Prime Interview ケマル・ゲキチさん 

12月、野心的なプログラムでピアノリサイタル 「世界のリスト弾き」として知られるヴィルトゥオーゾ

掲載日:2014年7月23日

 ケマル・ゲキチ。フランツ・リストの作品演奏の第一人者として世界に知られる実力派ピアニストだ。かつて「ヨーロッパの弾薬庫」と呼ばれたバルカン半島の西、アドリア海に面したクロアチア共和国の出身。
1985年、ポーランドのショパン国際コンクールに出場し、シャープで情熱的、色彩感あふれる演奏で一躍、センセーションを巻き起こした。その後、ヨーロッパを軸に国際的なキャリアを展開。現在はカリブ海に浮かぶ米フロリダ州の音楽大学で教鞭を執りながら、世界規模で演奏活動を広げている。そんなゲキチがこの師走、ユニークなプログラムを携え、大阪にやって来る。
前半は、フランス・ロマン派の巨匠セザール・フランクの最晩年の作品。後半は一転、自身にゆかりの深い中部ヨーロッパ・バルカン半島と、中南米(ラテンアメリカ)で生まれた近現代のエキゾティックな作品を特集。北と南。
洗練と土俗。伝統と革新。様々な「対照」を示す、野心的なリサイタル。音楽大学での指導のため、東京に滞在中のゲキチを訪ねた。 
(あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホール 谷本 裕) 

 鍵盤で描く「コントラスト」

 評価を確立した演奏家がこんな冒険的プログラムを組むのは、稀だ。前半のフランクこそクラシック音楽ファンに馴染みのある作曲家であろうけれど他は、初めてという人が大半に違いない。初来日から20年。日本の音楽事情にも通じたピアニストの、狙いはどこにあるのだろう。

 「超絶技巧練習曲」などリストの主要作品はもちろん、「熱情」「月光」といったベートーヴェンの有名なソナタ、そしてショパンの作品はほとんどすべてを、日本で弾いてきました。むろんそれは、重要なレパートリーです。ただ21世紀に生きる演奏家としては50年前、100年前の作曲家が残した素晴らしい作品も紹介しなくてはなりません。今回、後半で取り上げるバルカン半島やラテンアメリカの作品は総じて開放的、「外向き」。構造も比較的シンプルです。それには古典的で対照的な音楽を組み合わせたい。内省的で、ポリフォニック(多声的)なフランクの作品を選んでみました。

 仏ロマン

 セザール・フランク。ゲキチの主要なレパートリーをなす作曲家フランツ・リストと縁が深い。リストはフランクのパトロンであり、盟友だった。ヴァイオリンソナタや交響曲が知られ、フランス音楽の分野で優れた弟子を輩出したが、音楽史全体に大きな影響を与えた、とは目されていないように思われる。

フランク(1822‐1890):
前奏曲、コラールとフーガ(1884)
前奏曲、アリアと終曲(1986‐7)

    国旗

 作曲家としてのフランクは過小評価されています。彼は幼少期からピアノ演奏に秀で、「神童」と目され、父の後押しで活発な演奏活動を重ねました。ピアニストというものは、単に楽器が弾ければ良い訳でない。聴衆を魅了する社交的能力も必要です。彼は孤独を好み、内省的な人。そうした活動は好まなかったでしょう。リストと出会ってから、極めてシリアスな作品を書くようになりました。創作上のアドバイスや、作品出版のための手引きを受けたのです。《前奏曲、コラール、フーガ》は彼にとって40年ぶりのピアノ曲。《前奏曲、アリアと終曲》もその少し後、いずれも最晩年に書かれています。高齢になって、なぜピアノに回帰したのか分かりませんが、この2曲は自伝的作品といって良い。古いバロックの書法と、近代ロマン主義とを結び付けた、独自の様式が現れています。曲が3つの部分から構成されているのは同じですが、内容的にはまるで、7月と12月。これまた対照的な性格です。フランクはパリの教会でオルガン奏者を務め、バッハを永く敬愛していました。今回の作品からも、バッハのオルガン曲の響きを聴き取れるはずです。聴き手を興奮に導くような曲でなく、むしろ意識を内側に向かわせる、沈潜したエネルギーに溢れています。付け加えることがもう何もない。彼の到達した「最高の境地」を示す傑作です。

