バロック・ヴァイオリン奏者中山裕一さんインタビュー
掲載日:2003年10月21日
僕がバロック・ヴァイオリン奏者の道を歩むことになったのは10年ほど前、大阪でサイモンの演奏会を聴いたことがきっかけです。彼の演奏を生で聴くのは初めてでした。
プログラムの軸は、ヴィヴァルディの≪四季≫。透明な音色、鮮やかなテンポ感が強烈な印象でした。イ・ムジチ合奏団や日本人演奏家の録音にも馴染んではいましたが、どれとも違った。犬の鳴き声、嵐、スケ―ト…≪四季≫の譜に添えられている詩の情景が、目に浮かんでくる舞台でした。バロックヴァイオリンの演奏は「音が小さいし、汚い」などと言われることもありましたが、そんな陰口を根底から覆す、精彩に満ちた舞台でした。
当時、僕は相愛大の学生。音楽理論を学ぶ同級生の高本一郎さん(リュート奏者)ら仲間と、楽器の調律を半音下げてバロック音楽を演奏するなど、既に古楽に打ち込んでいましたが、"大御所"サイモンの姿に身近に接し、「ヴァイオリンをやるならこれしかない」とプロになる決意を固めたんです。
レッスンを最初に受けたのは1994年11月。師事していた上野博孝先生(当時テレマン・アンサンブルコンサートマスター)が彼の弟子で、一緒に英国のグリニッジ天文台近く、ブラックヒースにあるサイモンの自宅に行きました。ピアノが一台あり、窓以外の壁は一面の本棚に囲まれた部屋でした。憧れの「雲の上の人」を前に、夢を見てる気分でしたよ。
まず、弓使い、そして指使いの指導に入りましたが、サイモンは曲や作曲家、時代により、教則本や研究書などを次々に本棚から出してくる。「こう書いてあるだろう」と、別の弾き方を説明するんです。音楽づくりにいつも根拠があり、正に学究肌の音楽家-と実感しました。と言っても演奏が硬直しているわけでもなく、旋律の歌い方や即興的な装飾音などは毎回、微妙に変える。この点、アドリブに長けたジャズメンのようでもあります。
古楽の演奏家として世界のトップの一人ですが、実に気さくで一緒に音楽ホールなど出掛けると、さまざまな人から声を掛けられる。たまに英国紳士を気取る こともあるのですが、"地"の愛嬌が抜けなくて、そこが憎めないんです。
毎年11月ごろ、1カ月間はコレギウム・ムジクム・テレマンと過ごしてくれます。一緒に練習していると、彼独特の涼しい音でオケが包まれるのですが、残りの期間は自分たちが頼り。僕もコンマスとして彼から教わった音楽をメンバーにキチンと伝え、音楽的な水準を保つ役目を果たさなくては-と強く思うようになりました。今の夢? 彼の主宰するグループに短期間でも入って"修行"をし、同じ年代の弟子同士で交流をしてみたい。ヴァイオリニストとしてはバロックの作品以外にもハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンなど古典派にもレパートリーを広げ、表現の幅を広げたいですね。
今回の舞台は、願ってもない機会。舞台の上、僕の「問い掛け」に彼がどう答えてくれるか。お客様以上に、楽しみにしています。 (談)
◆なかやま ゆういち◆
4歳でヴァイオリンを始める。相愛大在学中からテレマン室内管弦楽団の演奏に参加。1995年、同大卒業と同時に同楽団入団。コンサートマスター就任後初舞台となった2000年7月の定期演奏会(東京)では「バッハ/ブランデンブルク協奏曲第5番」の独奏で好評を得た。同年10月、バロックヴァイオリンリサイタル「バッハ/ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ全6曲」(共演:中野振一郎)で大阪文化祭奨励賞。最近はヴィヴァルディの「四季」をはじめ、多くの作品でソロを務めている。ヴァイオリンを小栗まち絵、バロックヴァイオリンをサイモン・スタンデイジ、上野博孝の各氏に師事。定期的にロンドンでスタンデイジ氏の薫陶を受けている。