Prime Interview 河村 尚子(かわむら・ひさこ)さん 

ミュンヘンで出会ったチェロの名手とデュオ公演 日・欧・ロで活動を広げる、西宮出身ピアニスト

掲載日:2014年2月24日

ソリストにも必須 室内楽

 

河村尚子さん。今、最も注目されている日本人ピアニストのひとりだろう。生まれは兵庫県西宮市。1986年に渡独し、北部の都市ハノーファーの音楽大学でロシアの名匠ヴラディーミル・クライネフに就いて研さん。在学中、難関として知られるミュンヘン国際コンクールで2位、クララ・ハスキル国際コンクールで優勝し、その後は日本、ヨーロッパ、ロシアでリサイタル、オーケストラとの共演で活動の場を広げている。昨年秋には名門チェコ・フィルハーモニー管弦楽団との共演で話題を呼んだ。そんな河村さんが今回は、ミュンヘン拠点に活躍する気鋭のチェロ奏者マキシミリアン・ホルヌング(前・バイエルン放送交響楽団第1首席奏者)と、室内楽公演でフェニックスに登場する。彼とはこの2月、ドイツで初共演したばかり。フレッシュなMax & Hisako が、ドイツ音楽の真髄と、異国情緒あふれるスペインの薫りを奏でる。「ソリスト」にとっての室内楽とは-。ドイツから、とても真摯な答えが届いた。(あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホール 谷本 裕)

 

-マキシミリアンとは、いつ知り合い、どんなコンサートで一緒に演奏されてきましたか。
2011年の冬、ミュンヘンで行われた友人の室内楽演奏会で知り合いました。この2月に初めて、ドイツのハノーファーで、今春に日本で発表するプログラムを演奏しました。4月にはミュンヘン近郊の町イラーティッセンで、同じプログラムのデュオリサイタルを行う予定です。

 

-彼は、どんなチェロ奏者でしょうか。
まだ20代ですが、長い間、バイエルン放送交響楽団の首席奏者として活躍しました。一方でテックラー・トリオの一員として室内楽も活発に演奏しています。近年は、ソリストとしての活動も充実させ、レパートリーを拡げています。彼の手掛ける音楽の幅広さは、そう簡単に誰もが体験できるものではありません。開放感があって、音楽的な対話が豊かで、しかも緊密なアンサンブルを期待していただけると思います。

 

-音楽性はどのような?
とても活発で、ひらめきも豊富。そして何より、情熱的です。一緒に演奏しているとそんな彼の性格が、音楽を通し、明確に伝わってきます。チェロという楽器の特性を知り尽くしていて、自分のイマジネーションによって、最大限の表現をしようと常に心掛けています。そのため、共演者の私も彼と一緒になって、とても極端な表現をしなくてはならないこともあるほどです。舞台上ではメリハリの利いた、そして生き生きとした感情を得ることができます。アクティヴな彼に対し、私は「落ち着き」を提供しているのではないかしら。もちろん「歌心」も、とっても大切にする音楽家です。

 

-デュオとして演奏をされる際、お2人の間にもし「リーダーシップ」というものがあるとしたら、それはどのようなものでしょうか。それともお2人の間にあるのは常に対等な意味での「パートナーシップ」でしょうか。
室内楽に取り組む際は、曲の場面ごとに「リーダーシップ」の関係もあれば、「パートナーシップ」の関係もあるものですよ。一方がリードし、片方がサポートする。また、音楽的にも感情の上でも、一つになって高揚していくこともある。音楽の内実に相応しい合奏のあり方を、バランスよく、しかも上手に見極めること。それが最高のパートナーシップだと私は考えています。

 

-河村さんはこれまで主に、ソロ・リサイタルやオーケストラとの共演を活動の主軸とされてきたと考えていましたが、お話を伺っていると室内楽にも積極的なのですね。
昨年はハーゲン四重奏団のチェリスト、クレメンス・ハーゲンとリサイタルを行い、今年もドイツで共演予定があります。その前には、ソプラノのクリスティアーネ・エルツェともリーダーアーベント(歌曲の夕べ)に取り組みました。他にもスイスのジェモー四重奏団と共演していますし、友人の音楽家たちと気軽に室内楽に取り組んできました。活動のメーンにしたいとは思いません。けれども、ソリストとしてバランスの取れた活動を展開する上で、室内楽は欠かせないものです。

 

-もう少し詳しくお話ください。
私は、ソリストとしての活動というものが、リサイタルやオーケストラとの共演だけ、とは決して考えていないのです。むろんソリストとしての演奏水準を保つためには、たった独りで舞台に立ち、暗譜で一夜、通して演奏するソロ・リサイタルや、オーケストラとの共演が大切なのは、言うまでもありません。でも、例えば協奏曲で弾く際も、室内楽演奏に不可欠な「相手を聴きながら、自分を主張する」ことが絶対に必要です。モーツァルトやベートーヴェン、シューマン、ブラームスなどの協奏曲で独奏する時、オーケストラを単に「伴奏」役として見て良いものでしょうか?そんなことはありませんし、ピアノが逆に、「伴奏」的な役割を受け持つ箇所だって、少なくありません。こう考えると、ソリストであっても室内楽の素養は重要です。なければならないのです。

 

