天羽明恵さん(ソプラノ) インタビュー
掲載日:2003年2月5日
――東京とシュトゥットガルトに住まいがあり、日欧を行ったり来たり。オペラ歌手として活動を広げていますが、テレビ「お母さんと一緒」の歌のお姉さんになりたかったそうですね。
そうなんです。昔も今も子供が大好き。幼い頃は山本リンダさんの『狙いうち』がお気に入りで、歌って踊っている彼女に憧れたんです。父は大工で、音楽と直接関係はなかったですが、家にクラシックの名曲全集のレコードはありました。三歳でピアノを始め、小学校から後は吹奏楽団や鼓笛隊でトランペットを吹いたり、指揮をしたり、合唱部で歌ったりで過ごしました。歌に導いてくれたのは、小学校の先生。 『声が良いわね。歌をやってみたら』と言ってくれたんです。中学三年の秋に進路を考え、音楽と一緒に毎日を送りたくて、都立芸術高を選びました。
――歌で生きることを、真剣に考えたのはいつですか。
大学卒業後2、3年間、文化庁移動公演で旅した時でしょうか。長崎の対馬や北海道・根室、宮城の気仙沼など地方都市を回り、ブリテン作曲の『小さな煙突掃除屋さん』を歌いました。小編成のオペラで、いろんな演奏家や裏方さんと話し、将来を見つめました。私は幸運にもヨーロッパへ留学でき、いま各地の舞台に立つ機会をいただいています。そんな中で、少しずつ心が固まってきている最中です。
――どんな歌手を目指しますか。
私は、リリック・コロラトゥーラ(叙情性と、技巧性を併せ持つ声)。同じ声質のオペラ歌手では、(エディタ・)グルベローヴァと、(ルチア・)ポップを尊敬しています。グルベローヴァは20年、30年も同じ役を歌い、役を完全に血肉にしている。でも、歌にいつも新鮮さがあふれているのが魅力。一方ポップは、年齢と共に取り組む役を巧みに変えてゆき、その時々で美しい華を咲かせてきた。対照的な2人ですが、学べるものはそれぞれ大きいです。私はツェルビネッタ(R・シュトラウス『ナクソス島のアリアドネ』)やジルダ(ヴェルディ『リゴレット』)役を重ねてきました。"地"の性格はスブレット(快活で初々しい若い娘を演じるソプラノ)で、ブロンデ(モーツァルト『後宮からの逃走』)みたいな、おきゃんな役も好きですが、心情深いものにも興味を感じているんです。
――気持ちの上で、活動の主軸はオペラでしょうか。
うーん、今はオペラが"本籍"といえるかも…。でも、いろいろなことが出来てこそ、オペラでも華を咲かせることできると思います。バロックの宗教曲や古典作品などの蓄積も必要です。歌曲にも、もちろん歌曲ならではの素晴らしさがありますし…。オペラに無い要素を求め、さまざまな音楽に取り組みたい。一生、いろんな勉強を重ねていきたい。
――フェニックスホールで今回、歌う曲について。
シューベルトの『ます』をはじめ、山田耕筰や私が大好きなR・シュトラウス、そしてウルマンの作品も選びました。必ずしも有名な曲ばかりではありませんが、知られざる名曲って多いんですよ。私もヨーロッパでそういう作品にたくさん出合えました。逆に山田の歌曲は、ノルウェー演奏旅行の際、大変喜んでもらえた作品です。日欧を往来する演奏家が、こうした作品を紹介するのは大切な役割だと思っています。
――ウルマンは、あまり聞かない作曲家ですね…。
第2次大戦中、テレジン強制収容所で音楽活動をしたユダヤ人です。当時ナチスは収容所で文化的な生活が営まれているという宣伝工作を企て、彼を利用したんです。結局アウシュビッツ収容所で亡くなったようですが、テレジン時代もいつ殺されるかにおびえる恐怖の日々を送ったはず。今回、取り上げる『五つの愛の歌』作曲時の1938、9年は比較的自由でしたが、楽譜からは暗い時代の緊張が伝わってくる。表面的に美しく歌うのでなく、彼が音楽に賭けた情熱やエネルギーを伝えたい。
――音楽を取り巻く状況で日独の違いを感じることは?
ドイツは活動の場がとても多い。気軽に劇場に足を運ぶ習慣があるのも羨ましいです。若手を、長い年月をかけ育てようという気風が聴衆にあるのも素晴らしいこと。そんな環境の中、劇場専属としてキャリアを積む歌手も少なくありません。
――今は音楽が一番大事?。
そうですねー。歌は自分を最も表現できる手段。さまざまな舞台に立てる毎日は幸せです。ただ私は元々、一カ所に縛られるのが嫌な性格。あちこち飛び回る今の生活が、性に合っています。結婚して子供を産んだら、考え方が変わるかもしれませんけど(笑)。歌のお姉さんと同じくらい、良いお母さんになるのも小さい頃からの夢。仕事でもプライベートでも、無理はせず、一つひとつの出会いを大切にしていきたいですね。
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あもう・あきえ 東京出身。東京芸大卒。二期会オペラスタジオ、オペラ研修所修了。1999年度アリオン音楽賞受賞。93年文化庁在外派遣研修員で独シュトゥットガルト音大留学。同年ソーニャ・ノルウェー女王記念国際コンクール優勝。95年五島記念文化賞オペラ新人賞を受け、副賞でベルリンで2年間学ぶ。独ラインスベルク音楽祭のR・シュトラウス「ナクソス島のアリアドネ」のツェルビネッタ役を務め、以後欧州を軸に活躍中。
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