バルカン

 こうした古典的作品から後半は一転、20世紀に作られたエキゾティックな曲が並ぶ。はじめはゲキチと同郷の、クロアチアゆかりの作曲家の作品群だ。マルコ・タイチェヴィチは現在のクロアチア東部の出身。出世作のピアノ曲が演奏される。

タイチェヴィチ(1900‐1984):
7つのバルカン舞曲(1927)
 
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 作曲家27歳の作品。発表の際は西側でも「ユーゴスラヴィア音楽の古典」と位置付けられ、大手出版社が楽譜を発売しました。クロアチアの農村の民俗的なダンスが素材です。私は踊ったことはありませんが、幼い頃、お祭りで何度も見たことがあります。8分の4、8分の5、8分の4、8分の3、8分の4…という具合に、ほとんど小節ごとに拍子が変わる。変拍子ですね。この特徴的なリズムは、外国人が完璧に演奏するのは、難しいかもしれません。バルカンで成長した私の「血」に入り込んでいて、容易に弾けます。

 

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 タイチェヴィチは、外来の文化の影響をあまり受けないまま、創作を展開した“ローカルな”作曲家。一方、同じクロアチアの作曲家でもボリス・パパンドプロは逆に、多様な影響を受け創作を探った国際派だった、といわれる。

 

パパンドプロ(1906‐1991):
3つの練習曲(1956)

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私と同じ、スプリト(*)の出身。元々はギリシャの家系と思われます。オペラやミサ、カンタータなど様々な作品を残し、指揮でも活躍。旧ユーゴスラヴィア時代は音楽界の重鎮で、クロアチアの国立音楽学校の教科書でも作品が紹介されていました。その学校で学んでいた頃、私は彼の作品が嫌いでした。不協和音が多いし、若気の至りで、国民的作曲家という位置付けに反発もしていたんです。大人になって見方も変わり、良さが分かるようになりました。曲は「8つの練習曲集」からの抜粋3曲。アルゼンチンタンゴやワルツなど、異文化の音楽形式を借り、ユーモアや皮肉を交え、洗練された音楽を生み出しています。初めての方にも必ず、楽しんでいただけるでしょう。

 

演奏

この後ゲキチが手掛けるのが、何と中南米の作品群。ヨーロッパ出身の彼が、なぜこの地の音楽を取り上げるのか。

米フロリダ州の音楽大学の教授に就いたことが機縁です。1999年春、私は米国へ演奏旅行をしました。クロアチアを含む当時のユーゴスラヴィアでは90年から、域内の様々な民族が分離独立を目指して紛争を重ねていました。当時、隣国セルビアでコソボ自治州の独立運動が盛んになり、NATO(北大西洋条約機構)軍のユーゴ空爆が始まる。故郷はどうなる。帰国すべきか否か。知人に尋ねると「シェルターに篭るだけだ。帰って来るな」の一点張り。奇遇にもその折、公演成功を伝える新聞を見た、大学の担当者が連絡してきたのです。20歳そこそこで母校で教え始め、腕に覚えはある。特別な処遇契約で演奏活動も自由。思い切って行くことにしました。学校に落ち着いてみると隣国キューバはじめ、南米一円からの学生が集まっている。同僚の音楽家との交流なども通じ、ラテンのクラシック音楽に初めて親しむようになりました。正直、最初はツマラナイと感じました。ヨーロッパの視点、特にドイツの音楽観からは、底が浅い感じがしたんです。でもマイアミで暮らし、現地の音楽家と触れ合う中で、自分のセンスが徐々に変化していった。湧き上がるようなリズム、美しい旋律。喜びや悲しみが直接、聴き手に伝わる素晴らしさ。私も50歳を超えました。若い時代は、クラシックの重厚な古典作品に憧れた。今は逆に、躍動するヒップホップも手掛けたい。「オヤジ」より「イケメン」に成りたいのは自然なことでしょう?(笑)

  ラテン

 アルベルト・ヒナステラの組曲を取り上げる。あのピアソラの師としても知られるアルゼンチンの作曲家。

ヒナステラ(1916‐1983):
組曲「クレオール舞曲集」 作品15(1946)

