いちおし公演 インタビュー♪

「室内楽のメッカ」で今井信子さんと共演 11月、バッハ「ゴルトベルク」を三重奏で マイア・ガベザ(Vn)&ガブリエル・カベザス(Vc)

掲載日:2014年10月27日

 「室内楽のメッカ」で今井信子さんと共演

  11月、バッハ「ゴルトベルク」を三重奏で
マイア・ガベザ(Vn)&ガブリエル・カベザス(Vc)

室内楽に携わる世界中の演奏家から、「聖地」と称されるフェスティバルが米国にある。「マルボロ音楽祭」。同国北東部ヴァーモント州の田舎町で毎夏、7週間にわたり開かれる室内楽の祭典だ。功成り名を遂げた大家から才気溢れる若者まで幅広い年代の名手が集い、演奏を通じて知識や演奏経験を分かち合う。創設から60年余。若い時期、ここで学んで国際的なキャリアを切り拓いた名手は数多い。ザ・フェニックスホール音楽アドバイザーを務めるヴィオラ奏者・今井信子さんもその一人だ。彼女の企画で11月、私たちホールで開かれる「弦楽トリオが奏でる『ゴルトベルク』」公演は、昨年のマルボロ音楽祭で合奏した同国の俊英マイア・カベザ(ヴァイオリン)とガブリエル・カベザス(チェロ)を招き、その折の成果を披露する、期待の舞台。2人のメールを交え、マルボロ音楽祭の特色を綴ってみる。(あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホール 谷本 裕)

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マルボロは、ボストンから車で約3時間。ヴァーモント州南部にあり、人口1千人ほど。1951年、20世紀を代表するピアニスト、ルドルフ・ゼルキンがアドルフ・ブッシュ(ヴァイオリン)、モイーズ(フルート)らと創設した。彼らは戦争で混乱した欧州を嫌い、新大陸に夢を託そうとした楽友。事業の軸は教育。週末には公開公演もあるが、当初は「音楽家による音楽家のためのキャンプ」だった。以前はカザルス(チェロ)、ホルショフスキ(ピアノ)、ヴェーグ(ヴァイオリン)といった往年の名手も参加し、若い音楽家はその後、世界的なソリストやオーケストラの首席などになっている。グァルネリや東京といった弦楽四重奏団はじめ優れた室内楽グループのメンバー、教育者も多い。今井さんは64年に初参加、ゼルキンやモイーズ、チェロのトルトゥリエらの謦咳(けいが)に触れ、カザルス指揮する音楽祭のオーケストラで演奏もした。それから半世紀。彼女は「シニア」として若手指導に当たっている。2人の俊英はこの名門に、どんな思いで参加したか。

ゴルトベルク3

マイア(以下M) マルボロは格式ある音楽祭として有名。知り合いがたくさん経験していて、私にとっても夢。昨年、初参加しました。期間が7週もあり、ふだんのコンサート活動に比べ、リハーサルにたっぷり時間を取る。お陰で高い水準の勉強が出来ました。
ガブリエル(以下G)  僕は2011年からです。レッスンを受けるタイプの音楽祭と異なり、信じられないようなヴェテランと演奏できる。言葉を介した指導との決定的な違いは、実演の中で相手の表現に即応し、演奏を習得する点でしょう。

実践を尊ぶ米国らしい流儀。「らしさ」は、それにとどまらない。経歴や年齢、国籍に関わらず、参加者は対等に議論し、音楽を形づくる。そんな民主的な考えが根底にある。気風を築いたのは、初代芸術監督のゼルキン。彼が残した言葉がある。「この音楽祭には『生徒』」や『教師』は居ない。居るのは『参加者』だけだ」。参加者は質素な共同生活を営む。家族的な雰囲気も特徴で、彼自身、食事の用意や掃除を受け持った。そんな緩やかな文化が引き継がれている。
M 音楽を自由に探検する。それがマルボロの理念です。「ジュニア」と呼ばれる若手と、キャリアを持つ音楽家(「シニア」)が触発し合う。偉大な音楽家の知見の広さや旺盛な好奇心を身近に感じることができ、音楽への献身ぶりも、印象的でした。
G 僕たちジュニアには合奏中、合奏相手の「出方」を受け止め、素早く理解し、自己表現として反応できる弾力性が求められます。どの曲も「思いつき」でなく、説得力ある「意味」を楽譜から引き出せなくてはなりません。多くの音楽家から、実に色んなことを学べました。

多様な解釈を受け容れる雅量。ヴェテランの主張にも物怖じしない自信。霊感を織り込み、自己主張を交え演奏する技巧。若手が学ぶのは実は、社会の中で一人ひとりが個性豊かに生きる、その在り方かもしれない。2人にとって「母親格」の今井さんの印象は?
G 私たちは3週間も同じ曲に取り組んだんです。彼女は親切で、私たちの演奏に我慢強く向き合ってくれた。とてもありがたかったですね。
M ノブコはいつも明るく微笑んでいる。自分の喜びをそのまま、演奏に置き換えられる。人間としても音楽家としても、素晴らしい能力を持った人です。

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合奏の題材が、今公演で取り上げる『ゴルトベルク変奏曲』。大バッハが不眠症の貴族向けの睡眠剤として、書いた作品。バロックダンスに用いられるような気品ある主題を冒頭で示し、続いて30もの変奏を展開する。元々はチェンバロ独奏曲だが、旧ソ連出身のヴァイオリニスト、ドミトリ・シトコヴェツキーが編曲した弦楽三重奏版を用いる。曲の魅力はどこに?
G バッハは素晴らしい作曲技法の持ち主でした。でも、この作品は同時に彼が、とても美しい、人々の心を震わせるような音楽をも生み出せる、正に名作曲家だったことを示しています。
M チェンバロだと、響きの中に埋れがちの複数の旋律線が、弦楽トリオなら明確に聴き取れる。私たち3人が音楽的に、いかに緊密に結び付いて演奏を進めているか、お分かりになるでしょう。三重奏版はこの作品に新しい道を開く傑作です。

演奏は1時間を超す。そんな大作を囲む3人の協働は正に「マルボロ精神」を体現するものだった。
M  ノブコは、自分の音楽的なアイデアを押し付けず、逆に私たちのアイデアをゆったりと受け止めてくれた。私たちも自然に彼女の演奏に耳を傾け、対話をするように演奏するようになりました。あれが、本当の室内楽なのですね。曲の見方が随分、変わりましたが、発見できることはまだ多いはず。試行錯誤は「音楽の旅」で、それは決して終わらない。
G 精神的にも身体的にも、消耗するような経験をしましたが、大作を詳細に練り上げることが出来、満足しています。ただ僕は、作品の「あるべき姿」が常に変化していくタイプ。大阪でさらに新しい演奏をつくることを、楽しみにしています。


今井信子 Presents
 弦楽トリオが奏でる「ゴルトベルク」
 
2014年11月21日(金)午後7時開演
入場料4,000円(指定席)、友の会
3,600円
学生1,000円(限定数。ザ・フェニックスホールチケットセンターのみのお取り扱い)

チケットのお問合せ・お申し込みは
  ザ・フェニックスホールチケットセンター
 TEL 06-6363-7999
 (土・日・祝日を除く平日の10時~17時)

   

 

[プログラム]
 J・S・バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ 第2番 二短調 BWV1004より シャコンヌ(ヴィオラ・ソロ)
J・S・バッハ(シトコヴェツキー編):ゴルトベルク変奏曲 BWV988(弦楽トリオ版)