Prime Interview 福井麻衣さん

2月26日「ハープ・アンリミテッドに出演する
大阪出身のハーピスト
福井麻衣さん

掲載日:2015年9月18日

「ハープの限りない可能性を切り拓くことで、従来の固定イメージを覆したい」。そんな熱い思いが、「ハープ・アンリミテッド」というタイトルには漲っている。2005年に日本人として初めて、パリ国際ハープ・コンクールを制するなど、数々の登竜門で実績を重ね、パリを拠点に国際的な演奏活動を展開する大阪出身の俊英・福井麻衣が、ザ・フェニックスホールのティータイムコンサート・シリーズに登場。ドビュッシー「アラベスク第1番」など王道の名曲だけでなく、ワトキンズ「火の踊り」では打楽器のようなワイルドな表現、サクソフォンとの共演でのピアソラやドビュッシー。さらには、新鋭のエレクトリック・ハープを駆り、グルーヴ感あふれる「ホテル・カリフォルニア」まで聴かせるなど、多面的に魅力を掘り下げる。「“ハープの変身”を楽しんでほしい」と福井。このステージが、ハープの歴史を変える第一歩となるか。
(取材・文:寺西 肇/音楽ジャーナリスト)
 

 印象覆す、エレキも挑戦

 

 

後半で使用するエレクトリックハープとともに。

後半で使用するエレクトリックハープとともに。

 

 

 

 

―大阪のご出身だけに、ザ・フェニックスホールには、思い入れが大きいのでは。
 はい。実家からも近いので、ステージは楽しみです。子供の頃、よく2階席から身を乗り出すようにして、聴いていたのを覚えています。特にアンコールの時、ステージ後ろの反響板が上がって、夜の街が見えるのが、とっても好きでしたね(笑)。それが今、ステージに自分が立って、お客様に聴いていただくのには、特別な感慨がありますね。

 

 

 

―今回は、大きく4つのブロックからなる、ユニークな構成ですね。
 「ハープ・アンリミテッド」と言うタイトルには、まず「ハープが無限の可能性を持っていて、それを表現してゆきたい」と言うのと同時に、「自分自身も限界を作ることなく、チャレンジを続けてゆきたい」との気持ちも込めました。昨年2月にザ・フェニックスホールでリサイタルをさせていただいた折には、「古典作品から現代へ」という感じでプログラムを組んだんですが、今回のステージは4つの個性的なブロックで構成して、「ハープの変身」を楽しんでいただこうと考えました。

 

 

 

―最初のブロックは、「ハープで聴きたい曲」ばかりですね。
 ええ。でも、実は全て、ハープのオリジナル曲ではないんです。バッハの場合、本来はヴァイオリンの作品ならば、滑らかなフレージングを、あるいは、チェンバロの曲ならば、その煌びやかな音色を、どこまでハープで表現できるか。そして、次に置いたのは、グノーのオペラ《ファウスト》による幻想曲。このオペラは今年3月、パリのバスティーユ歌劇場での公演を実際に聴いて、歌とオーケストラ、そして場面を目と耳にしっかり焼き付けました。例えば、悪魔が「イッヒッヒッヒッ」と笑うような場面もあるのですが、これも、どこまで不気味に再現できるか(笑)。どれも挑戦ですね。さらに、移り変わる旋律が流麗で、ハープの音色にも合っているドビュッシーの《アラベスク第1番》で、最初のブロックを締め括ります。

 

 

―次の“第2ブロック”は、打楽器のイメージですね。
 ワトキンズの《火の踊り》は変拍子やヘミオラ、シンコペーション、爪でグリッサンドするパッセージなど、リズムが打楽器的です。続くデ・ファリャの「スペイン舞曲」は、オペラ中の原曲ではカスタネットが使われているので、そのイメージをどこまで再現できるか。そして、橋本玲子先生が昨年、私のために書いて下さった作品では、ウィンドチャイム(※1)とクロッタル(※2)、ふたつの打楽器をハープの左右に置いて、ハープと共に奏でます。打楽器は、ハープで出し切れない音を補完する意味合いもありますし、時にハープは打楽器の一部にも。特殊奏法も盛り込まれていて、砂漠と鳥の羽根のイメージを形作ってゆきます。

 

 

 