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彼の作品は近年、よく演奏されるようになってきました。南米のガウチョ(草原のカウボーイ)ゆかりの民俗的な旋律、ダンスのリズム。これを基に西欧の和声を施しています。民謡を取り入れるのは、バッハやモーツァルト、ベートーヴェンも同じ。チャイコフスキーやショパンもですが、ヒナステラの特徴は、起伏の激しい感情表現。原始的な、生々しい力に満ちている点。この曲も強烈な不協和音が出てきます。ストリートミュージシャンの荒々しい打楽器を表そうとしているのです。濁った色彩感、響きの美しさは、他に類がありません。

「変拍子」はキューバの作曲家の作品にも現れる。マイアミでは、人口の3割がキューバ人とされる。主にキューバ革命の折、カストロ政権を嫌って逃れてきた亡命者。キューバ音楽界の重鎮エルネスト・レクオーナも、その一人だった。

レクオーナ(1896‐1963):
「アフロ=キューバン舞曲集」から(1929)

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キューバのピアニストが大学や家に来て、レクオーナの音楽をたびたび聴かせてくれました。レクオーナはピアニストで作曲家。バンドを組んでヨーロッパを巡演するなど、ポピュラー音楽の分野でも活躍し、ハリウッド映画(「わが心の歌 Always in my heart」=1942年=)でアカデミー賞にノミネートされたこともあります。キューバには黒人が少なくありません。かつて奴隷としてアフリカから連れて来られた人々の子孫です。彼らが持ち込んできたアフリカ音楽はキューバの音楽に、旧宗主国のスペインや北米のジャズなどともども、深い影響を与えています。バルカン半島同様に、異文化が入り混じっています。この舞曲集にも、例えば「黒人の踊り」には、アフリカ起源の複雑な変拍子が出てきます。バルカン半島の音楽の変拍子と似たリズム。旋律も、クロアチアに伝わるイタリアやスペイン風の旋律に似ていて、自分の「強み」をフルに生かせます。紛争、戦争、奴隷交易。背景はさまざまですが、このリサイタルは、私をはぐくんできた混血文化の豊かな道を、ピアノでたどる旅のようです。

取材協力:プロ アルテ ムジケ
Split(*) クロアチア第2の都市。アドリア海に面したダルマチア地方の港湾都市で、開発は古代ローマ時代。造船をはじめとする工業都市として発達したが近年は観光産業も盛ん。古代の遺跡や中世の町並み・建築物などが人気を集めている。

KEMAL GEKIć 1962年クロアチア生まれ。81年リスト国際ピアノコンクール第2位。85年ショパン国際ピアノコンクールで優勝候補とされながら審査員の意見が分かれ、本選に残れなかったが、聴衆と批評家の支持を集め、一大センセーションを巻き起こす。この時の演奏に対しハノーファーのショパン・ソサエティから最優秀ソナタ特別賞を授与される。90年代にリストの第一人者として不動の地位を築いた「超絶技巧練習曲全集(ビクター)」など活発にレコーディングを行い、「リスト=ロッシーニのトランスクリプション(NAXOS)」ではロゼッタ賞を受けた。ウィリアムスタウン国際ピアノフェスティヴァル(アメリカ)でのリストの『巡礼の年第2年』のほか、多くのライブ録音も行う。現在、米フロリダ在住。フロリダ国際大学教授。武蔵野音楽大学客員教授も務めている。


ケマル・ゲキチ ピアノリサイタル
 2014年12月19日(金)午後7時開演
 入場料5,000円(指定席)、友の会
4,500円
学生3,000円、
セット券8,000円(10/9「エリッソ・ボルクヴァーゼ ピアノリサイタルとのセット券」)

主催 プロ アルテ ムジケ

 チケットのお問合せ・お申し込みは
  ザ・フェニックスホールチケットセンター
 TEL 06-6363-7999
 (土・日・祝日を除く平日の10時~17時)
   

曲目  フランク:前奏曲、コラールとフーガ、前奏曲、アリアと終曲
―バルカン半島より―
タイチェヴィチ:7つのバルカン舞曲
パパンドプロ:3つの練習曲
―ラテンのピアノ世界―
ヒナステラ:組曲『クレオール舞曲集』
アレン:変奏曲
レクオーナ:アフロ=キューバン舞曲集より
黒人の踊り、仮想行列、真夜中のコンガ