Prime Interview 橋本杏奈さん

自ら編曲、クラリネットの魅力発信 欧州楽壇で頭角現す英在住のホープ

掲載日:2014年9月22日

「聴衆との対話」目指して

「いまヨーロッパで最も注目されている、若手クラリネット奏者」と言い切っても良かろう。滋味を湛えた豊かな音色から、コミカルなニュアンスの細かなフレーズまで、この楽器の持ちうる奥深い表現力と魅力を極限まで引き出す一方、自ら編曲を手掛けてレパートリーの拡大を図るなど、クラリネットの新たな可能性を切り拓いている、橋本杏奈さん。12月のティータイムコンサートで、ザ・フェニックスホールのステージに初登場、待望のリサイタルが実現する。プーランクとドビュッシーの2大ソナタを大枠に、やはりブラームスの佳品ソナタである第2番、大バッハの名品の編曲、テンプルトンの洗練された作品を配し、ローゼンブラットの難曲で締めるという、多彩なプログラム。「演奏を通じて、常に聴衆と対話を続けてゆきたい。そして、80歳になっても、新鮮な気持ちで、音楽や生活を楽しんでいられれば」という橋本さんの語る言葉は、彼女が紡ぐ音色と同様に魅力的で、饒舌で、瑞々しい。(取材・文:寺西 肇/音楽ジャーナリスト)

今回のプログラミングの意図は。
 クラリネットといえば、やはりブラームスやプーランクのソナタ、ドビュッシーのラプソディーは欠かせないレパートリーです。でも、いわゆる名曲だけでなく、色彩に富んだものにしたくて
…特に、この夏に録音した新しいソロ・アルバム「A Touch of Anna」の冒頭にも収録した、ローゼンブラットのカルメン幻想曲は、あまり知られていませんが、是非ともご紹介したかった作品。ジャズのスタイルで書かれた、楽しい曲です。テンプルトンも、ジャズ風の小品です。

バセットクラリネットという楽器は、モーツァルトと関わりが深いですね。
 クラリネット協奏曲や五重奏曲は、当時の名クラリネット奏者だったアントン・シュタードラー(1753~1812)の提案で、低音域を拡大したバセットクラリネットのために書かれました。この楽
器はシュタドラーの死と共に一度は消滅しましたが、今から30年ほど前にモダン楽器として復活を遂げ、今はオーストリアや英国では、モーツァルトの協奏曲はバセットで演奏する事が多くなっています(※1)。私が使用しているのは、イギリスの名匠ピーター・イートン氏製作のモデルで、A管の下管の部分だけを付け替える構造になっていて、違和感がなく、とても自然。実はこのモデル、現在でも世界に4本しか存在しません。

これに限らず、普段から愛用しているのは、イギリスの楽器ですね。
はい。イートン氏製作のB管とA管を、特に愛用しています。深く力強い音質で、特に、低音のヴェルヴェットのように温かく、豊かな響きが気に入っています。C管やEs管は、フランスのビ
ュッフェ・クランポン社の楽器を使用しています。新アルバムでは、バセットからC管、Es管まで使いました。

 

共演の高木美来さんは どんなピアニストでしょうか。
初共演は4年前の夏で、とても気が合って楽しくできたので、リサイタルやラジオの収録で、何度もご一緒しました。お互いに神経質ではなくて(笑)、リラックスして楽しく演奏できるんですよ。

今回のステージで、特に「ここを聴いてほしい」というポイントは。
先入観なく、リラックスして楽しんで頂ければ…。もしかすると、お気に召さない曲もあるかも知れませんが、これも、ひとつの体験と思って、お聴き願います(笑)。

ところで、クラリネットを始めたきっかけとは。
父がヴァイオリニスト、母がピアニストで、幼い頃に両方の楽器を始めたのですが…。我が家には、色々な楽器の奏者がリハーサルに来られていて、中でも、クラリネットの「キーッ!」とい
うリードミスの音が、4歳くらいの私には面白くて…。奏者の方に「あれは一体、何の音?」と尋ねると、「楽器の中にお猿さんが住んでいて、時々いたずらして『キーッ!』って鳴くんだよ」と言うんです(笑)。「へー!! じゃあ、私も大きくなったら、可愛い小猿の入っているクラリネットが欲しい」と思ったのがきっかけ(笑)。大人の歯が生え揃い、8歳半で楽器が持てるようになった頃には、ひと通りのクラリネットの名曲は、既に知っていました。

マイケル・コリンズさん(※2)への師事は、最初から決めていたのですか。
クラリネットを始めた頃から、先生は私の憧れでした。それこそ、学校を休んで、マスタークラスを聴きに行ったり、コンサートの楽屋でサインを頂いたり…。16歳の時、念願が叶って、マス
タークラスの受講生となり、コープランドの協奏曲を吹いたら、その場で弟子入りの許可を頂き、唯一の生徒になれました。その日から6年間、師事しましたが、彼が1人の生徒を長期間にわたって教えたのは、他に例がないことだそうです。レッスンは常に舞台に立った時のことを意識して行われ、毎回が驚きと発見の連続でした。先生に教わった中で最も大切な事は、「こう吹きたい」と願ったら「絶対そう吹ける」のだということ。逆に、「不可能」という言葉はタブーでした。

