紀後半から18世紀の最初にかけて最も重要なタイプでした。ルネサンス・チューニングとして10コースのリュートとしても演奏することもできますが、11コースのバロック・リュートとして現在のような状態で保存されてきたわけです。

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▲今回使用されるリュート 
シクストゥス・ラウヴォルフ作
10弦ルネサンスリュート(アウグスブルク、1590頃)

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*注釈*

(※1)イングランド生まれの作曲家
ジョン・ダウランド(1563?-1626)作曲家、リュート奏者。ヨーロッパ各地の宮廷でリュート奏者として活躍しながら多くの作品を残した。美しい旋律と和声で時代特有の感傷とユーモアを歌った歌曲は、近代独唱歌曲の先駆と言われる。リュート曲には、即興性と変奏技法に富んだ作品が多い。
ヘンリー・パーセル(1659-1695)バロック期屈指の作曲家。イギリス音楽史上最大の作曲家とも言われる。専属音楽家として英王室に長く仕え、理論にとらわれない自由な発想で書かれた作品は、イギリス音楽に革新をもたらした。オペラや劇の付随音楽に優れた作品を多く残している。
ジョン・タヴァナー(1490?-1545)宗教改革以前のイギリス教会音楽を代表する作曲家。ミサ曲などの声楽作品を得意とした。
トマス・タリス(1505?-1585)宗教改革の動乱期に活躍した作曲家、オルガン奏者。国教会のために多くの作品を書いた。
ウィリアム・バード(1543?-1623)「イギリス音楽の父」とも言われる作曲家。タリスの弟子で、古風で無骨な作風で知られる。
トマス・モーリー(1557/58-1602)作曲家、音楽理論家、オルガン奏者。イタリア音楽をイングランドに紹介したことで知られる。
マイケル・ティペット(1905-1998)作曲家。古典派的な作風を経て、第二次大戦以降には無調の前衛的な作品を発表した。

(※2)ロンドー 13世紀から15世紀にかけてフランスで隆盛した歌曲。詩の構成と音楽が深く結びついており、主題が何度も繰り返される。
(※3)オブリガート・アリア オブリガート(助奏)付歌曲。独唱と器楽ソロが協奏を行う。古くは中世に始まり、バロック後期に多く書かれた。
(※4)エール・ド・クール 「宮廷の歌」の意。16世紀末から17世紀にかけてフランスで流行した歌曲。恋を歌ったものが多く、通例リュート伴奏が付く。
(※5)リュート伴奏付エア 16世紀末のイングランドで流行した歌曲。軽い内容のものが多く、1597年に出版されたダウランドの歌曲集から広まった。
(※6)バラッド イングランドの通俗的な歌曲。16世紀には物語を題材にしたものが流行した。
(※7)ローズ 表板上の共鳴孔にほどこされた精緻な透かし模様のこと。ローザとも呼ぶ。
(※8)オルフェウス ギリシア神話に登場する詩人、音楽家。リラ(竪琴)の名手で、その音色に野獣も山川草木も聴き惚れたといわれる。
(※9)「オルフェウス・ブリタニクス」 パーセルの死後、楽譜出版家ヘンリー・プレイフォードが編纂した歌曲集。タイトルは「英国のオルフェウス」の意で、「英語という言語の力強さを表現する特殊な才能」を具えたパーセルを讃えた言葉と言われる。2巻組(1698、1702刊)。
(※10)コース リュートを表現する一つとして弦の本数で表すがことがよくあるが、多くは二本を1対とする“コース(course)”として数える。