ヴァイオリニスト 高木和弘さんインタビュー

掲載日:2005年10月16日

10月26(水)・31日(月)の二夜、ザ・フェニックスホールが開く「ポリフォニック・ソロ 高木和弘 無伴奏ヴァイオリン・リサイタル」。舞台に立つのは、関西期待の星・髙木和弘、ただ一人。「4本の弦と1本の弓」に音楽を託し、この楽器が持てる「表現の極致」に挑む。ヴァイオリン作品として「難曲中の難曲」として知られるパガニーニの≪24の奇想曲(カプリース)作品1≫全曲はじめ、現代日本を代表する作曲家・西村朗氏の新作など古今の作品を精選した特別企画。9月はじめ、故郷に短期間滞在した髙木に抱負を聞いた。 (ザ・フェニックスホール自主企画グループ 文中・敬称略)

――リサイタルを貫くコンセプトは

 ヴァイオリンは一般に、一つの音を繋ぎ合わせ旋律を奏でる楽器と思われがち。でも4本の弦を駆使し、一度に複数の旋律を紡ぎ、ポリフォニー(多声)音楽を立ち上げられる。また変化に富んだ音色も魅力。楽器が秘めた可能性を訴えたい。かつては「無伴奏リサイタル」というと、バッハのパルティータやソナタの全曲演奏が殆どでしたが、他にも優れた曲は多い。斬新なプログラムを模索するうち、初の二夜連続公演となりました。

――第一夜の、パガニーニ作曲≪カプリース≫について。

彼はイタリア出身。19世紀ヨーロッパに君臨したヴァイオリンの巨匠です。水際立った技術と、心を抉る表現で聴衆を陶酔させ、「悪魔の化身」と噂された。≪カプリース≫は超絶技巧の集大成です。複数の音を同時に鳴らす「重音奏法」や1オクターブ離れた音を同時にトリルで装飾する「ダブルトリル」、弓を弦に叩き付け跳ね返りを利用し音を切る「サルタート」など、名人芸的技巧が散りばめられている。電光石火の素早い楽句や力強い弓使い、囁くような弱音から唸るような最強音まで激しい強弱変化など、実に起伏に富んでいます。24曲中、最も有名なのは終曲(クワジ・プレスト イ短調 4分の2拍子)。正に「悪魔的」な主題と変奏で、この主題に触発されてブラームスやラフマニノフといった後世の作曲家も作品を創りました。また意外にも、現代を代表するエレクトリック・ギタリストのスティーヴ・ヴァイも、ライヴで取り上げています。ロックの大御所を引き寄せる魅力が≪カプリース≫にはある。それは技巧への挑戦と献身、音楽で聴衆を圧倒する感覚かもしれません。僕が惹かれるのも、大阪の北野高時代、ロックバンドでヴォーカルを担当し、今もロックバンドで活動していることと関係があるのかも。。。この曲は、生のヴァイオリンで奏でる「ヘヴィ・メタル」です。

―― ≪カプリース≫はパールマンやアッカルド、日本では五嶋みどりといった猛者が録音を残していますが、彼らを含めコンサートで全曲を取り上げる例は稀。なぜ。
 
僕自身、生で全曲を聴いたのは7年前の、ツェートマイアーだけ。全編通すと80分もの大作で、単調な演奏は許されない。体力・集中力を保つ必要がある。そして演奏の責任を独り担うプレッシャーも大きい。24曲を、仮に1日3曲ずつ練習する。全部で1週間以上かかる。一周した頃には、最初の曲を忘れてる。でも6、7曲ずつさらうとなると、キツイ仕事です。今回初めて向き合う曲も少なくないし、全曲演奏はためらいもありましたが、師匠(注・森悠子氏=長岡京室内アンサンブル音楽監督)から、この4、5年、「若い時代に弾いておきなさい」と勧められていましたし、腹を括りました。パガニーニが体現したデモーニッシュ(悪魔的)な空気を醸したい。