橋本さんご自身が、ステージ上で最も大切にしていることとは。
自由でいられる様に、自分を大切にする事。そして、演奏を通して、聴衆の皆さんと対話すること。演奏家になることを決意したのはいつでしょう。幼い頃から周囲が音楽家ばかりで、人は誰
もが楽器を演奏するんだと思っていたので、小学校に上がると、楽器を弾かない子がたくさんいて、びっくりしました。私はクラリネットと出会った時から虜になって、クラリネット奏者になろうと決意したのも、その頃だったように思います。でも、実際には、15歳での協奏曲デビュー以来、常に演奏し続けて来たので、気づいた時には、もう奏者になっていました(笑)。

 

ご自身が目指す「演奏家像」とは。
とにかく何でもやりたい。ロックバンドとコラボもしますし、この間は道端でバスキングをしていたクレズマーのクラリネット吹きに誘われて(※3)、その場でタンバリンを叩いたりもして…(
笑)。誰とどのような形で共演しても、得るものはあります。演奏家としての目標は、一生この楽器を吹き続ける事でしょうか。80歳になっても、新鮮な気持ちで、音楽や生活を楽しんでゆければいいですね。

新たに挑戦したい、レパートリーは。
何でも!色々な楽器の名曲を、どんどん自分で編曲して吹いていきたい。新アルバムにも、自分で編曲したシューベルトのアルペジオーネ・ソナタやヴァイオリン曲、ピアノ曲、歌曲を収録し
ました。あなたにとって、「音楽」とは。そして、「クラリネット」とは。音の響かせるもの、全てが音楽!! それは、自分の周り中に存在しています。そして、クラリネットは幼なじみの友人であり、お気に入りのおもちゃでもありますね(笑)。

(※1)モーツァルトは、普通のA管クラリネットより5度低い音域まで演奏できるバセットクラリネットの性能をフルに発揮できるように、この協奏曲を書いた。しかし、1801年に出版される際、バセットクラリネットは既に一般的ではなくなっていたため、普通のA管でも演奏できるよう、フレーズごと1オクターヴ移すなどの編曲が施された。没後200年を機にバセットクラリネットが復元されたことから、原典版での演奏が一般的になりつつある。
(※2)Michael Collins(1962~) 現代イギリスを代表する、名クラリネット奏者。米ニューヨークのコンサート・アーティスツ・ギルド・コンクールを制して、カーネギーホール・デビュー。18歳からナッシュ・アンサンブルとロンドン・シンフォニエッタで活躍、長年にわたって名門・フィルハーモニア管弦楽団の首席奏者を務めた。橋本さんは2005年から6年間、彼の薫陶を受けた。
(※3)「バスキング」とは、大道芸のような路上パフォーマンス。「クレズマー」は、東欧のユダヤ系民族音楽を意味する。


 

橋本 杏奈Anna Hashimoto (Clarinet)
15歳でイギリス室内管弦楽団とコンチェルトデビュー。以来同オーケストラよりソリストとして度々招かれる。2009年第7回カルリーノ国際クラリネット・コンクール(イタリア)に於いて1位
なしの2位を受賞。2010年11月、第1回コルトレイク国際クラリネット・コンクール(ベルギー)優勝。日本国内では第6回日本クラリネット・コンクール入選及び「パルテノン多摩賞」を受賞。2011年5月には東京・名古屋などでリサイタルの他、師マイケル・コリンズとのデュオ及びコダーイ弦楽四重奏団と共演し各地で絶賛を博す。英国王立音楽院のフェロー(助手)を経て、現在バーミンガム音楽院の室内楽講師。使用楽器はピーター・イートンのインターナショナル・モデル。

 

橋本杏奈 クラリネットリサイタル
 2014年12月5
日(金)午後2時開演 
  入場料2,000円(指定席)、友の会1,800

  学生1,000円(限定数。ザ・フェニックスホールチケットセンターのみのお取り扱い)

 [プログラム]
J・S・バッハ:バセットクラリネットのための半音階的幻想曲と
      フーガ ニ短調 BWV903
ブラームス:クラリネットソナタ 第2番 変ホ長調 作品120-2
テンプルトン:ポケット・サイズ ソナタ 第2番
プーランク:クラリネットソナタ
ドビュッシー:クラリネットのための第一ラプソディー
ローゼンブラット:カルメン幻想曲

 チケットのお問合せ・お申し込みは
  ザ・フェニックスホールチケットセンター
 TEL 06-6363-7999
 (土・日・祝日を除く平日の10時~17時)