Prime Interview 藤木大地さん

カウンターテナー界に日本のスター現る!

掲載日:2018年11月21日

藤木大地の勢いが止まらない。2017年4月、オペラの殿堂・ウィーン国立歌劇場に東洋人初のカウンターテナーとして鮮烈にデビュー、2018年はCD「愛のよろこびは」でメジャー・レーベルへのデビューを果たし、そのタイトル曲が村上春樹原作の映画「ハナレイ・ベイ」の主題歌に抜擢された。一人のスターの存在が、そのジャンルの発展を急速に推し進めることがあるが、藤木の活躍は日本における「カウンターテナー」の地位を大きく引き上げたといえよう。男性が裏声を使った技術によって、女性のアルトからソプラノまでの音域をカバーするのがカウンターテナー。藤木のレパートリーは、バロックから現代まで、宗教曲、オペラ、ミュージカル、日本の歌と幅広いが、どの国のどの言語の曲をうたっても、「この歌を届けたい」という彼の執念にも近い強い思いが舞台から刺さるように伝わってくる。今回のリサイタルにこめられたメッセージを聞いた。
(取材・文:新井鷗子/構成作家)

歌の言葉を伝えることを第一に考えています。

 

 

――今回のリサイタルは「日本のうたと、その時代in OSAKA」と題されていますが、プログラムの構成について教えてください。

 「プログラムを考える時は、2月8日の午後の約2時間、お客様とどのような時間を過ごそうか、その時そこにいらっしゃるお客様のことを想定しながら組み立てます。コンサートが始まってから終わるまでの感情の移り変わりを演奏者とお客様が共有できるように、「一続きのストーリー」が感じられるプログラムを作るようにしています。
 今回の「日本のうたと、その時代」というタイトルには、日本の歌のリサイタルという基本的な流れの中に、同時代の外国の歌を入れるというコンセプトがあります。明治時代に西洋音楽が輸入されて、「西洋風の日本のうた」という日本独自のジャンルができました。その時代の外国の音楽にも目を向け、同じ頃にヨーロッパと日本で作られた曲を並べて聴いてみて、違いや共通するものを見つけて楽しんでいただけたらと思っています。タイトルに「in OSAKA」とわざわざ銘打っているのは、大阪で初お披露目となる曲やリサイタルで初めて歌う曲などを多く含んでいるからです。
 プログラムの前半は、ちょうど立春を過ぎた季節ですので春や花を連想させる歌を選びました。さくら、バラ、くちなしなど題名に華やかな「文字」が入っているということも選曲のポイントの一つです。観客の皆さんは歌を聴く前にまずプログラムを文字として目で読みますからね。
 最初の「愛のよろこびは」(※)は、最新アルバムのタイトル曲でもあり、関西では初披露になります。そして第3曲と第4曲の間には大きなギャップを作りました。イギリスの作曲家クィルターの「吹けよ、吹け、冬の風」と、岡野貞一の「春が来た」は、同じ時代の曲なのに音楽の雰囲気がズルッとずっこけるほど違います。ここで大阪のお客様はきっと、「なんでやねん」とツッコミを入れてくれるはずです。(笑)  

 

――プログラムの後半には、藤木さんの主要レパートリーである武満徹の「死んだ男の残したものは」が入っています。

 この曲も、有名だから取り上げたのではなく、コンサートのストーリーの流れに合うものとして入れました。プログラムの後半は、反戦や平和がテーマです。武満の曲と同じ1960年代に作曲された、アメリカのバーンスタインの「とってもきれい」は、“みんなとってもきれいなのに戦争で死ななくちゃならないんだって。何故?と先生に聞いたら、平和のためだから、というけど、あたしにはわからない”という歌詞です。大戦から70年以上経っても世界は何も変わっていなくて人間はちっとも成長していない。そういうことを普段は考えませんが、コンサートでこの歌を聴く時だけでも戦争について想う時間になればいいなと思います。
 また、ミュージカル『レ・ミゼラブル』の「夢やぶれて」は、年代をみると日本の作曲家・小林秀雄と西村朗さんの間に生まれた音楽です。クラシックコンサートだからクラシック音楽だけ演奏するという暗黙の慣習がありますが、どの曲も歴史の中で生まれた音楽であって、僕はジャンルではなく時代という視点から音楽をとらえたいという気持ちがあります。西村朗さんの作品「木立をめぐる不思議」は、僕が2015年に委嘱し初演したものです。西村さんは大阪のご出身で、今回がこの曲の大阪での初演になります。 

 

――現代の日本の作曲家の作品を積極的に紹介されていますね。

 同時代の作曲家に新作を委嘱するという行為を、「現代音楽の活動」とは受け取ってほしくありません。それはモーツァルトやシューマンが同時代の演奏家のために作曲していたのと同じことで、生きているアーティスト同士が新しい芸術を創造するという当たり前の行為なんです。だから作曲家には、何度も再演したくなる曲を作ってほしい、と頼んでいます。プログラムの最後は、大人気の作曲家で友人の加藤昌則さんに「祈り」をテーマにした歌曲集を現在書いてもらっている中から、1曲を世界初演します。

――藤木さんの世界的な活躍が、日本での「カウンターテナー」の認知度を一気に高めたように思えるのですがいかがですか。

 2011年にカウンターテナーに転向すると決心した当時は、カウンターテナーになったところで日本で仕事があるのだろうか、と不安でしたが、2012年に日本音楽コンクールでカウンターテナーとして初優勝できたことが大きかったです。カウンターテナーという言葉が徐々に認知され、コンサートに出演のお声がかかるようになっていきました。そして2017年のウィーン国立歌劇場デビューのニュースが、いろいろなメディアで流れ、クラシック・ファン以外の方々にも知ってもらうという幸運に恵まれました。
 しかし「知る」という行動と「興味を持つ」という行動の間にはワンステップあって、知ることから興味を持ってもらうところまでどうやって持って行くかが大変です。さらにチケットを買ってコンサートに来てもらうまでには様々な努力や工夫が必要です。これからは、クラシック音楽以外のマーケットにどう訴求できるかが問われて来ると思います。  
  

――お客様へのメッセージをお願いします。

 ある1つの曲を皆さんの前で歌うにあたり、僕は、テキスト(歌詞)が自分の心に「すとんと落ちた」という感覚にたどり着くまで歌い込みます。楽譜を覚えているという感覚が消えて、テキストが体の一部になったという境地になるまで何度も歌います。しかし感情移入し過ぎてはいけません。あくまでも歌手は、作曲家の思いをお客様に伝える「語り部」です。僕は、いい声を出すことよりも、言葉を伝えることを第一義に考えています。英語やドイツ語やイタリア語を完全に自分の言語として習得しているのも、歌のテキストをよく理解し、お客様に伝えるためです。
 カウンターテナーに転向して7年余、心と体のバランスが取れない時期もありましたが、今は好不調なく安定したコンディションの上で様々な表現方法を試したりすることができ、歌うことがとても楽しいです。共演するピアニスト松本和将さんは学生時代からの付き合いで、ソリストとして素晴らしい方ですからピアノの美しさにも是非ご注目ください。このリサイタルは1年前に発売開始になりましたが、ちょうど1年前に買ったという方がSNSにチケットの写真をアップしてくださったんです。大阪のノリの良いお客様のためにとっておきのプログラムを用意しましたので、ぜひいらしてください。

(※)映画「ハナレイ・ベイ」主題歌