―後半で登場する「エレクトリック・ハープ」とは。
 「エレキ・ギターの妹分」(笑)みたいな感じで、ギターと同じように、アンプやエフェクターを使い、立って演奏します。7年ほど前、デボラ・ヘンソン・コナント(※3)というハープ奏者が弾いているDVDを観て、まず彼女の聴衆を惹きつける力に魅力を感じて、私自身にも「幅広い層にアピールしたい」という思いがあるので、「いつかは…」と考えていました。今回は、コナントが作曲したエレキ・ハープのためのオリジナル曲《バロック・フラメンコ》を。そして、「典型的なエレキ・ギターの曲を」と《ホテル・カリフォルニア》を選びました。スライドやトレモロなどのギター特有のテクニックをどこまで再現して、お兄ちゃん(笑)に近づけるでしょうか。

 

 

 

―そして、サックスの井上麻子さんとの共演ですね。彼女は、パリ国立高等音楽院の先輩でもありますね。
 実は、高校2年で受験を決めて、パリへ初めて見学に行った時に、偶然、声を掛けたのが麻子さんでした。初対面にもかかわらず、受験の要領やお手洗いの場所まで、優しく教えていただいて…(笑)。大らかで包容力のあるお人柄で、何より同じ関西出身で気も合うので、親しくさせていただいています。サックスとのデュオ自体が初めてですが、“大先輩”との共演は、ずっと念願でした。井上さんのサックスは、例えばドビュッシーだと、モネの絵画の色合いを感じさせる“印象派の音色”がして、フルートやホルンの音色がして来るような場面もあるんですよ。本当に楽しみです。

 

 

 

―チャイコフスキーのオペラ《エフゲニー・オネーギン》の主題による幻想曲を、“締め”に置いた理由は。
 これは、エカテリーナ・ワルター=キューネ(※4)の編曲です。私自身がこの曲を大好きだというのもありますが、オペラ自体は悲劇ですが、シーンの合間に美しいワルツが挟まります。この幻想曲も、優雅なワルツで明るく閉じられるので、楽しい雰囲気で帰っていただけると考えました。

 

 

 

―ところで、ハープとの出逢いは?
 父の仕事の関係でスウェーデンに住んでいた7歳の時、学校のお友達の家に遊びに行ったら、金色のハープがどーんと置いてあって…「弾いてみたいなー」と思ったら一目惚れ(笑)。実は、この家のお母様がイェーテボリ交響楽団のハープ奏者で、彼女から手ほどきを受けました。その頃から、吉野直子さんが弾くCDが大好きで、何度も何度も聴いていました。スウェーデンの冬場の長い夜にも、その明るい音色に勇気づけられ、癒されていました。

 

 

 

―ハープの演奏にとって、最も大切なこととは。
 ハープは指で直接弾くので、自分の感情が音に伝わってしまう楽器。自分の気持ちにざわつきがあれば、ハープからは悪い返事があるし、逆に、澄み渡っていれば、とても良い音で応えてくれる。常に、ハープが“教えてくれる”んです。

 

 

 

―東日本大震災の発生直後には、パリで開かれたチャリティー・コンサートに参加されていました。一(いち)音楽家として、どう社会と関わってゆこうとお考えですか。
 あの時は、ごく自然に「何かやろう」と…。黛敏郎先生の「ROKUDAN」を弾いて、言葉にできない感慨を抱きました。音楽は、言葉を超える存在です。社会がどういう状況にあろうとも、音楽を聴いていただくことで、人を一瞬でも元気にしたり、希望をもっていただけたりできれば、と常に考えています。

 

 

 

―将来は、どういう音楽家になってゆきたいと思いますか。
 ソロやアンサンブルは勿論ですが、他のジャンルとのコラボレートに挑戦して、ハープを知らないお客様にも広く聴いていただきたいですね。そして、いずれは後進を育てて、ハープ人口を増やしてゆければ。例えば、本当に夢なんですけど、学校にひとつハープが置いてあれば、実際に触れる機会が増えれば、演奏に取り組む子も出て来て…なんてことを漠然と考えています。

 

 

 

※1 長さの違う金属棒を大きさの順に並べて、糸で吊り下げた楽器。指などで揺らすと、涼しげな音色がする。

※2 アンティーク・シンバルとも。普通のシンバルよりも厚みがあり、音階がはっきりしている。

※3 Deborah Henson-Conant(1953~)。米カリフォルニア出身のエレクトリック・ハープの第一人者

※4 Ekaterina Walter-Kuhne (1870~1930)。ロシアの女流ハープ奏者