Prime Interview パスカル・ロジェさん

優美な音色で優雅を創造する
フランスを代表するピアニスト パスカル・ロジェさん

掲載日:2017年5月19日

1971年にロン=ティボー国際コンクールで優勝。一躍脚光を浴び、国際舞台で精力的な活動を開始したパスカル・ロジェ。以後、世界の主要なオーケストラや指揮者との共演を重ねると共に、世界中のホールでソロリサイタルを行い、現在は名実ともにフランスを代表するピアニストの一人である。出身国であるフランスの音楽を最も得意とし、中でも、フォーレ、ドビュッシー、ラヴェル、サティなどは絶対的な評価を得、彼ならではの独自の世界を構築している。本コンサートでは、渾身のオール・ドビュッシー・プログラムを携えて登場。ザ・フェニックスホールならではの上質な音響空間で、パスカル・ロジェの紡ぐ淡く美しい音色を堪能していただきたい。
(取材・文:宮地泰史/あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホール)

 

フランス音楽の真髄に迫る旅

 

 

 

どのような少年時代を過ごされましたか。

 幸せな少年時代でした。音楽一家の元に生まれ、母と祖母はピアニストでオルガニストでした。祖父はヴァイオリニストだったので、生まれる前から音楽を聴いているようなものでした。文字を習う前に音符を学び、3歳の時にピアノを始めました。それ以来、音楽とピアノに情熱を注ぎ続けてきました。

 その中で、素晴らしい先生ともめぐり合うことができました。9歳までは母の元でピアノを勉強していましたが、パリのコンセルヴァトワールに入学してからは、リュセット・デカーヴとルイーズ・クラヴィウス=マリウスに習い、学外では、マルグリット・ロン、ナディア・ブーランジェ、ジュリアス・カッチェンのもとで学びました。

 

 

若い頃、どのような音楽を聴いていましたか?今聴く音楽と違いはありますか?

 若い頃から趣味はほとんど変わっていません。クラシック以外の音楽も昔から大好きでした。オペラはもちろんのこと、ビートルズを初めて聴いた時はとてもワクワクしましたし、今でも聴き続けています。ポップスや、シャンソンも好きで、ジャズも大好きです。(残念ながら私は弾けませんが)

 音楽に対する情熱はずっと持ち続けています。そして美しいもの、素晴らしいものを愛する心もそのままです。あとは、料理、ワイン、旅、文学、絵画など、私の周りに存在する世界と人々に対して、強い好奇心を持っています。言ってみると、永遠の少年のようなものですね。

 

 

ロジェさんにとってのフランス音楽の魅力とは。

 あまりにも魅力に溢れていて、すべてを表現するのはとても難しいですね。例えば、シンプルなメロディにハーモニーの創造性、独創性がある事です。また、哲学的・感情的な主張が無い中で、短い作品の中に多くのことが凝縮されていることです。様式よりも自由な表現に重きが置かれているところも魅力です。本当、数えきれませんね!

 

    
現代のフランスの作曲家の音楽についてはどのように思われてますか。

 私にとってのフランス音楽は、サン=サーンスから始まりデュティユーへと続きます。私がまだ6歳の時に母がプーランクのオルガン協奏曲を弾いていたのですが、その音楽に感動したことを今でも鮮明に覚えています。そしてドビュッシーの「雨の庭」と「帆」を弾いた9歳の時以来、サティ、フォーレ、ドビュッシー、ラヴェル、プーランクらが、私の毎日の“友人”となりました。また、ジェルメーヌ・タイユフェール(*1)やジョルジュ・オーリック(*2)など、あまり知られていない作曲家も好きです。残念ながら、存命のフランス人作曲家には、彼らほどの音楽的な喜びをもたらしてくれる人はいません。

 

 

ロジェさんの考えるピアノの音色とはどのようなものですか?

 私の音楽の本質は音色であり、ずっと追求し続けています。音色は聴衆やあらゆる楽器と語り合う際に欠かすことのできないものです。人間の声は響きという性質のもとに存在していますが、歌手、ヴァイオリンやフルートなどの演奏家だけがその美しい響きを求めるわけではありません。ピアノも同様に、音楽は音そのものから始まるのです。
 ピアノが人間と同じように“歌う”ことができると信じて、聴衆の耳に届けることが必要だと思います。そのためには、音階やオクターブを練習するように、音色を作り出す練習が必要です。また、イマジネーションがとても大事ですが、こればかりは練習で創り出せるものではないですね。

 

 

日本についてどのような印象をお持ちですか?

 もしもピアニストにとって理想郷というものがあるとすれば、それは日本だと思っています。この国には、演奏するために旅してきたアーティストにとって、望むべきすべてのものが揃っています。コンサートホールとピアノは本当に素晴らしく、楽屋は住みたくなるような設え。サービスも至れり尽くせりです。聴衆の皆さんは熱心で音楽をよく理解しているし、どこに行っても温かい人たちばかり。ずっと日本で演奏出来たらどれだけ嬉しいことでしょう!

 

 

プログラムを組む際に気を配っていることはありますか。

 フランス音楽による“音楽の旅”となるように、いつも作品の選択と順序に気を付けています。例えば、訪れた美術館である時代に同じインスピレーションを受けて描かれた多様な絵画を見る時のような情景を、プログラムで表現したいと思っています。このような理由から、聴衆の皆さんには曲間での拍手をご遠慮いただくようお願いしています。私自身の夢と皆さんの夢から覚めないように。拍手は、コンサートが終わった時に、美しい時間を共に過ごしてくれた感謝を表すためにするべきものだと思っています。

 

 

今回のプログラムの聴きどころを教えてください。

 このプログラムは、ドビュッシーの真髄に迫る旅です。彼がまだ若かった頃の作品から晩年に書かれた曲までを辿ると、ワーグナーの影響がみられる「アラベスク第1番」や「ベルガマスク組曲」から、「前奏曲集」や「映像」のような全く新しい斬新な作品へと変貌を遂げるまで、表現の発展をみることができます。
 ドビュッシーは改革者でした。音楽表現に新たな価値を見出しただけでなく、大胆なハーモニーの創造への扉を開きました。その中で、己と聴衆の喜びのために音楽を創り上げるという、彼にとって最も重要なことは守り続けたのです。

 

 

最後にお客様にメッセージをお願いします。

 皆さんに、リラックスして夢のようなひと時を過ごしてほしいと思っています。ドビュッシーのハーモニーや響きの美しさを見つけ、会場を後にする頃には、美しいもの、生きる喜び、それらを他者と分かち合う喜びに包まれていることを願っています。是非、ザ・フェニックスホールでお会いしましょう!

 


*1 ジェルメーヌ・タイユフェール(1892-1983)
   フランスの作曲家。ロマン派の様式を基調に軽妙で洒脱な作風が特徴。
*2 ジョルジュ・オーリック(1899-1983)
   フランスの作曲家。映画「ローマの休日」や「悲しみよこんにちは」の作曲などで知られる。