西岡信雄さん(大阪音楽大学理事長兼学長)インタビュー
掲載日:2003年7月2日
西岡信雄さん(大阪音楽大学理事長兼学長)インタビュー
「レクチャーコンサートシリーズ」の第2回は、7月7日の「小鳥と人間の音楽交流」。講師の西岡信雄さんは大阪音大の理事長兼学長。このテーマは長年追究してきただけに、含蓄に富んだ話が期待できそうだ。慶応大学商学部を卒業後、大フィルでフルート奏者を務め、欧州へ留学。帰国後は民族楽器も手掛けるフリーの奏者として活躍。その後、音楽人類学者として国内外で調査・研究を重ねる一方、市民オーケストラや合唱団、リコーダーアンサンブルの育成に当たり、弥生時代の銅鐸の音色を探るユニークな演奏会を開催するなど多彩な活動を続けてきた。今回の公演について聞いた。
――小鳥と人の交流に関心を持ったのはきっかけは。
多分少年時代、自宅でいろいろ鳥を飼っていたからでしょう。ニワトリやアヒル、カラスからインコ、ヒワ数10種と多数育てました。タカと信じてヒナを飼っていたら、「ピーヒョロロ」なんて鳴いて「あれ?トンビだったの」ということもありましたけど…。鳥は古代から人に最も身近な生物でした。犬や牛などと違うのは、世界の多くの民族が鳥を神格化していた点です。日本の八咫烏(カラス)、エジプトの月神トート(トキ)や光神ホルス(ハヤブサ)、アンデスの山霊アプ(コンドル)など、各地の神話には頻繁に鳥が登場します。鳥は空を飛べる。人に無い能力です。虫だって飛びますが、鳥には渡りの習性もある。季節が巡ると姿を消し、再び戻る姿から人は「人界と異界を往来する」と信じ崇拝した。自然を畏れ敬う信仰の対象という面で、鳥は特別な生物だったのです。メロディーが呪文から、楽器が呪具から発達したことを考えると、小鳥と音楽はこうした精神文化と結び付く共通項があったと言えそうです。
――鳥は、なぜ鳴くのでしょう?
縄張りをライバルに知らせるのと、異性の気をひこうとする呼び掛け。種を保とうとする本能が囀りを生み出します。また鳥には異種同声がない。他の鳥と仲間を区別したり、自然界で配偶者を探し出すのに役立っています。しかも同じ仲間の中でも啼き声で個体識別ができる。カモメのような海鳥は皆、海辺に群れる何千という仲間の中から啼き声だけで相手やヒナを識別するんですよ。クラシックの公演に行くと、音にウルサイ方も少なくありませんが、車のクラクションを聞いて車種を言い当てられる人が一体何人いるでしょうか。人より鳥の方が音感が良いと思います。
――鳴き声はどうやって習得するのですか。
鳥が歌を覚える過程は人間が言葉を習得するのと似た面があるんです。鳥の脳には鳴き方のモデルが遺伝的にプログラムされていることも少なくありませんが、「刷り込み」といって、ヒナの時に親鳥や、親と思い込んでしまった別の生物の声から学ぶ場合がある。こうして後天的に学習する代表格がオウムやインコ、九官鳥、そしてヒバリ、ウグイス、カラスなど「スズメ目」に分類される鳥たち。音感の良いもの悪いもの、雌にアピールする節をあれこれ歌うもの。人間同様いろトリドリです。
――それを人が音楽にした…。
何かを真似し、他人に伝え、遊びたいという衝動はあらゆる生物の中で人間が最高。でも、鳥声を真似たり、鳥に歌を教えたり、人間ならではの"遊び心"ですよ。ニワトリの「コケコッコー」にしても、カナリアやナイチンゲールのさえずりにしても、既に立派なメロディーでしょ。メロディーを付けて声を出したのは人間より鳥が先輩です。「焼き鳥でちょっとイッパイ」なんて言わないで、少しくらい鳥に感謝しないと。
――ご専門の音楽人類学は、どんな学問なのですか。
音楽に視点を置いた文化人類学です。音楽そのものの研究をするのはいわゆる音楽学ですが、私は音楽を取り巻く人間そのものを研究対象にしています。音楽に接した人の態度、反応、価値観などを調べ、人類の行動パターンを探すのです。私の場合は特に「楽器」を手掛かりに人々の行動を考察します。私は音楽というものを出来る限り広く捕らえたい。茶碗も叩けば楽器。相撲の振れ太鼓も音楽。カラオケはもちろんカエルの声だって音楽です。つきつめると「音」と「音楽」の境界はありません。世の中の全ての音は常に音楽になるチャンスがある。
――「音楽」のとらえ方がとても自由なのですね。
大フィルではフルートを吹いていましたが、学生時代にジャズバンドを組んでいましたし、家に帰れば鳥が歌ってたわけですからね。少なくとも、いわゆるクラシック音楽だけに閉じこもる気は、全くありません。ヨーロッパへ留学したはずが、アフリカで現地の音楽や自然の音を観察していたり。地球上の、すべての音楽と音に等距離で向き合っていきたいです。西洋のクラシック音楽が「音楽」で、それ以外の音楽が「民族音楽」に分類されるなんてヘンでしょう。ベートーベンの曲だって、ヨーロッパの民族音楽です。明治以来、西洋の物の見方・考え方ばかりを受け入れてしまったから、今でも日本の音楽大学には日本の伝統音楽の専攻を持たない所がある。ピアノの鍵盤は88あるけど、お琴の弦の数は知らないまま―なんて学生も少なくない。一つの文化圏だけで生まれ育つと、自分の周囲の「常識」が人類に普遍的なものだと思い込みがち。でも、好奇心を持って地球上を歩いてみれば、そんな「常識」はあっさり崩れるものです。小鳥と人間の音楽交流に触れていただく中で、そんな思い込みを崩すきっかけを見つけてもらえたら…と願っています。
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にしおか・のぶお 1939年東京生まれ。63年慶應義塾大卒業。大阪フィルハーモニー交響楽団で66年までフルート奏者として活動した後、大阪音大で関西洋楽受容史の研究に当たる一方、フリーのフルート、ピッコロ、リコーダー奏者、民族楽器奏者として活躍。71年大阪リコーダー・コンソートを結成、主宰(90年まで)。76年大阪音楽大学助教授、83年同教授。96年から同理事長、98年から学長兼任。80年ごろから楽器に視点を置いた音楽人類学の研究者として執筆・講演活動に取り組み、世界各地でフィールドワークを続けている。伊丹アイフォニックホール音楽プロデューサー、
楽器博物館名誉館長。
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