――第2夜の、エルンストの≪「庭の千草」変奏曲≫は、どんな作品ですか。

  作曲家はパガニーニよりも少し後の世代の、チェコ出身のヴァイオリニスト。この作品は有名なアイルランド民謡を基に変奏を展開する。先の≪カプリース≫では概ね、各曲ごとに用いる技巧が限られていたのに対し、この曲は複数の技巧が同時に出てくる。非常に素早い音階を奏でながら、通常は弦を押さえるだけの左手指で弦を弾いて音を出す-といった難題を突きつけてくるんです。この曲を弾く心持ちは「悪魔」どころじゃない、「魔神」です。8年以上、弾き込んできたレパートリーですが、新たな気持ちで取り上げたい。

――そしてバッハの≪パルティータ第2番≫。

  アレマンダやサラバンダなど、当時の舞曲にのっとった組曲。この曲も“旋律楽器”ヴァイオリンの、和声的な可能性を追求しており、≪カプリース≫の手本といえる。終曲<シャコンヌ>は特に有名で、単独で演奏される機会が多く、僕も弾いたことがありますが、全曲を舞台で弾くのは初。この曲はカンタータや受難曲といった宗教曲とは対極にある世俗曲。ヴァイオリンを弾いたバッハだけに、技巧を披露するような面も感じられますが、そこは信心深い大家の作品。最後に問われるのは精神性です。音色、音価、音程、アーティキュレーションといった、楽譜で読み取れる側面からあらゆる準備を尽くす必要がある。でも本番では、その総てを忘れ、曲と一つにならなくては。近年、こうしたバロック時代の作品については、作曲当時の楽器を使い演奏する「古楽」の取り組みが盛んですよね。時代背景や当時の演奏習慣を知ることは大切ですが、僕は今回、現代の楽器と感性で、この作品を捉えます。それこそが「伝統を生きる」ことだと考えています。

――西村朗さんの新作について。

  西村さんとは、ドイツのオーケストラや「いずみシンフォニエッタ大阪」でご一緒させていただいています。リサイタルの話をしたところ、新作を書いてくださることになりました。西村さんに限らず、新作初演を弾かせて頂くこと自体初めてで、ワクワクしています。今はまだ譜面を見ていませんが、多分、激しい曲なのでは。トレモロが続くかもしれない、すごく速いパッセージがあるかも…。ともかく弾きこなせる作品であってほしいと祈っています(笑)。

――「初挑戦尽くし」ですね。

  大きな試みを、ふんだんに盛り込んだのは確か。でもポピュラー音楽をはじめ、他分野のアーティストは厳しい試練に挑み、垢抜けする。それを思うと、このリサイタルも「革新的なことを手掛ける」という気負いは少なく、「ヴァイオリニストを標榜する以上、一度は通るべき道」という気もします。人々が、クラシック音楽に興味を持ってくださる契機は恐らくテレビか生のコンサート。やはり舞台でこそ、面白い試みが必要じゃないですか。二夜に亘るマラソン公演を、青息吐息で何とか完走、なんて情けないことでなく、世界新記録を狙って余裕しゃくしゃく、颯爽とテープを切りたい。僕は二夜の合間、33歳の誕生日を迎えます。演奏家の「節目」となる舞台にしたいですね。

使用楽器 1848年フランス製 オーギュスト セバスチャン ベルナルデル

エヴォリューション・メモリアルとは
フェニックスホールは1996年度から「フェニックス・エヴォリューションシリーズ」公演をおこなって参りました。これはホールを設置・運営するニッセイ同和損害保険株式会社の文化支援活動の一つで、公演企画を公募し、関西の評論家やジャーナリスト、研究者らのご協力による審査で選ばれたアーティスト・団体に、ホールと基本的な付帯設備を無料でお貸しし、ホールの協力のもとで公演を開いていただく事業です。2004年度までに行われた公演は36回。本2005年度はホール開館10年の節目で、私たちは記念として過去の同シリーズ公演から、とりわけその後のご活躍が目覚しい3アーティスト・団体をお選びし、公演を行って頂きます。なお、次回エヴォリューションシリーズ募集については10月中旬、当ホームページでお知らせします。