-今回のプログラムは、どのような手順でお決めになりましたか。そこに込められたメッセージは。
何しろ初共演ですから、お互い演奏した経験のある作品や、個人的に好きな作品を編み込みました。幸い、レパートリーが似ており、ドイツ音楽が主軸になりました。ファリャの「スペイン民謡組曲」もぜひ演奏しようということになり、幅も出たのではないでしょうか。古典派から新ウィーン楽派までの、ドイツ・オーストリア音楽の歴史的展開をじっくり聴いていただくと共に、スペイン音楽の情熱を感じていただきたい。雰囲気の違いを、楽しんでください。

 

-前半のメーンは、ベートーヴェンのチェロとピアノのためのソナタ第3番。彼のチェロソナタの中では、どんな位置付けでしょうか。
彼のソナタは、大きく3つの様式に分けられると思います。1、2番は初期、3番は中期、そして4、5番が後期。3番は初期に比べると、両方の楽器が共にバランスよく曲の中に編み込まれていますね。

 

-後半は、ブラームスのソナタ第2番が主軸です。
ベートーヴェンの3番は情熱的ではあるけれど、とてもエレガントな作品。繊細で、決して荒々しくはなりません。でも、ブラームスのソナタは、作曲家が自分の情熱を伝えたいという気持ちが100%横溢する、爆発的な曲です。曲冒頭から「伝えたい」という気持ちでもう、はち切れんばかり。この作品が生まれる20年ほど前、シューマンがピアノ協奏曲の第1楽章で使用した「affettuoso(アフェトゥオーゾ)」という音楽用語を、ブラームスはこのソナタの第2楽章に記しています。イタリア語で「愛情を込めて、優しく」という意味で、この楽章は情緒をたっぷり表現する音楽ですから、ものすごくロマンティックだと思います。

 

-そのシューマンについて。河村さんはシューマンのアルバムを発表されていますね。あなたにとって彼は、どんな作曲家ですか。彼の楽譜に現れる、「内なる声」(*)については、どうお考えになりますか。
もちろん大好きな作曲家の一人です。彼の音楽は大変、正直な音楽です。感じた事、考えている事、望んでいる事。全て音に表す、極めて情熱的な芸術家でした。「内なる声」は演奏の際、頭や耳の中に聴こえる音の事と私は考えています。その音を体の内側で想像し、耳を傾け、そして他の音を実際に演奏する。それによって、「内なる声」は、より切実に、より強く感じられるのではないでしょうか。

 

-そのシューマンの「アダージョとアレグロ」を今回、取り上げられます。
この曲は元々、新発明されたヴァルヴ式ホルンのために作られました。管楽器演奏にはとりわけ重要な、「息」を強くイメージした作品だと思います。冒頭からピアノとチェロ双方で交互に奏で合う主題や動機が連なる。巧みに一つの繋がりのように合奏できれば、曲の美しさを十全に表現できるでしょう。

 

-最後に「今後」について。
聴衆の皆さんに、良い意味での刺激や音楽を共に体験する幸せを、感じてもらえる演奏家になりたいですね。それと、次世代に音楽の美や素晴らしさ、そしてヨーロッパ文化の真髄を、断片的であっても伝えてゆきたいと願っています。

 

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* 内なる声 シューマンのピアノ曲《フモレスケ》の一部は、普通は二段の譜面が三段で書かれている。「内なる声」は、このうち中段の旋律のことで、彼自身が名付けた。通常は演奏されないが、彼はこの聴こえない旋律に強弱変化の指示を付けた。彼ー流のユーモアだが、旋律は上段の、実際に弾かれる旋律の構成音から作られており、全く聞こえない訳ではない。

かわむら・ひさこ ハノーファー国立音楽芸術大学在学中、ミュンヘン国際コンクール第2位、クララ・ハスキル国際コンクールに優勝し一躍世界の注目を浴びる。最近ではベルリン放送交響楽団(ヤノフスキ)、NHK交響楽団(ノリントン)、ロシア・ナショナル管弦楽団(プレトニョフ)との共演が好評を博した。2013年には読売日本交響楽団(テミルカーノフ)、日本フィルハーモニー交響楽団(ラザレフ)、チェロのクレメンス・ハーゲンとの共演のほか、秋には名門チェコフィルとのプラハ公演および日本ツアーに参加。新日鉄音楽賞、出光音楽賞、日本ショパン協会賞、井植文化賞、文化庁芸術選奨文部科学大臣新人賞、ホテル・オークラ音楽賞を受賞。CDは「夜想(ノットゥルノ)~ショパンの世界」「ショパン:ピアノ・ソナタ 第3番、シューマン:フモレスケ」「ショパン:バラード」(RCA Red Seal)などをリリース。

 

 ■河村尚子 オフィシャルウェブサイトはこちら

Max & Hisako マキシミリアン・ホルヌング(Vc) 河村尚子(Pf) デュオリサイタル

 2014年4月7日(月)午後7時開演

 入場料3,500円(指定席)、友の会3,150円

 学生1,000円(限定数。ザ・フェニックスホールチケットセンターのみのお取り扱い)

 チケットのお問合せ・お申し込みは

 ザ・フェニックスホールチケットセンター   

 TEL 06-6363-7999
 (土・日・祝日を除く平日の10時~17時)

<曲目>
シューマン:アダージョとアレグロ 作品70  
ファリャ(マレシャル編):スペイン民謡組曲
                                エル・パーニョ・モルーノ/ナナ/カンシオン/ポロ/アストゥリアーナ/ホタ
ベートーヴェン:チェロソナタ 第3番 イ長調 作品69
ヴェーベルン:チェロとピアノのための2つの小品、チェロとピアノのための3つの小品 作品11
ブラームス:チェロソナタ 第2番 ヘ長調 作品99