連載 What is the Next New Design?11
デザイナー松井桂三さんとの90分 多文化都市の美術館「世界に伝わる表現」とは
掲載日:2006年11月16日
私たちザ・フェニックスホールの公演をお知らせするチラシ。モダンアートを思わせる、美しいデザインを好むファンは多い。この制作をはじめ、私たちホール全体のアートディレクションを担当しているのは、感動デザイン研究所Designart(大阪)代表の松井桂三さん(大阪芸術大学教授)。京都生まれの広島育ち。大阪芸大でデザインを学び、青年期はヨーロッパからアジアを放浪。帰国後、デザインの仕事を始め、高島屋宣伝部で腕を磨いた。1984年に独立。建築家安藤忠雄さん、ファッションデザイナー・コシノヒロコさんとの出会いから、ファッションブランド、イトキンのニューヨーク出店に携わることになった。世界文化が交錯する巨大都市で松井さんが考えたことは-。歩みをたどるインタビュー11回目。
(聞き手・ザ・フェニックスホール「サロン」編集部)
イトキンの事業準備で、大阪・ニューヨークを往復することになりました。一度に2週間くらいは滞在します。旧知のニューヨークタイムズ記者、スザンヌ・スレシンさんご夫妻の家を使わせてもらうことが多かった。76丁目にある瀟洒なアパートで、どこに出掛けるにも便利。よくマンハッタンのど真ん中、53丁目にある「ニューヨーク近代美術館」に通いました。MoMA(The Museum of Modern Art=モマ(※1次頁下に注。以下同じ)という愛称は日本でも親しまれるようになっています。革新的・前衛的な芸術作品を収集・展示する美術館。家具や電化製品などの商品デザイン、ポスター、写真、映画、建築といった比較的新しい分野の作品が主軸。グラフィックデザインのコレクションでも知られ、収蔵ポスターを見に通いました。
印象に残ったのはドイツのウーヴェ・レシュ(※2)の『プンクトゥム』。デュッセルドルフのOA機器メーカーの製品広告。女性の顔の下半分を捉えた写真です。真っ白な肌、唇の右下にあるホクロを中央に据え、そこだけカラー。左上に社名が入ったシンプルなデザイン。セクシーで気品がありました。タイトルは「句読点」の意。ウーン、なかなか洒落てるな、と。
日本の佐藤晃一(※3)の作品の前でも立ち止まりました。東京の劇団、青年座の公演「死のう団」向けのポスター。真っ裸の人間が背中を丸め、うずくまる姿を上から描いた。抜けるような白い肌を漆黒の闇と対比させ、独特の透明感が印象的。異国で見たことも手伝ってか「日本的なるもの」を感じましたが、それだけに留まらない力を感じた。それは何か底暗い、空恐ろしさでした。
ニューヨークはご存知のように人種も、宗教も、国籍も異なる人々が暮らす。そんな街で何日か過ごすと、大阪では意識しないことを考えます。あの頃に出会った、日本人デザイナーを思い出します。その人はニューヨークで、「日本の伝統」をアピールしようと試みていた。絣(かすり)で洋服を作ったり、能や歌舞伎のイメージを打ち出したり。
ところが何か物足りない。異質な文化が入り混じる街では、単にナショナル(民族主義的)なだけでは受け入れられない。別世界の人にも伝わる美しさや面白さが「価値」であり、普遍的でインターナショナル(国際的)なものに洗練することが求められる。「風土」や「伝統」は本来、個々のアーティストの「血」に入り込んでいる。敢えて前面に押し出さなくても、自然に醸し出されるはずのもの。そんな「薫り」が「個性」として受け止められるんです。
日本社会は教育が行き届いていて、住民の殆どが日本語を読める。当時は一般の人が新聞やテレビで触れる情報は大体同じ。パソコン普及や、多チャンネル化が進んだ今は少しは変わってますけどね。食事も同じようなものを食べてたし、服装だってまぁ似たり寄ったりと言えるんじゃないか。つまりは同質性が比較的高い。
だから広告をつくる時も商品にせよ、サービスにせよ、ずばりそのものを描かなくても、言葉やデザインで、ほのめかすと大体の人は分かってくれる。阿吽(あうん)の呼吸で通じちゃうんですね。
でもニューヨークは違う。メッセージは、明快に伝えなくてはならない。英語を読めない人もいるので文字にも頼れない。ヴィジュアルデザインは直に視覚に訴え、人の心に入っていける。ある種の「世界共通語」。音楽と似てますね。訴え受け取る「コミュニケーション」なんです。ただ、デザインは同時にアート。見て楽しいもの、考えさせるもの、面白さを目指さなくてはなりません。
アーティストは、どうあるべきか。世界の情報に通じ、社会に占める「自分の位置」を的確に知る。デザイナーとしての素質や経験はもちろんだが、世の流れを見極める「才覚」も大切…。夜、きらめく摩天楼の街をイエローキャブで走ると、こんな思いが心に浮かびました。
ニューヨークは、「美術館の都市」「博物館の街」ともいわれる。メトロポリタン、グッゲンハイム、ホイットニーといった高名な美術館が他にもありますが、ボクのお気に入りは「アメリカ自然史博物館」。セントラルパークの西にある、世界有数の施設です。
恐竜の骨格標本やクジラの実物大の模型をはじめ、アフリカや北米の野生動物の生態を現すジオラマなどが人気で、古代からの生物の進化、繁栄と絶滅がよく分かる。標本を見るうち、気付いたんです。例えば「生きる・死ぬ」は、どの文化に生きる人にとっても、一大関心事じゃないか。それはニューヨークが象徴する世界の舞台では、常にテーマになるに違いない。じゃ「死」の反対は何だ。むろん「生」でしょうね。でも「愛」かもしれない。「エロス」かも。だれにでも大切な、究極のテーマですよね。思えばMoMAでボクが惹かれた2つの作品には、こんな要素が込められていた。美術館や博物館は鑑賞を通し、自分の考えや思いを発見する場にもなるんです。(続く)
ニューヨーク滞在の折、よく通った中華料理店の入り口
※1 ニューヨーク近代美術館 1929年、実業家としてしられるロックフェラー3世の夫人ら3人の女性篤志家が前衛美術専門館として開設。ポスター、建築、写真、映画、商業デザインなど、当時は芸術としては認知されていなかった表現分野を収蔵品とする、画期的な館として注目を浴びた。一般的な展示のほか、ギャラリートークやレクチャー、シンポジウム、さらには教師や学生向けのさまざまな教育事業を展開している。規模拡張を繰り返しており、2004年秋には谷口吉生氏の設計による大幅増築を完成した。
※2 ウーヴェ・レシュ Uwe Loesch 1943年ドレスデン生まれの国際的ポスターデザイナー。ラハティ国際ポスター・ビエンナーレ展(1983)、ブルノ国際グラフィックデザイン・ビエンナーレ(1996)など、欧米各地のポスターコンクールで優勝・入賞を重ねる。イスラエル美術館、ローマのエスポジツィオーネ宮殿、パリのギャラリー・アートナムなど高名な会場で個展が開かれ、作品はワシントンDCの米国議会図書館、ベルリンのプロイセン文化遺産国立美術館財団美術図書館などに収蔵されている。
※3 佐藤晃一 1944年高崎市出身。東京芸術大学工芸科でビジュアルデザインを学び、69年資生堂宣伝部に入る。70年毎日広告デザイン賞特選。71年に退社・独立し、東京芸大デザイン科の非常勤講師を務めた後、85年東京アートディレクターズクラブ(ADC)最高賞を受ける。88年ニューヨーク近代美術館ポスターコンペ一席に選ばれる。90年毎日デザイン賞。世界各地の美術館に作品が永久収蔵されている。
=以上は、トランスアート社刊『世界のグラフィックデザイン13 佐藤晃一』(1994)、『同55 ウーヴェ・レシュ』(2002)記載の作家略歴をもとに作製。